BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


82

[闇を喰ったオンナ(平沼有梨)]

「ぐえええええ」
 悲鳴を上げ、地面に突っ伏した専守防衛軍の兵士からカタールを引き抜いた。
 切りつけられた背中が燃えるように熱い。
 その熱さとは反対に、感覚の無くなった左手と心の中は凍りついたように冷たくなっていた。
 中尾美鶴(女子14番)は形のよい唇を噛み、苦痛に耐えていた。
 陣という政府関係者の告白には耳を疑った。
 彼も朝宮みさき担当官と同じように「プログラム」の優勝者だというのだ。
 優勝以来刃物に傾倒していったという事だったが、陣の告白に美鶴は恐怖を覚えた。
 美鶴の中で「プログラム」に優勝した者というのは、栄光に満ち溢れている存在だった。
 専守防衛軍に入ってもエリートとして扱われると思っていたのだが、陣の様子を見るとまるっきり狂人のそれだったのだ。
 彼の言動は、美鶴の将来のビジョンをぶち壊す材料としては十分すぎるほどであった。
 さらに、そんな政府関係者と互角に渡りあえる結城真吾(男子22番)の存在。
 今も怒りに任せ10数人の兵士を血祭りに上げたが、美鶴には全くといっていいほど手応えがなかった。
 その美鶴が真吾には手も足も出ないのだ。
 「プログラム」開始から真吾とは3度対戦したが、まともに戦えたというのは一度も無かった。
 屈辱を味わうより、脅威を感じていた。
 超えられない壁というものが、目の前に急に現れたのと同じだった。
 防衛軍の兵士は、美鶴のやり場の無い怒りをぶつけられたのだ。
「私は生き残る…どんな手を使ってでも……」
 美鶴の呟きに応えるように横山純子(女子20番)、横山千佳子(女子21番)が姿を現した。
 お互いに睨みあったあと、美鶴の方から口を開いた。
「よく無事だったね。さっきの爆発はあんたたちがやったの?」
 美鶴は、努めて笑顔を作り問い掛けた。
「み、美鶴…あなた御影君を…」
 千佳子は恐怖を押し殺して訊いた。
 御影英明(男子20番)は深夜0時の放送で名前を呼ばれたのだ。
「質問をしているのはこっちよ」
 と、美鶴は少し意地悪そうに言った。
 千佳子が返事をする間もなく
「あなた達のお父さん…亡くなったって言っていたけど、生前は防衛軍にいたんですってね。あんたたちも何か特殊な訓練を受けたわけ?」
 と訊いてきた。
 この質問は意表を突くものだった。
 まさか美鶴が自分たちの父の事を知っているとは思わなかったからだ。
「中尾さん、あなたに父の職業なんて関係ないでしょう。何をたくらんでいるの?」
 純子は美鶴の持つスコーピオンを見ながら言った。
 美鶴は一瞬迷ったが
「たくらむ? あなたほどじゃあないわ。まさかあなたが不良グループの黒幕だったなんてねえ。あなた、さっき竹内潤子さんに言っていたわよね『お父さんの技術』って。竹内さんみたいな人を従えるなんて、不可能に近いことだと思う。それを可能にするあなた達のお父さんの技術…いえ、秘密を知りたいの」
 と、素直に疑問を口にした。
「お父さんの…秘密…?」
 千佳子は純子の顔を覗きこむように見た。
 純子はフンッと鼻で笑うと
「そんなことを聞いてどうしようっていうの? それよりも一つ提案があるの、私たちと協力して結城君を倒さない?」と、言った。
「な、何を言っているのよ、そう簡単に倒せる相手じゃあない。狙撃でもしない限り、彼は倒せないわ。うまい事を言って、私と彼を相討ちさせようとしていたんでしょうけど、その手には乗らない。彼ならすぐそこにいる…ひょっとするとここにも来るかもしれないわよ」
 美鶴は返答をしながら先ほどの戦いを思い出し、苦々しい表情になった。
 それに追い討ちをかけるように
「そんな事はしないわ。確かにあなたが何度も仕掛けたから不意討ちは難しくなっているけれどね。私のシナリオだと彼にとどめを刺すのは沢渡さんの役目だもの。それに、上手くいけば…私達……助かるわよ」
 純子がささやいた。
 これには美鶴どころか、千佳子も驚いた。
「そんな…一体どうやって……」美鶴が首輪に手をかけながら言った。
「プログラム」から逃げ出すなど、美鶴には考えもつかなかった。
 そんなことは不可能だからだ。
 何らかの方法でここから逃げ出せたとしても、この首輪がある限り命の保証など無いのだ。
「ちょっと待って、純ちゃん…美鶴を誘うなんて」
 千佳子が純子に言った。
「どういう意味? 千佳子」
 美鶴の眉がつり上がった。
「うるさいわね、クラスメイトを殺しまくったあんたなんて信用できないのよ」
 怒鳴る千佳子をなだめながら
「私は彼の事を誰よりも知っているわ。あなたの力を大目に見積もっても彼にはかないっこない。あなたも思ったより頭が良くないのね、力の見極めが出来ないんですもの」と、純子が言った。続けて
「私の作戦は、結城真吾を倒さないと意味が無いの。その為の仕掛けは、もう完成したわ。ここに来るっていうのなら好都合ね。罠の中に自分から飛び込んでくれるんだもの。そうと判れば、ここで言い争って時間を無駄にしている場合じゃあないわね」純子は力強く言った。
