BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
83
[敵はどこだ?(ポルノグラフティ)]
銃声の真っ只中、横山千佳子が覚醒をした。
覚醒といっても単に意識が戻っただけで、視点は定まらず足元もおぼつかない状態であった。
大量の出血により意識も朦朧としていたが、純子の声だけは何故かはっきりと聞こえた。
「銃の腕前もなかなかね…」
「……」
「お互い予備の弾は無いみたいね。同じ条件だったらさっきも言った通り、あなたの動きが読める私の勝ちよ…」
「……。……」
「そんな…どうして……」
体を起こしながら、純子の声がする方向を懸命に探した。
誰かがもつれあうようにして立っているのが見える。
その方向から「千佳子!」と、自分を呼ぶ声がした。
「純ちゃん…」瞬間的に姉を認識した千佳子は姉の元へ駆け寄ろうとした。
しかし、足が思うように動かない。
千佳子は必死に自分の体を前へ進ませようとした。
「千佳子…銃を……」
という声が先ほどよりも近くで聞こえた。
黒い影が接近し、千佳子は結城真吾と純子が戦っているのだと思った。
前進するのを止めて、銃を持ち上げる方に力を注いだ。
───純ちゃんは、私が助ける。二人で脱出するんだ…
震える手を何とか固定し、二人の動きが止まった瞬間トリガーを引いた。
発射の反動に耐えられず、後ろへ倒れた千佳子は
「純ちゃん……」
とつぶやき、絶命した。
腹を押さえて倒れこんだ沢渡雪菜を助け起こそうと、結城真吾は振り向いて走り出した。
その行く手を阻むように足元の地面が弾けた。
銃撃だった。
やむを得ず3メートルほど後方にある大きな杉の陰に飛び込んだ。
真吾はそんな状況でも先ほど様子をうかがった際に、体を隠せそうな場所を探しておいたのだ。
手の届きそうな距離に、脇腹から血を流して倒れている千佳子がいた。
まだ息はあるようだが、彼女を撃った姉の純子の姿は見えない。
「雪菜…くそっ、先に横山を黙らせないと…」
真吾はこの周辺にいると思われる純子の気配を探った。
午前中とはいえ、木漏れ日の強烈な光源と鬱蒼と茂った木々によって作られる影は、視覚を混乱させていた。
真吾が顔を上げたのとほぼ同時に純子の声が響いてきた。
「チャンスだったのに外しちゃったわね。沢渡さんはどうなったのかしらねえ…心配だわ。一息でしとめてあげたかったんだけれど…また失敗したかもねえ」
真吾は周りを探したが、まわりの木々に反響しているかのように声の出所は判らなかった。
「横山、お前…」
真吾は怒声をあげた。
「最初に担当官に言われたでしょう、このゲームに反則なんてないのよ」
全く意に介していないような純子の言葉に
「お前、実の妹をあんな目にあわせてまで助かりたいなんて、恥ずかしいと思わんのか」
真吾の怒声が響いた。
「本当は中尾さんに犠牲になってもらう予定だったんだけれど、彼女と組むのはどうしてもイヤだって千佳子が言うから、役柄を代わってもらったのよ」
真吾は純子が話している間も周りを探したが、依然として居場所はわからなかった。
「美鶴を…殺したんだな……」
「彼女とは上手くやれそうだと思ったんだけどね。でも、彼女もちょっと壊れかけだったからね。御影君の銃を奪ったみたいだけど、装填されているのは空砲だって知っていたから、中尾さんがそれを向けても恐くなかった。ちょっと痛いのを我慢すれば、みんな上手く引っかかってくれたわよ。そうそう中尾さんは立派よ、総統閣下に忠誠を誓っている点は私を除けばクラスで一番なんだから」
「お前も聞いていただろう、総統なんていない。でっかいコンピュータがあるだけだ」
「そんなことはない! 私は父と一緒に総統閣下にお目通りした事があるんだ。その時閣下はおっしゃったの『君もお父さんのように、この国の民を導いていく優秀な人物になってくれ』ってね」
純子の言葉を聞き流しながら、真吾は盾にしていた欅から左方向へ移動をした。
