BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
81
[心の破片(かけら)(吉田拓郎)]
「こっちの方向で間違いないはずなのに、どこにいるんだ…」
結城真吾(男子22番)は少し焦りを覚えていた。
残り6人となった現時点で、隣にいる沢渡雪菜(女子9番)以外のクラスメイトは、全て敵に他ならない。
それに加え、専守防衛軍の兵士約50人も限られた時間内に倒さなければならないのだ。
これからは一つの失敗が命取りになる。
それをあざ笑うかのように、中尾美鶴(女子14番)に撃たれた脇腹の鈍痛が体力を奪っていった。
───せめて冬哉か俊介がいてくれれば
今は亡き親友、伊達俊介(男子13番)と五代冬哉(男子9番)の顔が浮かんだ。
大一番を前に、少しセンチな気分になっているのかもしれなかった。
自嘲気味に微笑んだ真吾だったが、その表情は一変した。
首筋に針で刺されるような感覚が走る。
───殺気だ。しかも、この感覚は…
真吾が口を開くよりも先に雪菜が
「真吾、美鶴が…」と、つぶやくように言った。
二人の正面に中尾美鶴(女子14番)が姿を現した。
美鶴は、真吾の姿を見て驚きを隠せなかった。
マシンガンの弾を受けて動く事など不可能なはずなのに、真吾はぴんぴんしている。
美鶴は、何か違う次元の力を真吾に感じた。
そんな真吾と雪菜を、しばらくの間じっと見つめた。
自分の気持ちを二人に伝えるための言葉を探しているのだった。
「さっきね…」
ようやく、美鶴が口を開いた。
「さっき、朝宮担当官に会ったの。ほとんど言葉は交わさなかったけど、私には十分だったわ。何か急に道が開けたような気がしたの。
私は優勝する…あなたが不死身なら、何度でも殺してあげる。私は、私の力で優勝する」
穏やかな口調で話す美鶴に、真吾は何も言わなかった。
雪菜に少し離れるように促がすと、背負っていたバッグを地面に下ろし、腰につけているクナイを手にした。
どちらからともなく打ちかかり、互いに相手の攻撃を受け止めた。
キーンという澄んだ音と、その合間の空気を切り裂くような音が、奇妙なリズムを織りなしている。
雪菜は胸が締め付けられるようであった。
いま耳にしているこのリズムが崩れるとき、どちらかが倒されるのだ。
だが、格闘技に明るくない雪菜から見ても判るほど、二人の力量には差があった。
ケガをしているとはいえ、真吾には余裕があったのだ。
このままで行けば、いずれ美鶴は真吾に倒されるだろう。
だが、それは美鶴の死を意味するのだ。
思わず目をそむけようとした雪菜を、何者かが後ろから羽交い絞めにした。
ほとんど同時に、真吾が手に持っていたクナイを投げた。
金属のぶつかりあう音を残して、クナイは全く違う方向へと飛んでいった。
「絶妙のタイミングです。お見事という他ありません」
陣京一郎は静かに言った。
その言葉とは裏腹に、雪菜の顎に鋭いナイフを押し当てている。
陣が少し手を動かせば、雪菜の喉はざっくりと切り裂かれそうであった。
「ですが、これ以上は無用です。あまり好ましくない行動を取られるのであれば、沢渡さんに代償を払っていただく事になります」
ほとんど感情を込めずに言う陣に対し「雪菜を放せ」と、真吾は冷静に言った。
「質問に答えてくだされば、彼女は解放しますよ」
陣は答えた。真吾の返事を待つまでもなく
「あなたが『本部』を攻撃したのですか?」と、尋ねてきた。
真吾は少し眉をひそめると
「『本部』が、なんだって?」と訊き返した。
陣は困ったような表情をすると
「妙ですね、“間違いなく結城真吾だ”と証言する人がいたのですが…そうですか、残念です。あなたであれば、この手で殺して差し上げることが出来たというのに」
と言って、ため息をついた。
真吾は、まだ構えを解かない美鶴を牽制しながら
「おそらく横山純子あたりに吹き込まれたんだろうが、政府関係者にしては情けないな。あいつの親父がどんな職業か知らないのか?」
と、陣に言った。
それでも陣は表情を変えることは無かったが、拘束されている雪菜だけは、陣の心の動きを感じていた。
「少し離れていなさい」
陣は雪菜に優しく言うと、真吾の方に向かって歩を進めた。
真吾はクナイを構えると、左に移動しながら少し距離を開けようとした。
陣はそれを察知したかのように右に動くと、何もない目の前の空間を右手で薙いだ。
ギ、ギンッという金属音が連続して響き、真吾の足元に薄いナイフが二本落ちていた。
陣が投げたものだった。
ナイフを投げながら間合いを詰めた陣は、隠し持っていた別のナイフを取り出し、真吾に切りかかっていた。
真吾は逆手に持ったクナイで陣のナイフを受け止めると、体ごと押し返しながら
「選手を殺してもいいのか?」と言った。
「殺しはしません、命令されていますからね。しかし傷つけるなとも言われていませんからねえ」
と言うと、陣は右膝蹴りを真吾に放った。
真吾はその蹴りを受けず、一歩踏み込むと体を陣の方へ滑らせるようにしてかわした。