「そんな事…判っているわよ。だから…これからは、あなたの言う事に従うわ」
 本心から服従を誓った美鶴に、千佳子は
「私はイヤよ。とにかく私たちの邪魔をしないで、玉砕でもなんでもしてちょうだい」
 と、突き放すように言った。
 いつもの美鶴ならこんなに好き勝手に言わせない。
 陣の毒気にやられたせいか、わなわなと震えるだけで全く反論も出来なかった。
 体の傷も影響しているのかもしれなかった。
 純子は一つため息をつくと、黙っている美鶴に
「千佳子がここまで言うなら仕方がないわ、あなたも諦めてちょうだい。少し作戦を変更するしかないわね」と言った。
 千佳子は当然という顔をしたが、美鶴はそうはいかなかった。
「そこまで言っておいて諦めろってどういう事よ! あんた達、人の事を何だと思っているの」
 食い下がる美鶴に、純子はとどめの一言を放った。
「そのセリフ、そっくりあなたに返すわ。いいこと、私たちのシナリオにあなたの名前はもう無いのよ。キャスティングされていない役者さんは邪魔になるだけ…さっさと退場してちょうだい!」
 この言葉には美鶴もキレた。
「もういい、作戦なんていっても何年も前に死んだ人が、その時の状況から立てたものでしょう?
そんなものアテになんかなるものですか。どうせあなた達だけじゃあ結城君には歯が立たない。協力する必要がないっていうのなら、あなた達は敵よ…ここで死になさい」
 美鶴は左手に持っていたVZ−61 スコーピオンを純子に向けて撃った。
 横山姉妹もそれぞれが手に持っていた銃を撃ったが、美鶴の方が一瞬早かった。
 フルオートで銃口から吐き出された弾は、純子の胴体に全て命中した。
「きゃあああああ」
「うおおおおおお」
 倒れる純子と、銃を投げ捨てて千佳子に斬りかかろうとする美鶴の怒号が重なった。
「純ちゃーん」
 千佳子も、自分に向かってくる美鶴に何発も銃弾を撃ちこみながら叫んだ。
 グロックの弾装に残っていた10発の銃弾も美鶴の突進を止められなかった。
 思い切り体重を乗せたカタールを千佳子に振りおろそうとした美鶴の耳に重い銃声が響いた。
 どさっという音と共に美鶴の左手が地面に落ちた。
 美鶴は大きく目を見開き、切断された自分の左手を見た。
 そしてゆっくりと自分の脇腹に視線を戻した。
 そこには美鶴の頭が入りそうなほどの大きな穴が開いていた。
 横腹から血と内臓を撒き散らしながら、美鶴はゆっくりと地面に崩れ落ちた。
「こ、こんな所で…し、死ぬなんて……。お、おばあちゃん…わ、わ…たし……」
 言い終えないうちに口から大量の血を吹き出して、美鶴は動かなくなった。
 物憂げなその顔は血に染まっていたが、絶命してもなお美しかった。
 千佳子は美鶴には一切目もくれず、純子に駆け寄った。
 純子の持つスパス12から、まだガンスモークが漂っている。
 倒れていた純子が美鶴を撃ったのだ。
「純ちゃん、しっかりして」
 千佳子は純子を抱き起こした。
 純子は苦しそうな表情を浮かべながら
「千佳子…ぶ、無事だったのね。よ、よかった」と言った。
 千佳子の涙が、大粒の雨のように純子に降りそそいだ。
「じゅ、純ちゃん、しっかりして…」
 泣き続ける千佳子の手を握り締めながら
「千佳子、よく聞いて。お父さんの計画は完璧よ。でも…それはわたし達だけにならないと使えない方法なの。だから…結城君を例の場所におびき寄せて…殺して。もう時間が無いわ…」
 と、純子は苦しそうに言った。
「わ、わたしが? いや、やる…何としてでもやってやる!」
 グロックの弾装を震える手で交換しながら言う千佳子に
「大丈夫…私のカバンを取って」純子は言った。
 千佳子が言われた通りカバンを持ってくると、純子は苦しそうに体を起こした。
 中から生理用のナプキンを二つ取り出すと千佳子に手渡した。
「慎重に扱って、これは結城君が作った爆弾よ。ニトログリセリンが染み込ませてあるの。今は安定しているけど、ショックを与えると爆発するわ。いい、これを投げつけるのよ」
 純子は額に汗を浮かべながら言った。
 ごくりと音を立てて唾を飲みこんだ千佳子は
「わかった、やってみる」と、つぶやくようにして言った。
「これは、結城君に使うんじゃないのよ。必ず沢渡さんに向かって投げるの。わかったわね」念を押す純子に、千佳子は
「えっ、どうして?」と、率直な疑問を投げかけた。
 純子は額の汗を拭いながら
「例えどんな至近距離から結城君に投げたとしても、彼は余裕で避けるでしょう。でも沢渡さんに投げたとしたら…」と、説明をした。
 それを聞いた千佳子は、目を見開いた。
 唇は吊り上り、頬はぴくぴくと痙攣を起こしていた。
 それは、まるでドラマや映画に登場する狂人のようであった。
「わかったわ、純ちゃんはここに隠れていて。私が上手く…殺る!」
 千佳子は茂みに横たわる純子の額をなでると、ゆらりと立ち上がった。
 弾装を交換したグロックをスカートに挿むと美鶴の死体に近づき、側に落ちているスコーピオンと予備弾装を拾い上げた。
 一度だけ純子の方を見て引きつった笑顔を見せた千佳子は、陸上部らしく見事なダッシュで薮の中へ駆け込んだ。



