BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝 刻の雫 〜
10
2000年7月18日(火)8時25分
朝っぱらから、冬哉より連絡があり(正確に言うと、例のワンギリをされたオレが冬哉に電話を架けたのだ)10時に学校で東警察の前で待ち合わせる事になった。
オレが夏休みの宿題を1時間ほどやってから出かけようとすると、担任から電話が入った。
『クラブハウスとグラウンドのみ使用できるので、登校する際には顧問の先生と、校務員室にいる先生に許可を取るように』
という内容だった。
オレは急いで連絡網を使って伝言を回し、ケータイを持って飛び出した。
なんとか10時ぴったりに到着したオレに、冬哉が「遅いなぁ、ここでの用事は済んだぜ」と言った。
───いつもは逆のクセに…
息が切れていたので、言い返すことも出来ないまま冬哉に付いて行った。
冬哉が向かったのは、昨日行かなかった唯一の場所であった。
そう、新海組である。
立派な門構えに圧倒されたが、そこに架かっている『新海組』の看板に威圧感を覚えた。
正直言って入りたくなかったが、冬哉がすたすたと入っていったので何か策があるのだと思った。
数歩も入らないうちに、半纏を着た坊主頭の男が声を掛けてきた。
「失礼ですが、どのようなご用件で?」
言葉遣いとは裏腹に、思い切り鋭い目つきで睨まれた。
オレは、極度の緊張により口の中が乾いていくのが判った。
「新海剛毅に会いに来たんだけど」
冬哉が、いつも通りの人を喰った言い方をした。
坊主頭の目つきがさらに鋭さを増し、それまでの直立の姿勢から軽く前かがみになった。
───まさか、いきなり刺されたりしないよな…
気温の高さとは関係のない汗をにじみ出させながら、オレは冬哉のほうを見た。
一触即発の雰囲気の中、玄関から出てきた新海さんが声をかけた。
「何だ、お前。二度と関わるなと言っただろうが!」
新海さんの声を聞いて、家の中からぞろぞろと人が出てきた。
映画に出て来る様な強面ばかりで、オレは生きた心地がしなかった。
そんな連中に目もくれず、新海さんだけをじっと見ていた冬哉は
「日高さんには近づかないさ。代わりに、あんたに答えてもらおうと思って来たんだよ」
と言った。
「彼女が嘘を言っているのならあんたが犯人だし、言っていないのなら別の奴が犯人だ」
続けて言った冬哉のセリフに、場の空気が一気に緊張した。
歯軋りをしている新海さん以上に、殺気立っていく新海組の面々にオレは気絶しそうになった。
「何を訊きたいんだ」
押し殺したような新海さんの声は、恐怖を倍増させた。
「彼女は、どれ位の火を見るとあんな風になるんだ?」
冬哉は授業中に先生に質問するような感じで尋ねた。
「日常生活で見るような火なら大丈夫だ。例えばライターとか料理をする時のコンロなら問題ない。ただ、一瞬で激しく燃え上がったりするような物を見るとダメだ。花火もできる事なら見たくないって言っていた」
穏やかな口調で新海さんは話してくれた。
冬哉が何かを考えているように空を見上げると、先ほど門の所にいた坊主頭がオレ達の目の前に進み出てきて、威嚇するように顔を覗き込んだ。
「息が臭ぇから、そんなに近づくな」
冬哉は鼻をつまんで、追い返すような仕草をした。
「なにおぅ!」
「なめてんのか!」
「何とか言うてみろ! クソガキがぁ!」
怒号が飛び交う中、新海さんが手を挙げると、魔法のように静かになった。
「どうも」
何に対してか判らないが、冬哉は礼を言って凶悪な雰囲気の中、踵を返した。
門へ向かおうとしたオレ達の前に、半纏を着た連中が立ち塞がった。
「サツでもないのに、色々と嗅ぎまわるな。今度こんなマネをしたら…」
言うと同時に、全員が懐に手を入れた。
オレがごくりとツバを飲み込むのと、新海さんが口を開くのが同時だった。
「おい、お前たちも、命が惜しかったら妙なマネをするんじゃあないって事だ」
新海さんの合図を受けて、組員がオレ達を門の外へ連れ出した。
「今度来る時は、全てを終らせてやるよ」
冬哉は、薄笑いを浮かべる新海さんに向かって皮肉を言い、新海組を後にした。
§
新海組を後にした冬哉は、オレに次の目的地を学校だと告げた。
校門をくぐると、冬哉がまっすぐ校務員室に向かったので赤馬さんに質問があるのだと思っていた。
ノックもせずに入るなり「ちょっと時間ある?」と、冬哉が言った。
部屋の中には赤馬さんの他に加賀屋先生がいたのだ。
「あれっ、何で先生がここに?」
と、いうオレの質問を遮り
「時計台の倉庫にジャグリングの道具があるんだけど、取りに行っていいかな」
と言った。
「あそこには未だ入れないはずよ」
加賀屋先生が少し怒ったような口調で言うのに対し
「警察には許可をもらっているよ。現場検証も済んだみたいだ」