「一技師の子供に簡単に会える訳がないだろう、総統の影武者か役者に誉められて悦に入っているなんておめでたいな…騙された結果がマインドコントロールか!」
真吾は足音を立てないようにしながら一気に距離を詰めると、苔の生した石灰岩の陰へ飛び込もうとした。
そこに純子が隠れていると睨んだのだ。
ダッシュで石灰岩へと向かった真吾が何かに足を取られ転倒しそうになった。
足元を一瞥した真吾は「やられた」と思った。
そこには小さな落とし穴があったのだ。
体ごと落ちてしまうようなものではないが、足首までは埋まってしまうほどの穴がぽっかりと開いている。
真吾は他の穴が岩の周りにあると予想し、なんとかバランスを取るとジャンプをして岩の陰へ飛び込んだ。
しかし真吾の予想に反して、そこには誰もいなかった。
それどころか、着地すると同時に銃撃を見舞われたのだ。
「ちっ」
真吾は舌打ちをしながら岩陰から飛び出した。
さっきまで隠れていた欅の木とは反対の方向に移動した形になったが、その間も真吾は純子の居場所を探していた。
真吾を追うように地面には弾痕がくっきりと残っている。
純子の射撃の腕は、なかなかのものであるという証だった。
転がるように逃げ込んだ薮には、真吾を待ち伏せていたかのようにソーイングセットの待ち針が仕掛けてあった。
首筋に刺さるようにセットしてあった針を憎々しげに引き抜いた真吾は、毒が塗られていないかだけを確認した。
「この辺り一体に仕掛けをしているのか…」
真吾はクナイの数を確認した。
残り6本のうち1本を後方に立っている杉の木に投げた。
地上から2mほどの幹に刺さったそれに飛びつくと、自分の体を持ち上げた。
全体重がクナイにかかる前に素早く枝に手を伸ばし、木の上に登ってから純子を探そうとしたのだ。
鉄棒の蹴上がりをする要領で体をあふった瞬間、鈍い音と共に枝が折れた。
地面に墜落した真吾を、またも純子が狙ってきた。
真吾の耳を銃弾がかすった。
弾頭が通過する際の衝撃波で脳震盪を起こしながらも、反射的に耳の傷口を押さえようとする手を意志の力で押し止め、真吾は最初に飛び込んだ石灰岩の陰に走りこんだ。
───早く雪菜の治療をしないと…
───奴の銃はリボルバーだ
───なぜ俺の行く先に罠が仕掛けてあるんだ…
頭の中に色々な事が浮かんでいっては消えた。
「不思議でしょう。あなたが行くところにトラップが仕掛けてあるんですものね。父の資料にあったわ。兵士の中でも完璧な人間ほど型にはまった行動をとるそうよ。そういう意味でもあなたは凄いわ。そして、私は誰よりもあなたの事を知っている…そう沢渡さんよりもネ。その私だからこそあなたをワナにかける事ができるの。私だけが結城真吾を殺せるのよ!」
純子の声が林の中に響いた。
「父の技術はマインドコントロールなんかじゃあないわ、盲目の羊を導く術よ。愚かな民はこの国に必要はない…だから死んでもらうの。今まで竹内を利用して様々な実験をしてきたけど、殺人だけ犯すことができなかった。でもよかったわ…『プログラム』のおかげで犯罪者になることもなく、思うままに実験が出来たんですもの」
純子は話しつづけた。
父親の跡を継ぐように決めたが、専守防衛軍に入るまでは決して目立つような行動をしないと誓った事。
それまでの準備期間に自分の手足となる人間として竹内潤子を選んだ事。
偶然を装って潤子が欠かさず礼拝をしている教会に行き、徐々に自分に傾倒させた事。
純子の恍惚とした声は、音の無い森の中に響き渡った。
だが、純子の話など耳に入っていない様に、もの凄いスピードで真吾は地面に計算式のようなものを書き込んでいた。
それを終えると、ぼろぼろになった学生服を脱ぎ捨て小石を拾った。
いくつか石を地面に投げ、落とし穴のないルートを探し当てると大きく深呼吸をし、クナイの刺さっている杉の木に向かってまっすぐ走った。
真吾は右足で思い切り踏み切ると、既に刺さっているクナイに左手を伸ばした。
