BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


エピローグ 2

[レクイエム(ヴェルディ)]

 大東亜共和国専守防衛陸軍関西支部のある一室で、プログラム担当官は作戦の発動時間を迎えた。
 時計のデジタル表示は23:59から0:00と変わった。
 それを待ちかねたかのように
「ただ今より戦闘実験第六十八番プログラム2009年度第18号を実施します」
 と言うと、担当官は上官らしき女性に共和国独特の敬礼を行った。
 女性はうなずくと同時に立ちあがり、同様の敬礼をした。
 先に上官が手を下ろすと、担当官はそれに倣い手を下ろした。
 回れ右をしようとした担当官は
「マスクは取っていけ」
 と上官の女性に言われ、その場で顔の上半分を覆っていたマスクを取った。
「朝宮司令、預かって下さい」
 担当官はそれを机の上に置いた。
「今日からは好きな名前をコードネームとして名のることができる。何にするんだ?」
 朝宮と呼ばれた女性は、心なしか楽しそうに訊いた。
 担当官は微笑むと
「あの時のあだ名をもじって『黒井太陽』にしようかとも思ったのですが、やはり本当の名前を使う事にします」
と答えた。
 深々と一礼して歩き始めた担当官に
「上手くやれよ、結城真吾担当官」
 朝宮みさき関西支部司令は声をかけた。
 担当官は一瞬立ち止まったが、振り返らずにドアを開けてその部屋を出ていった。
 担当官が退室すると、朝宮は机の上にある電話を取り、ある場所に電話をかけた。
「…蔵神准将、朝宮です。夜分に申し訳ありません。たった今、彼が作戦行動に移りました。…はい、彼ならきっと大丈夫です。逐一ご報告を致します…はい、失礼します」
 受話器を置いた朝宮みさきは、椅子に深々と腰掛けた。
 空には真円の月が輝いていた。




§



「全員の配置は完了したか?」
 朝宮司令からの命で「プログラム」担当官の副官に就いた仁科慶彦陸士は
「はい、抜かりなく完了しています」
 と答えた。
 担当官は仁科の方を見ようともせず、軽くあごを引いてうなずくと
「次の命令があるまで待機だ」と、命じた。
 司令車を離れていた為、仁科は通信機を使って全員に伝えたが、その声は苛立っていた。
 突入予定時間はとっくに過ぎているのだ。
 担当官の意図が判らない仁科には緊張感のみが高まっていた。
 それから逃れようと
「顔中に火傷を負われて、記憶まで失われたと聞いたのですが、頬の傷だけですね…噂はアテにならないものですね」
 と、担当官に訊いた。
「朝宮司令にやられた…」
 担当官は視線を動かさずに答えた。
 仁科は言葉の意味を測りながら、その視線を追った。
 担当官がじっと見ている職員室前の廊下には、男子生徒と女子生徒がそれぞれ一人ずつ、そして若い女性が立っていた。
「あれは…」
 仁科は記憶を手繰った。
 確か、今回の「プログラム」対象クラスの生徒と教育実習生だ。
 3人は何かを話している様子だったが、教育実習生はそのまま門の外へ出て行った。
「あっ、教育実習生が出て行きます。彼女も一緒に拉致する予定が…」
 言い終わる前に、仁科の顔面に拳がめり込んだ。
「お前が担当官か?」
 担当官が強烈な眼光で睨んでいる。
 弱々しく首を横に振った仁科の胸ぐらを掴み
「今度俺にくだらん事で声をかけたら…殺す!」
 と、担当官が言った。
 仁科は小便を漏らしそうになりながら、今度は勢いよく縦に首を振った。
「よし、これより作戦を実行に移す。全員予定通り行動させろ」
 担当官の命令に仁科は敬礼も忘れ、司令車の方へ逃げ出すように走っていった。
 フンッと鼻を鳴らし、結城真吾は振り向いた。
 沢渡雪菜がこの学校に教育実習で来ているのは、資料を見て知っていた。
 担当官の権限で今回は助ける事が出来たが…。
「この国のシステムは完璧なものとなっている。だけど、そんなシステムもちょっとした綻びから崩壊させられるはずなんだ。俺は蔵神准将や朝宮司令と共に、獅子身中の虫となってこの国を内部から崩壊させる。雪菜…お前は、お前のやり方でこの国を変えるんだ。生きろよ……」
 真吾は、深呼吸をして歩き出した雪菜の背に向かってつぶやくと、輝く太陽に背を向け歩き出した。





He leaves for next battle but he will be back.


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