と、口元に笑顔を浮かべながら言った。
「私が付いて行くから大丈夫ですよ」
と、立ち上がる赤馬さんを制して
「年寄りは座ってろよ。ここは若い先生に任せてさ」
冬哉が加賀屋先生を指名した。
「いや、しかし…」
赤馬さんは、なかなか了解しなかったのだが、加賀屋先生自身が立ち上がったので
「すいません、よろしくお願いします」と、素直に頼んだ。
オレも残ろうかと思ったが、じいさんよりも若い先生と一緒の方が当然楽しいので、冬哉の後に続いた。
いつも校庭から見上げていた時計だが、人が死んだ場所だと思うと、妙に禍々しさを感じる。
一風変わった入り口も、何かの仕掛けのように思えた。
「おい、早く入れよ」
冬哉に言われ、オレは急いで入った。
外の蒸し暑さと違い、クーラーが効いているように涼しかった。
オレと冬哉は倉庫の部屋へと階段を登っていき、加賀屋先生は一階の入り口前で待ってもらう事にした。
「せんせー、すいませんけど、ちょっと手伝ってもらえませんかー」
オレは、無礼ながら加賀屋先生を呼んだ。
「あなた達で持ってこれないの?」
少しの間を置いて言う加賀屋先生に
「二人じゃあ、ちょっと…無理そうです」
と、オレが答えた。
先生が階段を登りきるのを待って、冬哉は顔を出すと
「悪い、いらなくなったから英明と一緒に降りていてくれ」
と、言ってオレに合図をした。
オレが先生と階段を降りていく間、冬哉は時計の機械室に入り、何やら調べていた。
程なくして出てくると
「奇術部の練習に顔を出してくる。いいかな?」
と、加賀屋先生に許可をもらうべく言った。
§
「おーっす」
冬哉は、オッサンのように声をかけながら部屋に入っていった。
中には部員が4人と顧問の三谷照吉先生がいた。
部員でもないオレは少し気まずい雰囲気だったが、部員の一人がオレに向かって手を挙げた。
「よう、確か御影だったな。五代のお守りか?」
気さくに声をかけてくれたのは、坂本直央さんだった。
少しほっとしながら「そんなのじゃないっすよ」と答え、オレは手近な椅子に腰掛けた。
冬哉は、他の部員や先生と話をするでもなく、棚に置いてある道具をいくつか手にしていた。
「探偵ごっこに付き合うのも大変だろう?」
坂本さんが茶化したように言ってきたが、冬哉は
「英明は暇を持て余しているから、ちょうどいいさ」
と、答えた。
───いつもこんな調子なんだろうな
オレは、冬哉と坂本さんのやり取りを見て思った。
「昨日言っていたけど、こいつが人の家に来るなんて考えられないからな。今もその話をしていたところさ」
坂本さんはシガーボックスという弁当箱サイズの箱を弄びながら言った。
他の部員達の視線を浴びた冬哉は、照れ隠しなのか棚にあったクラブを取り出した。
プラスチックで出来た棍棒のようなそれをお手玉のように投げた。
冬哉が器用に3本のクラブを操るのを見ていたが
「もうちょっとリラックスして…手元じゃなく上を見るんだ」
と、坂本さんがアドバイスをした。
冬哉がそれを実行したのか、急に手元からぎこちなさが消えた。
「冬哉がそんな事をするなんて、初めて見た」
オレが言った瞬間、冬哉がクラブを握り損ねた。
部屋にいた部員が一斉に「あー」と叫ぶ中、冬哉の手からこぼれ落ちたクラブが坂本さんの方へ転がっていった。
「ちっ」
冬哉が舌打ちするのを見ながら
「いきなり上手く出来てたまるかって。悔しかったら、もっと練習するんだな」
と、坂本さんが笑顔で言うのに対し、冬哉は「いいから、それ取ってくれよ」と、少し拗ねたように言った。
坂本さんが腰を押さえながら屈んだので、オレが代わりに拾おうとすると、坂本さん自身がそれを制した。
「見てな」
と言った坂本さんは、椅子に座ったまま足の甲にクラブの本体を乗せると、数回リズムを取り、それを蹴り上げるようにした。
クラブは、坂本さんの足から弧を描くようにして冬哉の手に収まった。
「椅子に座ったまま…スゴイですね」
オレは感動しながら坂本さんに言った。
「これもジャグリングの技の一つなんだぜ。家でやると、母ちゃんに怒られるけどな」
と、答えてオレ達を笑わせた坂本さんは
「もう少し練習すれば、お前も出来るようになる」
と、冬哉に向かって言った。
かくして、オレは坂本さんの技と、ヘコんでいる冬哉という二つも珍しいものを見ることが出来たのだった。
§
校務員室に行くといって席を立った三谷先生に合わせるように
「用事を思い出した」
と、言うと、冬哉はオレを引っ張るようにして部室を後にした。
───さては、ジャグリングが上手く出来なくて悔しいんだな
ニヤニヤしながら顔を覗き込むオレを、冬哉は押しのけるようにして三谷先生の方へ走って行った。
暫く話をした後で戻ってくると
「警察に行って、調書を見てくる」
と、短く言った。
冬哉の顔が紅潮したように見えたが、暑さの為では無さそうだった。