今度は左手を支点にして、鉄棒の片手車輪を行うと右手のクナイを木に突き立て、先ほどの枝よりも更に上へと体を持ち上げた。
先ほど攻撃を受けた場所に戻るなど正気の沙汰とは思えなかったが、不思議な事に一度も銃声は起きなかった。
真吾はニヤッと笑うと
「そうだよなぁ、同じ所にいくつも罠を仕掛けるなんて出来ないよな。と、いう事は罠が仕掛けてあったところが一番安全って事だ」
と言って、すぐ左手の杉の木を睨んだ。
そこには竹内潤子の迷彩マントを身につけた純子が銃を構えていた。
「さすがね。でも、どうして…ここに隠れているって判ったの?」
「簡単や、俺がこの木に近づいた時にお前は銃を撃たなかっただろう。それで居場所の見当はついた。それに無様に転げ回っている俺を見るのにはここが一番だからな。お前の性格上、特等席で見るに違いないとおもったんだよ」
真吾はそう言いながらクナイを純子の胸元めがけて投げつけた。
純子は銃を撃たず、後ろ向きに木から落ちた。
向かってくるクナイを避けるには、その方法が最短で最適だったのだ。
純子は空中で一回転すると見事な動きで着地し、銃を上に向けて構えた。
落下から着地までは完全に無防備になる。そこを狙おうとしたのだ。
真吾はそれも読んでおり、木から飛び降りながら純子に向かって更にクナイを投げていた。
銃声が響いた。
二人の右肩から血がほとばしる。
真吾は右肩の外側、純子は腕のつけ根の部分を負傷していた。
数メートルの距離を隔て、二人は向き合った。
「やっぱり一筋縄ではいかないわね。でも…だからこそ殺しがいがあるわ」
右手の銃を腰に挿すと同時に、純子は右足で蹴りを放った。
真吾は難なくそれをかわすと、純子を右の回し蹴りで倒そうとした。
驚いた事に蹴りは純子をとらえる事が出来なかった。
純子は身を沈めて蹴りをかわしたばかりか、一歩踏み込んで掌打を放っていた。
腹部への強烈な衝撃を鍛えた腹筋で受け止めた真吾は肘打ちで反撃を試みたが、それもまた空を切っていた。
「言ったでしょう、あなたの事は何でも知っているって…鄭さんのお父さんに頼んで、あなたの練習を盗撮したの。どんな細かいクセも私の頭に入っているのよ。あなたに勝ち目はないわ」
攻撃を受けない距離を取った純子は真吾に向かって宣言した。
「くだらん事には熱心やなあ。その情熱を他の事に向ければよかったのに」
真吾の皮肉もキレを失っている様に思えた。
「あなたがそうしたのよ…」
先ほどとは違い、つぶやくような口調で純子が言った。
「あなたは私の思い通りにならなかった。私の…想いを受け止めてくれなかった。だから…だから、私は女である事を捨てたの。密かに体を鍛え、父の研究を受け継いだわ。それはあらゆる手段で人の悪意を操る方法なの。悪意というものは誰もが持っている感情だからね。私はそれを上手く使って竹内を初めとする不良グループを影で操り、金と力を蓄えたわ。いつか専守防衛軍に入ってのし上がっていくための準備のためにね。あなたのすべてをこの世から抹殺した時、私は本懐を遂げるのよ」
自分の恥部を晒した羞恥からか、または真吾に対する怒りからか純子は顔を紅潮させながら言った。
それ以上に真吾は怒っていた。
拳を硬く握り、唇を噛み締めた真吾は、純子に向かっていった。
「お前、そんなことのために…そんなことのために自分の妹も含めたクラスのみんなを犠牲にしたって言うのか!」
どの拳も蹴りも彼女を捕らえることは出来なかった。
「そうよ、全部あなたを殺すため。亜紀ちゃん達も、御影君も、中尾さんも、竹内も、そして千佳子もみんな利用した。友情・信頼・脱出手段・命令、いろんな物をちらつかせた。でも、あなたさえいなかったらこんな事にはならなかったのよ。あなたさえ…私を受け入れてくれたら……」
恍惚としながら言う純子は次々と真吾の攻撃をかわしたあと、右の飛び蹴りを放った。
