BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
80
[I wonder(DA PUMP)]
「本部」より北に向かった結城真吾(男子22番)と沢渡雪菜(女子9番)は道中で何人もの専守防衛軍兵士の姿を見かけた。
その度に真吾は音もなく兵士に近づき、打撃で気絶させてから雪菜の元へ戻ってきた。
何度かそれを繰り返していた真吾が「どうもおかしい」とつぶやいた。
「何かあったの?」雪菜は周りに目を配りながら尋ねた。
真吾は脇腹をさすりながら「装備がおかしいんや」と答えてくれたが、雪菜にはそれがどういう意味なのかさっぱり判らなかった。
「いや、全員共通の装備なのはいいとして、各々がリモコン式の爆薬とか高性能の焼夷弾まで持っているんだよ」と、真吾が補足説明をしたが、雪菜には余計に意味が判らなくなった。
不思議そうな顔をしている雪菜に
「兵隊にも役割があって、俺が今言った武器は特殊な兵隊以外持ち歩かないんだ」と、説明してくれた。
要するに尋常ではないという事は雪菜にも理解できた。
しかし、それが自分達にどのように関わってくるのかまでは、はっきりと判らなかった。
疑問を抱きながらも雪菜は歩きつづけた。
目的地の洞穴近くに兵士が立っているのを見つけ、雪菜はこれまでと同じように素早く地面に伏せた。
この後、兵士の動向に併せて真吾が飛び出す段取りだったのだ。
真吾は足音を立てずに後ろから近づいていったが、その兵士が急に真吾の方へ向き直った。
だが真吾は全く慌てず、一気に距離を詰めるとクナイの柄の部分を兵士の頸部に叩きつけた。
「あれは…」
必死に銃を振り回して抵抗を試みる兵士の顔を見て、雪菜は思わず声を上げた。
それは出発時に「本部」で雪菜と言い争った兵士 陸奥一茶二等陸士だったのだ。
陸奥は手に持っているマシンガンで真吾と格闘をするつもりだったのだろうが、頸部に強い打撃を受けたので平衡感覚に異常をきたし、その攻撃はことごとく空を切っていた。
大抵の兵士は真吾の一撃で確実に昏倒していたのに、陸奥は気を失わなかったどころか、何度も真吾に挑んでいった。
「く、くそっ……」
銃を振り回しているうちに若干平衡感覚が回復したのか、陸奥は少し真吾と距離を取った。
「ヤバイ!」
声を出すと同時に真吾が動いていた。
陸奥はMP−5Kクルツのチャージングボルトを左手で叩き、初弾をチャンバーに送り込む動作をしたのだ。
真吾は、銃口が自分に向くよりも速く陸奥の背後に回りこむと、両腕の付け根辺りを殴った。
一瞬顔をしかめながらも陸奥は何事も無かったように体をひねり、真吾に向かってトリガーを引いた。
轟音と共に真吾はミンチになるところだったが、弾は発射されなかった。
陸奥の意志に反して彼の指はトリガーを引くことが出来なかったのだ。
「真吾!」青ざめた顔で駆け寄る雪菜に、真吾は
「麻穴を点穴した…って判らないよな。要するにツボをついて動けなくしたんだ」と険しい表情で言った。
雪菜が胸をなでおろした時、陸奥の胸ポケットに収まっている通信機から呼び出し音が鳴った。
「定時連絡か…さっさと片をつけないとなあ」
真吾はつぶやくと呼出音量をOFFにし、陸奥の装備しているリュックをひき剥がすようにして取ると洞穴に連れ込んだ。
「こんな所があったんだ」
そこは藤田一輝(男子17番)、谷村理恵子(女子11番)の両名と真吾が一時身を隠した洞穴だったが、雪菜には知る由もなかった。
『陸奥、応答しろ。こちら朝宮だ』
洞穴の中にプログラム担当官 朝宮みさきの声が響いた。
不敵な笑みを浮かべた真吾は雪菜と共に洞穴を出ていった。
「ダメだわ…やっぱり、ここにもいる」
横山純子(女子20番)は低い声で言った。
隣にいる横山千佳子(女子21番)も目に入っていないかのように、支給されている地図に兵士のいた場所を記入していた。
そんな姉を見ながら、千佳子は父のことを尋ねようかと迷っていた。