全体重を預けるような状態になった陣を、真吾は体を左側にひねりながら投げ飛ばした。
投げ飛ばしたとは言っても、引き手を切らずに陣の頭を地面に叩きつけるようにして落下させたのだった。
だが陣は、残った左足で自ら地面を蹴ると、器用に体をひねってふわりと着地をした。
「チッ」
間髪いれず攻撃してくる陣に、真吾は思わず舌打ちをした。
別々の刃物を両手に持ち、陣は斬撃を繰り出してくる。
その攻撃にはリズムもスピードも一度として同じものがなく、真吾は防戦一方であった。
畳み掛けるように、陣が数劫深く踏み込んできた。
右手を袈裟懸けに振り下ろすと同時に左足を飛ばしてきた。
昨日、美鶴と病院で戦った際に切り裂かれていた学生服が今の陣の攻撃でバツ印に裂かれ、さらに真吾の右頬から鮮血が滴り落ちてきた。
よく見ると陣の靴の爪先、外側部、踵からそれぞれ刃物が飛び出している。
このため真吾は間合いを見誤り、頬を切り裂かれたのだ。
「あんたは、ナイフ屋か。何本持ってるねん」
冬哉ばりの軽口をききながら、真吾は頬の血を拭った。
「さあ、いくつでしょうね?」
と、陣は薄く笑みを浮かべた。続けて
「あなたは素晴らしい素質を持っています。私とこれほど戦えた人物はいないのですから」と言った。
「あんたに誉められても、あんまり嬉しくないなあ」
皮肉を込めて言う真吾に対し
「『プログラム』で戦ったクラスメイト、専守防衛大学、そして防衛軍…いずれも接近戦で私の相手になるような人物はいませんでした。みさきも出発前にあなたに何かを感じたようでしたが、私とあなたも運命的な繋がりがあったのです」
陣の言葉を聞いて、雪菜と美鶴は愕然としていた。
「じゃあ…あなたも……」
美鶴は思わず訊いた。
「私の時はこんな島ではなく、解体前の刑務所でした」
美鶴の問いに、思わず陣が答えていた。
「私は、クラスメイトを殺しました。自分が生きる為に…。あまり運動能力に秀でた者がいないクラスでしたので、最短時間で終わったのではないでしょうか? 最後に殺したのは…親友とその彼女、そして私が当時お付き合いをしていた女生徒です。いずれもナイフで殺しました。そのせいでしょうか、優勝したときからナイフが手放せなくなったのですよ」
陣は、まるで懺悔をするように真吾達に話した。そして
「あなたが優勝したら…この国の発展のために私の右腕として働きませんか?」
真吾の目を見つめ、静かに言った。
「あなたが殺した陸奥という兵士…彼も私の部下です。かなりの腕前だったのですが、あなたは彼以上です、どうですか?」
真吾の眉が動いた。露骨に嫌そうな顔をすると
「俺は誰も殺していないぜ。でもどうせ働くなら、担当官の下のほうがええなあ。美人やし、何かあんたとは目指しているものも違うみたいやもんね」と言った。
陣はため息をつくと
「そうですか…残念です。では、あなたにはここでリタイアしていただきましょう」
言い終わらないうちに、真吾に向かって切りかかってきた。
先程よりも鋭く、そして重い攻撃だった。
その攻撃は、雪菜はもとより美鶴の目にさえ捕えられなかった。
陣は手加減をしていたのだ。
だが、攻撃をしている陣の表情が険しくなっている。
美鶴も雪菜の事が眼中に入らないほど必死になって二人の動きを追っていた。
そこでようやく気がついた。
───音がしていない。
そう、陣の告白を聞く前までは、陣のナイフと真吾のクナイがぶつかりあう金属音がうるさいくらい聞こえていたのだ。
それが今は聞こえない。
つまり、真吾は陣の攻撃を受けることなく、すべてかわしているのだ。
真の力を隠していたのは、陣だけではなかった。
「ま、まさか、こんな……」
陣も信じられないようであった。
「ぼちぼちこっちからも行くぜ!」
言うが早いか、真吾は左手の突きを繰り出した。
体をひねってかわした陣の胸を、右の掌底突きが襲った。
動きが止まった陣の腹を真吾の前蹴りがとらえる。
悲鳴や苦痛を訴える事も出来ず、体をくの字に折り曲げながら陣は吹き飛ばされた。
腹を押さえて膝をつく陣に、
「何が右腕や、寝言は寝てから言え!」それまでと違い、真吾は怒りを込めて言った。
陣はふらふらと立ちあがりながら、右手に持った片刃ナイフを真横に薙ぎ払った。
同じように連続攻撃をかけたが、そのどれもが空を切り、さらに真吾によって反撃を食らう結果となった。
「ひぃやあああああああ」
めった打ちにあった陣は、奇声を上げながら新たにハンティングナイフとダイバーズナイフを取り出すと、それを一薙ぎし、さらに真吾に向かって投げた。
真吾が身をひねってかわした隙を狙い、陣はダッシュをした。
「逃げろ!」
真吾の叫びに美鶴と雪菜は反応したが、陣の動きの方が圧倒的に早かった。
美鶴は陣の蹴りをかわしたものの、靴の刃物で背中を切られ転倒した。
「うわああああああ」
叫び声を上げながらも美鶴は死にもの狂いで逃げていった。
陣は美鶴に見向きもせず、雪菜の腕を掴んだ。
先ほどと同じように首にナイフをあてたが、今度は力の込め具合が違っていた。
「自分と互角の奴とやるときは、そんな姑息な手段に出るのか?
