BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝 刻の雫 〜


11

 2000年7月19日(木)午前10時25分
 オレは自分の部屋で、ぼんやりと過ごしていた。
 昨日、冬哉が警察に向かうと言うのでオレも同行しようとしたのだが、冬哉は頑なに拒否したのだ。
 その時は、ジャグリングが上手くいかなかったので、オレと一緒にいるのが気まずいのだと思った。
 しかし、よく考えると冬哉の性格からして、たったそれだけの事で気まずくなる訳が無い。
 頭の中で、もやもやとしていたモノが徐々に形を成してきた。
 ───冬哉は、何か気付いたんだ
 オレはケータイを取り出すと、すぐに冬哉へ電話をかけた。
 話し中か、数回呼び出し音が鳴って、すぐに留守番電話に切り替わってしまうパターンだった。
 何か連絡を取る方法は無いかとケータイに目を落した時、留守電が入っている事に気付いた。
 慌てて聴いてみると
『坂野千尋が逮捕されるかもしれない。時間あるか? 今日中にカタをつける。連絡くれ』
と、入っていた。  
「きょ、今日中? 本当かよ…」 
 オレは、もう一度電話をかけてみた。
 呼び出し音が2回も鳴らないうちに冬哉が出た。
『何だ、今忙しいんだ。用があるならメールをくれ』   
 唐突に言い電話を切ろうとする冬哉に、戸惑ったオレは
「今どこにいるんだよ。カタをつけるって…犯人が判ったのか?」
と、思わず訊いた。
 暫くの沈黙の後
『今、東警察所だ。小泉の野郎が居なくてな、古田さんに連絡を取っている。もう少し時間がかかりそうだ』
という答えが返ってきた。
 オレは頭の中が整理出来ないまま玄関に向かい
「東警察所だな、すぐ行く」
 靴を履きながら言って電話を切った。
  
§

 オレが冬哉に会ったのは、それから15分後の事だった。
 警察署まで走ってきたオレは、息が上がったまま
「こ、これから…どうするんだ?」
と訊いた。
 冬哉は、オレに向かってスポーツドリンクを放り投げ、自分も持っていたお茶をぐいっと飲った。
「とりあえず、任意同行をさせたくないんだがな…あのハゲの居所が未だ判らないんだ」 
 珍しく悔しそうな口調で言う冬哉に、オレは少なからず驚いた。
「学校にいるんじゃあないか? あの人、刑事ドラマの見すぎで、すぐ格好つけたがるやんか。自分が絵になるとでも思って犯行現場をチェックしているかも…」
 オレが冗談交じりで言うと、冬哉は首肯し
「そうかもな……よし、学校に行こう」
と、言って歩き出した。
「お、おい、ちょっと待てよ。いなかったらどうするんだよ」
 オレの言葉など耳に入っていない様に、冬哉は早足で歩いて行った。
 国道沿いをまっすぐ西に向かって歩いていけば、学校に着くのだ。
 日高さんの通うカルチャーセンターの辺りに差し掛かったとき、ジャージ姿の男がオレ達の前に現れた。
 新海組の門扉にいた、坊主頭であった。
「ちょっと、顔貸せよ」
 坊主頭がへらへら笑いながら言った。
「忙しいんだ、また今度な」
と言って先を急ごうとする冬哉を、別の男たちが取り囲んだ。
「お前の都合なんか関係ないんだよ。この場で殺られたくなかったら、おとなしく付いて来な」
 隙っ歯から臭い息を吐く男が凄みの効いた声で言い、それに呼応するように3人の男がオレ達を取り囲むと、オレ達を例の公園に連れて行った。 
 公園には10数人の男達が待ち構えていた。
 掌に粘っこい汗が吹き出し、頭の中が真っ白になった。
 冬哉は、そんなオレと全く違った神経をしているようで
「新海組は、公園が好きだな。幼稚な頭しかない証拠だ」
と言ってのけた。
「なにぃ…」 
「いい度胸だ」
 などと口々に言いながら、新海組の面々は懐に手を突っ込んだ。 
 ───も、もうダメだ…
 オレの足から力が抜け、その場にへたり込みそうになった時、凶悪な雰囲気と正反対の和やかな声が掛かった。
「おーっす。久しぶりだな、冬哉…何だ、英明も一緒か?」
 声の主を見て、オレは百人の援軍を得たように感じた。
「いまお帰りか? ちょっと急いでいるから、土産話は後で聞かせてくれ」
 おどけながら冬哉が言うと、 
「急いでいるんなら、こっちは引き受けようか?」
と、軽く答えが返ってきた。
「悪いけど、頼むわ。オレ様は学校に向かうから、済んだら来てくれ、真吾」
 宿題を代わりにやってもらうような感じで言った後、新海組の坊主頭に向かって
「おい、剛毅に今すぐ学校に来るように伝えろ。日高あすかも一緒にってな」
と言うと、オレを伴って公園を出た。
 公園の出口で、タバコを燻らせる鄭老師に一礼すると
「頼みがあるんだけど、夕方お邪魔してもいいかな?」
と、冬哉なりに丁寧な言葉で言った。
 老師は軽く頷くと、「早く行け」とでも言うように手を振った。
「新海組も今日で終わりだな…」
と、いう老師のつぶやきが何故かリアルに聴こえた。