 同じ頃、真吾と雪菜の二人は専守防衛軍の兵士、陣京一郎を追っていた。
 陣を追えば、朝宮みさき担当官に行き着くと考えたのだ。
 森の中を進んで行くと、等間隔で兵士の死体が転がっていた。
「ここの兵士も殺られている。美鶴の仕業だ…」
 真吾の所見を聞くまでもなく雪菜には判っていた。
 巨大な刃物で切りつけられた傷が、兵士の体にはっきりと残っていたからだ。
「美鶴…どうするんだろう」
 雪菜は歩きながらつぶやいた。
「結構深い傷だったからな。残りはあと5人だし、あいつも最後の力を振り絞って…」
 真吾の言葉と足が止まった。
 雪菜はそれよりコンマ数秒遅れたが、真吾に声をかけられるよりも先に歩みを止めていた。
 まるで真吾と同じ感覚を持ったような動きであった。
 自分達に近づいてきた人物を見て、雪菜は思わず声を上げた。
「千佳子…無事だったのね」
 だが、その言葉になんの感情も浮かべない千佳子に、雪菜は何か嫌な予感を覚えた。
 にやっと笑った千佳子は、手に持った白いカタマリを二人に向かって投げた。
「危ない!」
 言うが早いか、真吾もそのカタマリに向かってAUGを投げつけた。
 一瞬フラッシュが焚かれたように閃光が走ると、爆発が起こった。
 これほど大きな爆発だと思わなかった千佳子は、強烈な爆風により尻餅をついていた。
 足元にはバラバラになったAUGのパーツが突き刺さっている。
 千佳子はゆっくりと立ち上がりながら目を細めて二人を探した。
 爆発時の閃光が網膜に焼き付いていたため、真吾と雪菜の姿を見失ってしまったのだ。
「横山、お前…どこでこいつを手に入れた!」
 問い掛ける真吾の声には怒りが混じっていた。
 それは真吾が作ったニトログリセリン爆弾と同じ物であったからだ。
 病院の入り口に仕掛けたトラップは、結果的に安田順(男子21番)の命を奪ってしまった。
 ニトロの材料がそれほどあるとは思えない上に、そんなアイデアを考えつく人物もいると思えないので、千佳子の持っている爆弾は真吾が作った物に間違いない。
 それだけに、千佳子に対し嫌悪感を覚えたのだ。
 子供が包丁を振り回しているようなものだからだ。
 千佳子がゆっくりと左側に顔を向けた。
 5mほど先にいる真吾と雪菜の姿を確認すると、手を後ろへ回そうとした。
 ───銃を抜く
 瞬時に真吾はクナイを投げようとした。
「やめなさい、千佳子!」
 真吾とほぼ同時にそれを察知した雪菜は、千佳子を止めようとして銃を抜き一歩前に進み出た。
 にやっと笑った千佳子は、ゆっくりと両方の手のひらを開いてみせた。
 二人の意識が掌へ移ったその時、千佳子は右足を雪菜に向かって思い切り振り上げた。
 先ほどと全く同じカタマリが雪菜に向かって飛んできた。
 尻餅をついた千佳子は立ち上がる直前、足の甲にもう一つのナプキンを乗せていたのだ。
「くそっ!」
 一発目は咄嗟に木の陰に身を隠したが、真吾が数歩前に出ていたため同じ手は使えなかった。
 真吾はある程度の負傷を覚悟した。
 雪菜を地面に突き飛ばすと同時にナプキンに向かってクナイを投げた。
 3人は爆発の衝撃に備えて身を硬くした。
 …だが、爆発は起きなかった。
 二発目のナプキンは真吾の投げたクナイによって地面に縫い止められていた。
 千佳子は、真吾に手を差しのべられて立ち上がる雪菜など視界に入っていないように、愕然としながら立ち上がった。
「そんな、どうして…」という千佳子の言葉に重い銃声が重なった。
 ビクンと身を反り返した千佳子は、横腹を押さえながらゆっくりと膝をついた。
 雪菜も苦痛に顔を歪めながら数歩後方にさがると、千佳子に併せるように倒れた。
「雪菜!」
 雪菜へと駆け寄る真吾の視線の先で、スパス12を構えた横山純子が不気味に微笑んでいた。

【残り 4人】


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