BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝 刻の雫 〜
12
冬哉の言葉に真っ先に反応したのは、新海さんだった。
「おい、五代。こんなカビ臭え所に、呼び出されただけでもキレそうなのに、犯人扱いまでしやがるのか?」
この言葉には、ほぼ全員が同意しているようだ。
全く気にした様子もない冬哉に代わって、オレが
「あの日、学校にいたっていうのも何かの縁じゃあないですか。そんなに時間は取りませんから…」
と言ってとりなした。
冬哉の先輩である坂本さんが
「おい、大丈夫か五代。その人、警察官だろう? 犯人じゃあない人を疑っていたりすると、お前の方が…」
と心配そうに言ってくれた。
冬哉は軽くうなずくと、ポケットからトランプを取り出した。
「まず、この事件で不可解な事は、凶器が犯行現場とは違う所にあったっていう事なんだ。逃げる途中で捨てたとか、隠そうとしたっていうなら判るけど、一番考えにくい所にあったんだからな。ちなみに、凶器の『調整キー』はこの時計台の機械室に落ちていたんだけどな」
カードをめくる音が聴こえる位、全員が無言で冬哉の話に聞き入っていた。
オレは冬哉の言葉で動揺する人がいないか、観察をしていた。
それで犯人が判る可能性もあるからだ。
「犯行現場は、この時計台じゃあないのかね」
校務員の赤馬さんが、驚いたように言った。
冬哉は、にやっと笑うと「時計台だよ」と答えた。
「正確に言うと時計台の外、植え込みの所だ」
全員の顔に緊張が走った。
「あの火事の中で、ここに仁科を呼び出す事が出来る人物っていうのもポイントなんだけどな…」
「おい、ちょっと待てよ。じゃあ犯人は外で仁科を殺したのに、わざわざ時計台の上まで死体を持って上がったって事かよ」
冬哉の言葉を遮り、坂本さんが驚いたように言った。
「そうだ。どっちかというと外の植え込みの方が、校庭からも陰になっていて死体は見つかりにくい。それなのに、犯人がわざわざ被害者をこの時計台から吊るした理由は…ある事件を見立ての事なんだろうと思われる」
冬哉の言葉に加賀屋先生が
「この前話してくれた事件?」
と、恐る恐る言った。
「そう、一年前の生徒会長が自殺した事件さ。あの時と同じ状況を犯人は作りたかったから、こんな手の込んだことをした。ここに死体を吊るそうとすることで、見つかる可能性が増えるにも関わらずだ」
「確かに、仁科先生を植え込みからここまで運ぶだけでも大変な作業よね。ましてや、時計台の上まで担ぎ挙げるなんて…」
加賀屋先生が、少し震えてながら言うと
「犯人は、担ぎ上げたりなんかしていないぜ」
冬哉は否定した。
全員の視線が集中する中
「犯人は死体を吊り上げたんだ、あるモノを使ってね」
静かに言った。
「火事が起こってから、死体が発見されるまでの時間は、どんなに多く見積もっても40分。その間に仁科をここまで呼び出して殺害し、さらに時計台に運び上げて吊り下げるなんて、はっきり言って不可能だろう。だけど、あるモノとトリックを使って吊り上げれば、半分の時間で済むんだ」
「あるモノとトリック?」
坂野さんが初めて口を開いた。
冬哉は口元に笑みを浮かべながら頷くと解説を始めた。
「この時計台を作るときに使った滑車が機械室の向かいの部屋に残っている。これに、もうひとつの滑車を使うことで、犯人は死体の引き上げと自分の逃走を同時にやってのけたんだ」
「もうひとつの滑車…まさか凶器の……ちょっと待てよ、そうなると、犯人は仁科先生よりも重い人物じゃないと無理なんじゃ…あっ、ここにあったガラクタ!」
オレは思わず口を挟んでしまった。
冬哉はそれを予想していたかのように、にやっと笑うと
「英明は判ったみたいだな。でも、もうひとつの滑車は、凶器の『調整キー』じゃあなくって時計台の歯車だ。『キー』を時計の長針ムーブメントに挿し込むと、グリップの部分が歯車の中心に来て滑車みたいになる。この為に凶器は殺害現場でなく、時計台の上にあったんだ」
冬哉は「判ったか?」とでも言うようにオレの顔を見た。
オレが大きくうなずくのを見て続けた。
「仁科の体重は62sだった。つまり、これより軽い人物はこのトリックが使えないってことになる。被害者よりも重いのは新海剛毅の75s、赤馬仁成の73s…」