みぞおちにもらった真吾は、のけぞるようにしながら後方に一回転すると膝をついて地面に立った。
追いかけようとした純子の頬がざっくりと斬られていた。
真吾も反撃をしていたのだ。
頬から滴り落ちる血を確認して驚く純子に
「何でもかんでも人のせいにしやがって、お前自身はどうやねん。最期までお前を信じていた妹まで利用しやがって。女を捨てた? それよりも前にお前は人間まで捨てているんだよ! お前だけは許さん、絶対に許さんぞ」
真吾は親友の形見VP70を引き抜きながら言った。
それに応じるように純子も
「それでこそ結城真吾よ。私が…私がとどめをさしてあげる」
と叫び、S&Wチーフスペシャルを抜いた。
静謐な森に銃声が響き渡った。
偶然にも二人の銃に残されていた弾は5発ずつだった。
真吾と純子は、ほぼ同時に動いた。相手に正確な射撃をさせないためだ。
そして互いに相手の動きを止めるため、トリガーを引いた。
木や岩の陰を次々と移動しながら放った合計10発の弾丸は、互いに傷を負わせる事が出来なかった。
「銃の腕前もなかなかね。それも武術と一緒に習ったの?」
呼吸を整えながら純子は訊ねた。
真吾の返答が無い事をどう捉えたのか、純子はニヤッと笑うと
「お互い予備の弾は無いみたいね。同じ条件だったらさっきも言った通り、あなたの動きが読める私の勝ちよ…」と宣言した。
真吾は身を隠していた薮から姿を現すと、無言のまま純子に向かって構えた。
「辞世の句を聞いてあげてもよかったんだけど、覚悟を決めたのね…じゃあ、死になさい」
純子の言葉に弾かれたように真吾は間合いを詰めた。
「ハアッ!」という気合と共に右の前蹴り、左の回し蹴り、右拳の突きそして肘打ちと連続技を繰り出した。
しかし、そのどれもが純子の掌によって弾かれ、あるいは空を切った。
「さあ、どこまで粘れるのか見せてちょうだい」
真吾が組み付いて投げようとすれば距離をとり、打撃での攻撃はかわされ反撃される。
それから逃れるため距離をとろうとすると、純子が回りこんでいく。
アリ地獄にかかったアリのようであった。
フラフラとした足取りの真吾が薮の方へ倒れこんだ。
そこは純子が待ち針を仕掛けていた薮だ。
「もうおしまい? じゃあ、あなたが身につけた武術の技でとどめを刺してあげる」
純子が助走をつけて走り出した。
真吾は逃れようとしてか、薮の中に体をねじ込んだ。
「そんなことをしても無駄よ」
純子はフィギアスケートのトリプルアクセルのように体を回すと、遠心力を保ったまま真吾に蹴りを放った。
ボギンッという鈍い音がして、真吾の体が大きく跳ねた。
純子が勝利の笑みを浮かべ、着地したのと同時に薮の中から杭が飛び出してきた。
狙いすましたかのようにそれは純子の腹に突き刺さった。
それは真吾を倒すために、純子自身が別の場所に仕掛けた罠だった。
「お前の負けだ…」
真吾が右の前腕部を押さえながら立ち上がって言った。
フラフラと後ろに下がりながら、純子は
「そんな…どうして……」
と、まだこの状況を信じられないといった感じでつぶやいた。
「仕掛けの場所を変えたんだよ。お前が俺の動きを読んで先回りするのは判っていたからな。その場所の仕掛けを換えていればお前の方が引っかかる。とどめを刺す時は大技を出すはずだから隙もできる…俺はそれを待つだけだった」
真吾は純子の蹴りで骨折した腕を整復しながら言った。
自分の腹に刺さった杭に純子が手をかけたとき、後ろで何かが動いた。
「千佳子!」
何とか立ち上がろうとしている妹の名を純子は叫んだ。
千佳子も朦朧としながら姉を探しているようであった。
「純ちゃん…」
千佳子は吐き出すように言うと、純子の声を頼りに座った姿勢のまま這い始めた。
その手にグロック17を見つけた純子は
「千佳子…銃を……銃を貸しなさい」
そう言うと、千佳子の方へ向かって歩き始めた。
純子がフラフラと歩き始めるのと、千佳子が銃を持ち上げるのがほぼ同時だった。
