BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
エピローグ 0
[Moment of truth(サバイバー)]
「酷いな…これじゃあ誰も生き残っていないだろう」
哨戒艇に乗り組んでいた阿川童虎一海尉は「プログラム」本部の状況を見てつぶやいた。
砲撃を受けたように外装の鉄板は剥がれ、炎に炙られたガラスは一部が溶け落ちている。
念のため中を捜索にやったが、良い報告は一つも無かった。
「ダメです、技術仕官も誰一人助かりませんでした。数人はこの建物から逃げ出したようですが、運の悪い事に消火弾が着弾して…」
報告に来た兵の顔が青ざめた。
技術官達の無残な死体を思い出したのだろう。
「よし、もういい。お前たちはコンピュータからデータを回収する作業に移れ」
阿川に命じられた兵は専守防衛軍独特の敬礼をして、建物の中に入っていった。
「あとは、蔵神司令に命じられた場所の報告待ちだな…」
阿川はポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
上空では消火活動を命じられたヘリコプターが何度も往復をしている。
哨戒艇から発射される消火弾では着弾のショックが強いため、物理的な被害が大きくなるのだ。
まだ生存者がいるという報告もあり、二発を打ち込んだ時点でヘリコプターによる化学消化剤の散布に切り替えられた。
本部付近と、蔵神司令より指定のあった座標を中心に化学消化剤を使っていたのだが、それも底を突いたのだろう。
幸い火勢は弱まっていたので、あとは効率もよく経費もかからない貯水池の水を使う方法に切り替えられたようだ。
「今回の死体回収業者は…大変だな」
阿川が顔をしかめて言った時、通信機に入電した。
“生存者発見。繰り返します、生存者一名を発見、確保しました”
「こちら阿川、現在の座標を報告しろ」
阿川はタバコを投げ捨てながら言った。
“生存者確保の座標はE134−52N34−14 オーヴァ”
「了解、上空のヘリを降下させる」
“了解”
ヘリに座標を告げ、救出命令を出した阿川は、すぐに通信機のチャンネルを切り替えた。
「こちら上陸班 阿川、司令部応答願います」
阿川がスイッチを戻した数秒後、少量の雑音と共に返事が来た。
“こちら司令部。阿川一海尉どうぞ”
「蔵神司令に繋いでくれ。オーヴァ」
“作戦行動中により、司令への個人的な連絡を繋ぐ事は出来ません。オーヴァ”
取り付くシマも無いというのはこの事だ。
「了解。上陸班より生存者一名確保。以上、蔵神司令に至急報告を請う。オーヴァ」
“生存者一名確保を蔵神司令に至急報告します。オーヴァ”
最終令を発せずに、阿川は通信を切った。
丁度、生存者を乗せたヘリが垂直に上昇してきた。
病院に向けて飛び立つ所を見送りながら
「これで生き残るってのは、どんな化け物だよ…」
阿川は肩をすくめると、再びタバコを取り出し一服することにした。
§
灰皿に押し付けるようにしてタバコの火を消すと、黒野寛は処置室へ向かった。
“他の患者は後回しにしろ。最優先で治療にあたるんだ”
院長より直接電話があったのだ。
「ちっ、そんな命令があるのはこの国だけだ…」
国立一の谷病院には、頻繁に政府の高官や軍人が運ばれてきた。
黒野の腕が見込まれ、指名を受ける事が多かったが、その系統の患者が来る時はいつも突然で、しかもこちらの都合などお構いなしだった。
震災で被災した患者のオペ中に呼び出された時には、その政府関係者に毒を盛ってやろうかと考えたほどだ。
「どいつもこいつも人の命を何だと思っていやがる」
黒野は、屋上のヘリポートへ向かうエレベーターの中でも愚痴をこぼした。
「先生、愚痴るのはここだけにしておかないと…」
女性看護師に注意を促がされた。
「ああ、そうだね」
黒野が必死で怒りを抑えようとしたが、平常心を取り戻す前にエレベーターは屋上に着いた。
ドアが開くと、ヘリが着陸態勢に入っているのが正面に見える。
「よっしゃ」
黒野は気合いを入れると、ヘリの方へ飛び出すように走った。
酸素ボンベを持った看護師達も後に続く。
ヘリから下ろされた患者を見て、黒野は思わずつぶやいた。
「どこの戦場から搬送されてきたんだ?」
ストレッチャーに乗せられている兵士は、泥とススにまみれ、その顔さえも確認できないほどであった。
「ルートの確保、血液の交差試験を。血中酸素分圧も測って…」
処置室に着くまでに次々と指示を出した黒野は、その兵士の口が動いているのを認めた。
耳を近づけてその言葉を聞き取ると、処置の前に内線電話をかけた。
§
病院に運ばれたみさきは、診察を受けていた。
肋骨の骨折と軽微な火傷と診断され、治療を待つばかりであった。
面会を許可されたのか、蔵神司令が入室した。
「さ、沢渡は…どこですか?」
みさきは自分と同じように運ばれるべき生徒の姿を探した。
蔵神はサングラスを持ち上げながら
「優勝者のビデオ撮影だ…」と、短く答えた。
「そ、そんな…今は待ってください。せめて、私に付き添わせて下さい」
起き上がろうとするみさきを、蔵神は制した。
「妙な仏心を出すな。普段通りに行動をしろ」
「しかし…」
尚も反論しようとするみさきの頬を、蔵神は平手で打った。
「いいか、先はまだ長い。今は堪えろ」
声を震わせながら蔵神はみさきに言った。
程なくして処置室に初老の医師が姿を現した。
蔵神が席を立とうとすると、その医師が
「蔵神司令、あなたの配下に朝宮さんという方はいらっしゃいますか?」
と、問い掛けてきた。
二人は顔見知りのようだった。
「朝宮ですか? ここにいますが…」
蔵神は医師の言葉に不思議そうに答えた。
「実は、先ほど搬送されてきた患者さんが朝宮さんの名前を呼んでいるというのですよ…」
医師は二人の顔を見比べるようにしながら訊いた。
「さっき阿川から連絡のあった者か…みさきの名前を呼ぶというのが妙だな」
「司令、私に確認をさせて下さい」
みさきは訴えたが、蔵神はすぐに許可を与える訳にはいかなかった。
少しの間考えを巡らせ、みさきの治療にあたっている医師に
「みさきの状態は? 少し動いても構いませんか?」
と、確認をした。
レントゲン像を再度見て
「許可できるのは5分だけです。いいですね?」
と、念を押すように言った。
返事を待たずにベッドから飛び降りたみさきに
「左に行った突き当りの救急処置室ですよ」と、温厚そうな医師の声が届いた。
胸の痛みを堪えつつ教えられた部屋へ向かい、ノックもせずに入った。
「なんですか? 処置中ですよ、出て行ってください」
入り口付近にいた女性看護師を突き飛ばすようにして入り、みさきはベッドに寝ている人物を見た。
「お、お前は…」
みさきはショックのあまり、言葉を失った。