§

 オレ達が学校前の坂を登っている横を、小泉巡査部長の乗ったパトカーが追い抜いていった。
「あの野郎!」
 冬哉が怒りを露わにしながら、坂を駆け上った。
「どこに行っていたんだ、てめえ!」
 パトカーを降りた小泉に冬哉が食って掛ると
「どこって…裁判所だよ。逮捕状を取りに行っていたんじゃあないか」
と、情けない返事をしてきた。
「坂野千尋は犯人じゃあないって言っただろう!」
 冬哉にしては珍しく声を荒らげた。
「そんな事を言ったって、動機もあるし…状況が……」
 弱々しく言う小泉を睨みつけると
「今から容疑者全員を集めて、それを証明してやる」 
 冬哉は、小泉に言った。
「校務員室に行って、加賀屋早紀と赤馬仁成のじいさんを時計台に連れて来てくれ。英明は新海剛毅と日高あすかだ」 
「お前はどうするんだ?」
「体育館の坂野千尋とクラブハウスの坂本直央を連れて行く」
 トランプを取り出しながら言った冬哉の口元に、いつもの笑みが浮かんだ。

§

 新海さんは到着するなり、校門で待っていたオレを吊るし上げた。
「なかなかいい度胸だな、一年坊主。五代の奴はどこだ!」
 圧倒されるオレを日高さんが取り成してくれた。
 その日高さんも内心は怒っているのだろうと思った。
 何故なら、全く笑顔を見せないからだ。
 オレは冬哉に言われた通り、二人を時計台に案内した。
 坂本さんと坂野さんも来た所のようで二人が中に入っていくのが見えた。
 小柄な坂野さんはすんなり入れたが、腰痛持ちの坂本さんは狭い入り口を通るのに体を折り曲げるのが大変そうだった。
「御影君、一体何をやろうって言うの?」
 入るなり加賀屋先生に質問されたものの、オレは何と答えてよいか判らなかった。
「まあまあ、こいつも五代に付き合わされて大変なんですから」
と、坂本さんが口添えをしてくれたので、幾分救われた。
 薄暗い時計台の中で目が慣れてきた頃、ようやく冬哉が入ってきた。
 日高さんの顔は青ざめ、逆に新海さんは紅潮していた。
 ───冬哉のやつ、大丈夫なのか?
 オレの心配をよそに、冬哉は全員が揃っているのを確認すると、口を開いた。
「わざわざここに集まってもらったのは他でもない。みんな薄々判っているとは思うけど、事件の解説をするから…事件の概要は、兵庫県警の小泉巡査部長から話してもらおうか」
 突然の事に、小泉は慌てふためいた。
「な、何だよ、そんな事…聞いてないよ……」
 せわしなく手帳をめくる様は、滑稽というより哀れに思えた。
 そこに書いてある事をそのまましゃべる小泉に、冬哉は舌打ちこそしないものの、不愉快さを露わにした。
 オレ達に話したように事件の経過と死亡推定時刻に死因、凶器について話したが、新聞にも載っていることなので、身を入れて聞くような事でもなかった。
 殺害現場に話が及ぼうすると、冬哉が突然口を挟んだ。
「英明、この事件のポイントは何か判るか?」
と、オレに話を振ってきた。
 一昨日の夜、オレの部屋でぐだぐだとしゃべっていた事を思い出しながら、オレはみんなに話した。
「動機はともかくとして…まず、被害者を時計台に吊るしたのは何故かという事。そして、どんな方法を使ってあんな所まで吊り上げたか…この二点かな」
 ちょっと自信はなかったが、冬哉の口元を見れば判る。
 OKだ。
「その通り。逆に言えば、それを解明すれば犯人が自ずと判ってくるっていう事だな」 
 冬哉に言われて、オレは初めて質問の意図が判った。
 思いもしなった推理ドラマのような展開と、冬哉が口にした言葉で、オレの胸は高鳴った。
「犯人は、この中にいる」


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