BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝 刻の雫 〜


「ああ、驚いた…」
 加賀屋早紀は、鏡に映る自分に向かって言った。
 先ほど三脚を取りに校務員の赤馬仁成と時計台に行ったのだが、腰を抜かしそうなほど驚いたのだ。
「見られたのが赤馬さんでよかったわ、これがあの男やったら…」
 仁科の顔が頭に浮かび、早紀は軽く身震いをした。
「体育館の点検をしたら、私も帰ろう…」
 早紀はもう一度手を洗うと。職員用トイレから体育館へと向かった。
 もちろん、仁科と会わないように、左右を確認する事は忘れなかった。  

§
   
「まったく…けしからんな、あの赤馬と言う男は」
 仁科賢彦は、肺に吸い込んだ煙を吐き出すと、タバコを缶コーヒーの上に乗せた。
 灰皿は目の前にあるというのに、つい別のモノにタバコを乗せてしまう。
 イライラしている時のクセであった。
「早紀さんは絶対に私に気がある。みんなの前だからあんな態度を取っているのが、あの年寄りには判らないんだろうか?」
 仁科は、自分に都合のいいように解釈をしていた。
 自分に付いて来る事の出来る者は優秀な生徒、出来ないものは無能な生徒というスタンスを崩さなかったので、生徒には全く人気が無かった。
「夏休み前に風紀粛清が必要だと教頭が言われていたな。私も見回りに行くとするか」
 そう言って立ち上がると、仁科は誰もいなくなった職員室を後にした。
 彼の机の上では、火のついたままのタバコがヤジロベーのようにバランスを保ちながらコーヒー缶の上に乗っていた。

§

「さあ、戸締りに行こうとするか」
 誰ともなく言うと、赤馬仁成は校務員室を出た。
 体育館に行くという加賀屋早紀とは先ほど別れ、一旦校務員室に戻ってきた所であったが、校内の戸締りをする仕事が残っていた。
 部屋に鍵をかけると、いつも通り南館に向かってゆっくりと歩き出した。
 部活動を終えた生徒たちが、着替えの為に走っていく。
 赤馬はこの時間が嫌いだった。
 子供の頃、祭りから家路に着く時のような寂しさを覚えるからだ。
「もうすぐ夏休みだな…」
 まるで自分の事のように独り言をつぶやきながら、北館の3階から各教室の戸締りを確認して行った。 
 3階から2階、2階から1階へと順に教室の窓を閉め、またゴミ箱の中を確認した。
 ───ここの戸締りの後は校門を施錠しないとな…
 そう考えながら1階部分最後の教室である1年4組に入ろうとした赤馬は、人の気配を感じた。
 以前、女子生徒が着替えをしていたのを知らずに入ってしまい、仁科に散々イヤミを言われた覚えがあるので、妙に鋭くなったのだ。
 教室の外で様子をうかがうと、中から話し声が聞こえてきた。
 そっと中を覗くと、一人の女生徒と、この学校の総番長 新海剛毅(3年1組)の姿が見えた。
「余計な事をするな」 
「だって…剛ちゃんは何も悪くないんでしょう? それなのに、おかしいよ」
「これはオレと仁科との問題なんだ。お前もオレに味方していると、ヤツに目を付けられるぞ」
 仁科の名前を聞いて、一瞬赤馬の頭に血が登ったが、冷静になると話の内容より戸締りの事が気になった。
 中に入ろうか迷っていた所に坂本直央(2年1組)がやってきた。
「うっす」
と、赤馬に短く言って教室の中を覗くと
「まだ、話し中か。まいったなあ…」
と、言って頭をかいた。 
「スイマセンね、もう終ると思うんで」
と言って、拝むようなポーズをとる直央に、赤馬は苦笑いをするしかなかった。
 身長は赤馬と変わらないが、少しふっくらとした体型の彼は、奇術部に所属しているものの手品は全くダメなそうだ。
 だが、ジャグリングの腕前は目を見張るものがあり、素人の赤馬が見てもかなりの腕前だった。  
「新海君に用があるのかい?」
 赤馬が尋ねた時、教室の扉が開いた。
 中にいた女生徒が出てきたのだ。
 それは生徒会会長 日高あすか(3年4組)であった。
 赤馬達に気付き、涙を拭いながら駆け出したあすかを直央が追った。 
「悪かったね、仕事の邪魔をして」
 呆然としている赤馬を、長身の剛毅が見下ろしながら言った。
「いや…」
 赤馬は、どう答えてよいか判らなかった。 
 校舎を出て行く剛毅達を見送りながら、赤馬は妙な胸騒ぎを覚えていた。

§

「ちーらん先輩、忘れ物ですか?」
 沢渡雪菜は校舎の方へ戻っていく坂野千尋に声をかけた。
「うん、うっかりね」
 少しバツが悪そうに肩をすくめて千尋は答えた。
「私が行ってきますよ」と言う雪菜を制し
「今日は早く帰りなさい。明後日からの合宿で弱音を吐いても容赦しないからね」 
と、腰に手を当てて言ったが、身長150cm足らずの千尋がそのポーズを取っても怒っているようには見えず、むしろ愛らしさを覚えるほどであった。
 雪菜は、千尋の心遣いに感謝をしながら
「判りました、お先に失礼します」
と言って礼をした。
 顔を上げたとき、校門の横にたたずむ女生徒と目が合った。
 雪菜は軽く会釈をしたが、それを無視するかのように相手は顔をそらした。
 雪菜は不思議に思いながらも、千尋に言われた通り家路についた。
「あの人…泣いていたみたい……」
 学校の前にある急な坂を下りながら、雪菜は思わずつぶやいていた。


   次のページ   前のページ   表紙