名前と数字を挙げていく冬哉に、新海さんが掴みかかった。
「オレを疑うのは構わねえけどよ、何かを持って重量を増やせば、体重が軽い者にもそのトリックは使えるだろうよ!」
小泉とオレが間に入って、二人を離れさせた。
冬哉は「話は最後まで聞けよ」と前置きをして
「確かに、ある程度のオモリを持てば、そのトリックは完成する。でもな、日高あすかで45s、坂野千尋に至っては40sだ。62sの仁科を持ち上げようと思ったら、15〜20sの物を持って15mもの高さから飛び降りる事になるんだぞ。文字通り自殺行為だと思わないか? 逆に死体との重量に差がありすぎると、加速しすぎて墜落してしまうんだぜ。理科の一分野で習っただろう」
と、新海さんを軽く馬鹿にしたような言い方をして、さらに話を続けた。
「体重とは別に、もうひとつの重要なポイントがある。被害者を吊るしていたロープの結び目だ。警察は気付いていないけどな、あの結びはただの硬結びじゃあない。ある特殊な結び方なんだ…」
オレの後ろにいる小泉が息を飲むのが手に取るように判った。
面と向かって警察が非難された事よりも、己の無能さを指摘された事がショックなのだ。
冬哉は視線を落とし何かを考えていたが、意を決したように顔を上げた。
「仁科賢彦を殺害し、その死体をこの時計台に吊るした人物…」
冬哉は全員の顔を見回し、ある人のところで視線を止めた。
「坂本直央。あんたが犯人だ」
§
全員の視線が集中したが、坂本さんは笑顔を浮かべた。
「五代、お前の軽口はオレも嫌いじゃあない。でもな、これは軽口なんてものじゃあないぞ」
諭すように冬哉に言った。
「そうだよ、五代。どう考えても彼には無理だ」
と、珍しく口を開いた小泉に
「『下手の考え、休むに似たり』って言葉、知ってるか?」
と、冬哉は低い声で言った。
「ここにいる容疑者について全ての要因を元に考えると、犯人は坂本直央しか考えられないんだよ」
小泉に向かって凄んで見せた冬哉に答えるように、坂本さんが言った。
「五代、オレしか考えられないって言うんなら、その証拠を見せてくれ」
先輩として冬哉に接する坂本さんに尊敬の念はあるものの、オレは冬哉の方を信じていた。
「さっきも言ったけど、仁科を犯行現場に呼び出せる人物は、それほど多くない。学校関係者なら、延焼を防ぐように消火活動をするはずだから西館に近づく事はあっても、わざわざ反対方向の時計台まで行こうとはしないからな。だけど、そうでない者…つまり生徒なら仁科をこの時計台に呼び寄せる事が出来る」
冬哉は新海さん、日高さん、坂野さんを順に見ながら言った。
「人間は、火を見ると多少興奮状態になるからな。そんな時、仁科に『消火活動用の道具が時計台にあります』とか『実は時計台の下でタバコを吸っていたんです。先生が来られたので慌てて消したのですが、もし消えていなかったら…』とでも言えば一発だ。まんまと植え込みの所に呼び出した犯人は、そこにあった『調整キー』で仁科の頭を殴って殺した。そして、自分は時計台に上ろうとしたんだ。だけど、ここで計算外の事が起こったんだ。時計台の入り口から出てくる坂野千尋に出くわしたんだな。慌てた犯人は坂野千尋の頭部を、持っていた『キー』で殴った。あの入り口だから、都合のいい事に顔も見られていないし、頭を突き出してくれたんだから殴りやすかったろうよ」
「だ、だから…坂野千尋の服に被害者の血痕が、の、残っていたの?」
小泉が小刻みに震えながら言うのを冬哉は無視し、坂野さんに
「蹴られたっていうのは、犯人がどうしても中に入る必要があったからなんだ」
と言った。
坂野さんがこくりと頷くのを見て、続けようとした冬哉に
「別にオレじゃあなくても、ここにいる奴なら…誰でも出来るじゃないか」
と、坂本さんが困ったような顔で言った。
生徒という条件から外された、赤馬さんや加賀屋先生が心配そうな顔で冬哉を見ている。
冬哉は口元に薄く笑みを浮かべると
「残念だけど、誰にでも出来る事じゃあないんだ」
と言った。
「まず、新海剛毅。仁科を時計台までおびき出すのが、彼には難しい。犬猿の仲だからな。さらに体がデカイから、入り口をすんなりと通り抜けられない…つまり、時間のロスが多いっていう事だ。何よりも体重差が13kgあるため、さっきのトリックを使おうとすると墜落するような加速になる。校務員の赤馬仁成も同じ理由で不可能だし、彼は足が不自由な為、新海よりも時間を費やす事になる。そして、加賀屋早紀。彼女の体重はジャスト50kg。体重差が10kg以上あることもそうだが、何よりも彼女は…」