純子は立ち止まると千佳子から銃を奪い取ろうと手を伸ばした。
───大丈夫、結城真吾と沢渡雪菜、そして千佳子を殺せば私の優勝だ
悪魔のような笑みを浮かべた純子の胸に、銃弾が食い込んだ。
千佳子の持つグロックが火を噴いたのだ。
のけぞるようにして後ろに倒れた千佳子は、二度と動く事は無かった。
純子は胸を押さえると、ゆっくり膝をついた。
「私は…まだ死ねない。まだ…やらなければならない事が……」
意識を取り戻し、木の陰から体を起こし始めた雪菜に
「沢渡さん」
と、精一杯の声で呼びかけた。
腹を押さえ、震えながら目を向けた雪菜に
「沢渡さん…あなたの大事な人が、結城真吾がやったのよ。結城君が、私を……残りは二人…あなたも気をつけなさい。や、やらなければ…やられ…る…」
と言うと、口から血を吐き出し、突っ伏すようにして倒れた。
偶然にも純子と千佳子が抱き合うような姿勢になっていた。
純子は千佳子の耳元で
「ち、千佳子…二人で助かるなんて、う、嘘よ。『プログラム』は…そ、そんなに…あ、あ、甘くない」と、ささやくように言った。
満足そうな笑顔の千佳子と違い、純子は最期にいやらしい笑みを真吾に向けて浮かべると
「あなたと…沢渡さん……どっちが来るのか…。あ、あの世で……ま、ま、待っているわ」
と言って、そのまま力尽きた。
すべてを見届けようともせず、真吾は歩きだした。
その先には震えながら真吾を見つめている雪菜がいた。
その手にはワルサーPPKが握られている。
真吾は無防備のまま雪菜に近づいていった。
まだぼんやりと座り込む雪菜の2m手前で真吾は立ち止まった。
「雪菜、終ったよ」
真吾の声に雪菜はビクッと肩を震わせた。
ゆっくりと顔を上げた雪菜の目から大粒の涙が零れ落ちた。
「真吾……」
雪菜は銃をゆっくりと持ち上げた。
真吾は驚きもせず、じっとそれを見つめた。
「純子さん…残りは二人だって…やらなきゃあやられるって……」
雪菜は泣きながら言った。
「私だって死にたくない…でも、だからって人を殺したくない。私は真吾を信じている、愛している。真吾を殺したいなんて絶対に思わない!」
そう言って銃を投げ捨てると、映画のスローモーションのように倒れた。
「大丈夫か、しっかりしろ雪菜」
真吾は雪菜をやさしく抱きしめて訊いた。
雪菜は泣き出しそうな表情を浮かべていた。
横山千佳子の体に一度当ったとはいえ、純子の撃った弾は雪菜の腹部にまともに命中したのだ。
おおよそ無事である訳がなかった。
真吾は自分が撃たれたような表情を浮かべながら、雪菜のセーラー服を脱がせようとした。
その手を掴んだ雪菜が
「だ、大丈夫よ。私、なんともないわ。冬哉君が…」
そう言って自らセーラーの裾を捲り上げた。
そこには五代冬哉(男子10番)に支給されたクラス3−改 防弾ベストがあった。
何層にも織られたケプラーはマグナム弾を受け止め、さらにその間に挿入されたハードゲル層が着弾時の運動エネルギーも5分の1以下に軽減させるのだ。
当然ショットガンのスラッグ弾に対しても効果はテキメンであった。
「冬哉君が…守ってくれたの」
雪菜は、腹部の鈍痛をこらえながら言った。
その目には痛みによるものではない涙が浮かんでいた。
「最高の演出だったぜ、冬哉…」
真吾はつぶやきながら、親友の顔を思い出していた。
真吾は雪菜の腹部を診た。
軽い打撲で済んだようであった。
「何で…純子さんは、何で最後にあんな事を言ったんだろう」
雪菜は治療を受けながら独り言のようにつぶやいた。
「あれはあいつの最後の罠だよ…お前に俺を殺させるための言葉の罠だ。気にすることなんて無いんだよ」とささやくように言った。
「俺もお前を信じている」
雪菜の涙を拭いた真吾は、にっこり笑うとキスをした。
「しょっぱい」
いたずらっぽく笑って感想を述べた真吾の顔が緊張した。
雪菜も真吾の視線を追って振り向いた。
そこにはプログラム担当官 朝宮みさきの姿があった。
【残り 2人】