あの沼田のおっさんと変わらんぞ。専守防衛軍のエリート様もそこらのヤー公とやる事は同じよなあ」
真吾の声は怒りに満ちていた。
「何とでも言って下さい、生き残る事が第一なのです。あなたは私が今後生きていく上で、非常に危険な存在です。いいですか、あなたや私は、この世界で異質の存在です。そのような存在が倒される時というのは、偶発的なものであってはいけません。必然的な要因…つまりより強い者によって淘汰されなければならないのです。ゆえにあなたは私によって殺されるべきなんです。気の毒ですが、ここで死んでもらいます」
「イ、イヤ、離して!」
雪菜は陣の言葉を聞き、必死で逃れようとした。
自分が人質になっている以上、真吾は陣に手出しが出来ない。
自分のためでなく、真吾を自由に戦わせるために逃げなければならないのだ。
だが、陣の細い体からは想像できないようなパワーで雪菜は押さえつけられていた。
雪菜の抵抗など全く苦にせず、陣は彼女の腰の辺りを探った。
そこにはグルカナイフと、ブローニング・ハイパワーが着けられていた。
陣はグルカナイフを右手だけで器用に引き抜くと、そのまま後ろの茂みへ放り投げた。
次にブローニングを抜くと、真吾の方へゆっくりと銃口を向けた。
その間、一度も真吾に隙を見せず、しかも素早い動きのため反撃の余地もなかった。
「残念ですが、ここでお別れです」
陣がトリガーに力を込めたその時
「うおおおおおおおお」
後ろの茂みから雄たけびと共に黒い影が飛び出してきた。
その黒い影は、先ほど陣が茂みに放り投げたグルカナイフを握り締め、勢いよくぶつかった。
もつれ合うように倒れた二人に、雪菜は突き飛ばされるような形になった。
「くっ、うわあああああ」
陣の上げる苦鳴を聞きながら、雪菜は真吾の胸に駆け込んだ。
真吾は雪菜を背中にかばいながら、入れ替わるようにして突っ込んでいった。
苦しそうにあえぐ陣の腰には、不気味な角度でグルカナイフが刺さっていた。
陣は左手に持った動物解剖用メスを一薙ぎして真吾を威嚇すると同時に、右手で取り出したコンバットナイフを自分の腰にしがみついている人物の背中に突き立てた。
何とか束縛から逃れた陣は、右腰を押さえながら薮の中に姿を消した。
真吾は遠のいていく陣の気配を確認すると、薮から飛び出してきた人物に歩み寄った。
「章次…」
真吾は遠藤章次(男子4番)を優しく抱きかかえた。
「あ、あの野郎だけは…オ、オ、オレの手で……や、殺りた…かった。か、かお、香織の、か、敵だ…」
章次は苦しそうに呼吸をしながら言った。
「さ、沢渡、ゆ、許してくれ。…あ、あの世に、い、行ったら…ご、ご、五代に…謝るよ」
章次の言葉に、真吾は思わず目をつぶった。
「オ…オ、オレ…か、香織に…会えるかなあ……」
章次の目から光が消えつつあった。
雪菜は章次の手を握ると
「遠藤君、きっと…きっと会える。香織に会えるよ!」
と、叫んでいた。
「……」
章次の口が動いたが、雪菜は聞き取る事が出来なかった。
ゆっくりと閉じた目から一筋の涙が流れ落ちたのを最後に、体中から力が抜けた章次は二度と動く事はなかった。
真吾は章次の遺体を横たえると、胸の上で手を組ませて弔った。
泣きつづける雪菜を抱えるようにして立たせ、歩き始めた。
「礼を言うのは俺の方だ。ありがとう、章次」
真吾はつぶやくように言うと、ぐっと拳を握り締めた。
【残り 5人】