冬哉は言いながら、加賀屋先生の方を向いた。
「高所恐怖症だ」
冬哉の指摘に加賀屋先生は、恥ずかしそうにうつむいた。
「昨日ここでやった事は、それを確かめるためさ」
というセリフで、オレの脳に記憶が甦ってきた。
無礼を承知で先生を時計台の上にある倉庫まで呼びつけたのは、高所恐怖症か否かを確認したかったからなのだ。
「そして、日高あすか。彼女も体重差がある点でアウト。それよりも、炎に対する恐怖心と人が死ぬ事に対してのトラウマが強い為、火事の最中に動き回るなんて出来ないんだ。ましてや殺人を犯すために火を利用するなんて、絶対に無理だ。ついでに言うと日高あすかと新海剛毅にはアリバイがある。校門の辺りでうずくまっているのを、複数の警官や消防士に目撃されているんだ」
犯行について、それぞれの可能性を順に消していった冬哉は、坂本さんの方を鋭い目つきで見た。
坂本さんは、その視線を受け止め、尚も口を開いた。
「なるほど…お前の推理は判ったよ。確かにオレの体重は60kgだからお前の言う体重差もほとんど無いし、他の誰にでも出来る事じゃあないっていうのも理解したよ。だけど、一番疑いを解かないといけない人物を忘れているんじゃあないか?」
そう言って坂野さんの方を見た。
「坂野が仁科先生を殺した後で自分の頭を殴って気絶したフリをするっていう事も出来るだろう? それに彼女の運動神経なら20kg差があってもやろうと思えば出来るんじゃあないのか?」
坂本さんの言葉に、冬哉は少しうつむいた。
視線を下げたまま暫く黙っていたが、決心したように顔を上げると
「彼女は…腰が痛いなんて嘘を言ったりしないからな」
と、つぶやくように言った。
事情を知らない他の人はともかく、オレは目が飛び出しそうになるくらい驚いた。
「と、冬哉、坂本さんの腰痛は本物だよ。だって、ここの入り口もくぐり抜けるのが大変な程なんだぜ…この前だって、お前が落としたクラブを座ったまま拾い上げられずに、足で放り投げたじゃあないか」
興奮して、ツバを飛ばしながら言うオレに対し
「そうだ…あれで判ったんだ」
冬哉は寂しそうに答えた。
「あの時、痛がっていればオレ様も疑うような事はしなかった。本当に腰痛が出るのなら、座ったまま膝を伸ばしても痛みを感じるんだ。それなのに、あんたは笑っていた…」
反論をしない坂本さんを見ながら言う冬哉は、さらに続けた。
「さっき言った特殊な結び目だけど…仁科を吊るしたロープを使って文字盤の裏で輪を作り一回捻って余りを少しだけ出しておく。そして、もう一つのロープを使って凶器の『調整キー』の所で輪を作る。2つのロープを結び、さらに二つの輪を通るようにロープを張ってドアの鍵穴を通し、向かいの部屋にある滑車に架ける。そのロープの先に倉庫のガラクタを錘代わりに付け、自分もそれに捕まって降りたんだ。地面に着く頃には死体は首を吊った状態になっているし、数回引張れば、結び目も完成する」
「何で、そんな手の込んだ事を…」
小泉が一般人のように訊いた。
「逆説的な考え方だけど、短時間で全てを済ませようと思ったら、その方法を使うしか無かったのさ。普通に引張り挙げようとすれば、かなりの力が要るし、逃走時間も取られる。ロープを結ぶ時間や手間も省けるからな…」
「でも、ロープの長さを調節する為にはもう一度登らないとダメなんじゃあないか?」
小泉が言うのに対して、冬哉は一本の短いロープを取り出し
「二つ目のロープには、これを使ったんだ」
と言って小泉に催眠術をかけるようにそのロープを振っていると、一瞬でそれが燃え上がった。
「あひぃやー」
奇妙な声を上げて尻餅をつく小泉を鼻で笑うと冬哉は続けた。
「マジックで使うフラッシュロープって言うんだけどな、こいつを使えば長さの調節もいらない。吊られたロープの端が焦げていたのは、焼き切ったからじゃあない。この方法を使ったから燃えたんだ。この結びは確か…」
「そうだ、もやい結びと言って、引っ張れば結びが硬くなるんだ」
坂本さんが答えた。
「五代の言う通り、オレが犯人さ」
§
坂本さんは、冬哉の補足をするように話し始めた。