先ほどは姉に会えたうれしさで頭が回らなかったが、冷静になると純子の話は千佳子の予想を超えるものであった。
普通の公務員だと思っていた父が、専守防衛軍に在籍していたというのだ。
しかも、その事実を純子は知っていたようであった。
千佳子には何が何だか判らなくなってきた。
そんな千佳子の表情を見て取ったのか、純子がようやく振り向くと口を開いた。
「千佳ちゃん何も心配しないで。きっと上手くいく、今まで通り力を合わせて行こう」
その言葉を聞いても、千佳子はまだ動揺を抑えられなかった。
プログラムの事もそうだが、父のことがどうしても頭から離れないのだ。
純子にいくつも訊きたい事があったが、上手く考えがまとまらなかった。
何か純子に答えてもらえば、千佳子も安心が出来ると思った。
迷っている千佳子の口から出た質問は
「お父さんが残してくれた物って…何なの?」だった。
純子は周りを見渡し誰もいない事を確かめると
「もしもの場合、二人同時に助かる方法を、お父さんは残してくれていたのよ」と、説明した。
「そ、そんな事できるの? で、でも一体どうやって…」
千佳子は興奮しながら言った。
純子は千佳子を落ちつかせようと座らせた。
「お父さんはねえ、防衛軍の情報局にいたのよ。だから『プログラム』の事も細かい内容まで解っていたわ。そして、それを残してくれていたのよ」
純子は一言一言をかみしめるように言った。
純子の話しを聞いて、千佳子の目から涙が溢れた。
「お父さんは…私たちの事を……」
「たいへん興味深いお話ですね」
千佳子の涙声に、男の声がかぶさった。
純子は声の方向に向かって上段蹴りを放ち、千佳子は銃を向けた。
蹴りを最小限の動きでかわし、同じ動作で銃口の射線からも逃れたのは陣京一郎であった。
陣は銃を向けられていても、臆することなく話しつづけた。
「あなた方が横山技術官のご息女とは知りませんでした。きちんと資料に眼は通したのですがねえ。それは良いとして…今ほど興味深いお話をされていましたね。二人同時に助かる…ですか?」
陣の言葉に、純子は「そんな事を言っていたかしら?」と、とぼけてみせた。
陣はくすっと笑うと
「ええ、はっきりとこの耳で聞きましたから。今後の為にも、その方法を是非教えて欲しいものです。そして、5年前の脱出事件のような悪例を二度と作らない為にも、その方法は永遠に封じなければなりません」
と言った。
「私達を殺す気なの?」
千佳子が恐怖におののきながら訊いた。
「いいえ、それは命令で出来ません。あなた方にはこの『プログラム』の中で決着をつけていただきます。あなた方が本部襲撃の犯人なら別ですけれどもね」
陣は幼少の子供に言うように優しく語り掛けていた。
「その犯人なら知っているわ。結城君よ」
純子が答えた。
「それは間違いないですか?」
陣は念を押すように訊く陣に向かって、純子は米帝人がするように、両手を開いて首を傾げた。
陣の胸ポケットから信号音が鳴った。通信機の呼出音である。
純子達から目を離さず、通信機のスイッチを入れると「陣です」と、短く答えた。
イヤホンを使っているので、相手の話している内容は判らなかった。
「はい、陸奥が出ないのですね。場所は? 了解です、恐らくそうでしょう。わかりました、私が向かいます」
そう言うと、陣は木を盾にするように、ゆっくり動いた。
「とりあえず命は預けておきます。また来ますよ。次に会うときには優勝者が決まっていると良いですね」
そう言うと、陣は後ろ向きのまま走りだした。
信じられない事だが、陣は後ろに目が付いているかのように木を避け、一度もぶつかることなく一定の距離を走り抜けた。
そして一旦止まると二人の方を見て、にやっと笑った。
───悪魔に微笑まれると、こんな感じかも
千佳子が眉をひそめると同時に陣の姿が消えた。
「役者がそろったわね。あとは舞台装置だけ…面白くなってきたわ。さあ、行きましょう」
陣と同じような笑みを浮かべた純子は、千佳子にかまわず歩き始めていた。
【残り 6人】