BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


エピローグ 2

[静かな日々の階段を(Dragon Ash)]

 グラウンドから心地よい風が吹いてきた。
 今日は梅雨の谷間らしく、晴れ間が覗いている。
 夏もすぐそこまで来ているようだ。
「沢渡せんせーい」
 職員室から出てきた所で声を掛けて来たのは、担当していた3年1組の委員長 井上はるひ(女子1番)であった。
「井上さん、もう出発じゃあなかったの?」
 沢渡雪菜は少し困ったような顔をして言った。
 はるひは全く意に介していないようで
「出席簿を取りに行くって言って抜け出してきちゃった。最後に沢渡先生に聞いて欲しいことがあったの。きちんと挨拶をしておきたかったし…。だって教育実習が終わったから、もう先生に会えなくなるでしょう」と、寂しそうに言った。
「そんな事ないよ。いつかまた会える」
 雪菜は笑顔で言った。
 はるひが何か言おうと口を開きかけた時
「おーい、はるひー」
 と、廊下の向こうから手を振りながら男子生徒が走ってきた。
「廊下は走らない! それに今は授業中よ。大きな声で人の名前を呼ばんといて」
 はるひの剣幕に怯みながらも、
「お前なぁ、修学旅行の出発前にエスケープする委員長が、どこの世界にいるんや。心配で出てきてやったんだぞ。それに…オレも沢渡先生に訊きたい事があったし…」
 織田誠(男子2番)は、鼻を鳴らしながら強気に言った。
「なによー」
「なんだよ」
 2人が睨みあった。
「はいはい、夫婦喧嘩は休み時間にね」
 雪菜は、くすくすと笑いながら言った。
「ちょっと先生、こんなヤツと夫婦にしないで下さい」
「そうですよ。よりによって、こんな口うるさい貧乳オンナと夫婦なんて…」
「胸は関係ないでしょう!」
「うるさいんじゃ、ぺっちゃんこ」
 2人は顔を赤らめながら言いあった。
「もう止めなさい」雪菜にしては強い口調であった。
 バツの悪そうな顔をする二人を交互に見ながら
「仲良くしなきゃあダメよ」と、続けた。
「はーい」と口を尖らせて返事をする誠の背を、はるひが肘で突いた。
 雪菜は、吹き出しそうになるのをこらえながら
「私に話しって何かしら?」と、尋ねた。
 二人は譲り合うように顔を見合わせていたが、先着順という事なのか、はるひが先に口を開いた。
「沢渡先生が教師を目指した理由を話してくれたでしょう。『この国の未来を担う君たちの力になりたい』って。今までこの国の未来なんて考えた事もなかったから、何か感動しちゃった。私、それまでは看護師になろうと思っていたんだけど、教師もいいかなって…。先生のおかげよ」
 目を輝かせて話す はるひに負けまいと、誠が続いた。
「オレも…いやオレは、はるひみたいに頭が良くないから教師になれるかどうかは判らないけど、先生みたいになりたい。先生みたいに… 何て言うか、強くなりたい…無理かな」
 自信がなさそうに言う誠の眼前で、雪菜は指をパチンと鳴らした。
 次の瞬間、雪菜の手から花が現れた。
 驚いた顔の二人に、それぞれ一輪ずつ渡すと
「いい、まず自分を信じるの。そして…」
 そこまで言って雪菜は顔を伏せ、涙が零れ落ちそうになるのを必死でこらえた。
 雪菜にその事を教えてくれた人の顔が、ふいに浮かんできたのだ。
 数回まばたきをして涙を抑えてから顔を上げ
「そして、自分以上に人の事を愛せるようになれば、誰からも愛される強い人になれるわ。あなたたちなら、きっとなれる」
 と、力強く言った。
 頬を紅潮させて、同じように力強くうなずく二人に
「教育実習でどんなにいい点をもらうよりも嬉しかった。どうもありがとう」そう言ってぺこりとお辞儀をした。
 照れ笑いをする誠とはるひに、雪菜はカバンから取り出したペンダントを渡した。
 時計の針というか、矢印の様な妙なデザインのペンダントであった。
「これ、私が持っているお守りと同じデザインなの」
 二人は宝物のように、大事に受け取った。
「じゃあ、またね」
 雪菜は二人に告げ、歩き出した。
 校門を出る際
「先生、ありがとう。元気でねー」
 という元気な声が聞こえた。
 はるひと誠が手を振りながら見送ってくれていた。
 雪菜が軽く手を振って答えると、二人はお辞儀をして校舎の中に消えていった。
 背伸びをしながら深呼吸をし、すがすがしい空気を胸一杯に吸い込んだ雪菜は、空を見上げた。
「真吾…私は生きているよ……」
 雪菜はまぶしい光を放つ太陽に語りかけ、再び歩き始めた。







 She survived only, but she is not lonely.


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