「あいつが許せなった…いつかあいつをこの時計台から吊るしてやろうと思っていたんだ。だからロープとかの仕掛けも事前に作っておいた。でも…なかなか決心がつかなかった。あいつが日高さんに『新海なんかと付き合っているような者を推薦してやる訳にはいかないな』って言っているのを聞いた時、おれの心は決まったんだ。あの日は…偶然にも全ての条件が揃った。ケンカ、火事、捜査を混乱させる容疑者たち…」
坂本さんは時計台に集まった人達を順に見た。
冬哉と目が合った所で続きを話した。
「仁科を呼び出すのは簡単だったよ。五代の言う通り、慌てていた仁科に『さっきの場所で新海さんがタバコを吸っていました。もし、消し忘れがあったら時計台も燃えてしまいます』って言うだけでノコノコ来やがったからな。直前に新海さんと植え込みの所でケンカをしたのも効果的だった」
冬哉は無言でうなずいた。
こればかりは、冬哉の推理でも判らなかったはずだ。
「トリックは、五代の推理通りだ。オレのやったそのままを、コイツは言い当てた」
オレは堪らなくなって、坂本さんに訊いた。
「なぜ…なぜこんな事を……坂本さんみたいな、イイ人がやったんですか?」
坂本さんの顔つきが急に変わった。
「仁科の奴が生徒に贔屓をするのは知っているだろう。オレや日高さんは、少々無茶な事をやっても目をつぶっていたが、新海さんみたいな生徒は容赦無く罵倒された。そんなくだらない事で命を落とした人がいたんだ」
仁科にそうしているかのように、坂本さんはオレを睨みつけた。
「去年の…事件かい?」
冬哉の言葉に、坂本さんは肩を震わせた。
「そうだ…去年の生徒会長だった芦塚梨央さんは、頭もいいし、運動も出来る…生徒会長をやるくらいだから、人当たりもいい優しい女性だった。家族ぐるみで付き合いのあったオレからすると、姉さんみたいな人だったんだ。そんな梨央さんは、仁科にも厚遇されていた。だけど、それを面白く思わない連中も当然いる訳だ。そいつらからの陰湿なイジメにも梨央さんは耐えていた。『いつかみんな判ってくれるよね』って、オレに言いながらな…だけど、ついに暴力をふるう奴が出始めた時、仁科に露骨な贔屓はやめてくれって言いに行ったんだ。すると、自分の身も危ないと感じた仁科は、掌を返したように接し始めたんだ。ついに誰にも相談できなくなってノイローゼ気味になっていた梨央さんは、この時計台で首を吊った…」
坂本さんの目には涙が浮かんでいた。
「あいつは…生きている価値もない奴だ! オレは絶対にあいつを同じ目にあわせてやると、梨央さんに誓ったんだ。楽には死なせない…同じようにこの時計台に吊るしてやるって……」
とめどなく流れる涙を拭いもせず、坂本さんは語ってくれた。
「教師みたいな知的財産を殺害すると、最悪の場合、国家反逆罪に問われる。強制労働キャンプか『プログラム』への強制参加なのに…」
他人事のように言う小泉をぶん殴ってやろうとしたが、オレよりも早く新海さんが先に実行した。
頬を押さえて無様に倒れている小泉に向かって
「お前の言っている事は、仁科と同じなんだよ。こいつのやった事は…誉められる事じゃあないが、問題のある方はどっちなんだよ」
と、新海は低い声で脅した。
坂本さんの肩をぽんと叩くと、軽くうなずいて見せた。
涙を拭き、返事をするようにうなずいた坂本さんは、視線を坂野さんに移すと
「『調整キー』を持ってここに入ろうとしたら、誰かが出てきたんで驚いて殴ってしまった。別に罪を着せようとした訳じゃあないけど…結果的にそうなってしまったんだから……すまない」
と言って頭を下げた。
坂野さんは言葉にならず、首を横に振るだけだった。
加賀屋先生と赤馬さんには無言で礼をした坂本さんは、冬哉の方へ視線を戻した。
何か言おうと口を開きかけた坂本さんへ
「生きている価値の無い奴なんて…いないぜ」
冬哉は言った。
坂本さんは自虐的な笑みを浮かべ連行されていった。
校庭に停められたパトカーに乗り込む際、もう一度時計台を見上げた坂本さんに向かって
「ジャグリングでオレ様が勝てなかったのは、あんただけだ。でも…次に会った時、そうはいかないからな」
冬哉は、いつもの皮肉めいた口調で言った。
坂本さんは溢れ出る涙がこぼれ落ちないように、空を見上げた。
真っ青な空を見上げたまま坂本さんの言った
「しっかりな…」
と、いう言葉がいつまでもオレの耳に残っていた。