BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝 刻の雫 〜
6
冬哉とオレは、小泉巡査部長に無理を言って、時計台の中まで入らせてもらった。
鑑識の人たちも既に引揚げた様で、特に目立った痕跡は血痕も含めて残っていなかった。
「ここに坂野千尋が倒れていて、その階段を登った機械室の中、文字盤のすぐ裏側に凶器の『調整キー』が落ちていた」
と、小泉は得意気に話した。
オレは時計台に入ること自体が初めてだったので、周りの状況が全て珍しくてキョロキョロしていた。
冬哉は反対に、じっくりと一箇所を見ては移動を繰り返していたようだ。
機械室の前でいくつか質問をした後、また一階に降りてきて熱心に地面や壁を調べ始めた。
「ロープは既製品か?」
「ここの倉庫にあった物みたいだよ。端っこから結び目にかけてが焦げていた。ナイフが無くて、ライターか何かで焼いたんだろうな」
そんなやり取りがあった後、冬哉はペンライトで倉庫や機械室のドア、その向かいの空洞部屋を上から下へ照らしたりした。
それが済むと階段から降りてきて
「文字盤の裏側にあった印の所に凶器が落ちていたんだろう。じゃあこっちのは何だ?」
と、冬哉は小泉に訊いた。
確かに坂野千尋が倒れていたと思しき囲いとは別に、細長い形の囲いが地面に描いてあるのだ。
小泉はポケットから手帳を取り出すと、何枚かの写真を見てから
「そこには、三脚があったんだよ。他にもその穴の下には、ガラクタがいっぱい落ちていた。三脚もその中のひとつだろうね」
と、答えた。
小泉の差し出す写真を見た冬哉は、再びシンキングタイムに突入した様でカードを取り出して手で弄び始めた。
入り口の狭い扉の前で何かを調べた冬哉は
「よし、じゃあ行こうか」
と言って外に出ようとした。
「ちょ、ちょっと待って。何か判ったことを教えてくれよ」
小泉が冬哉に訊いてきたが「今のままじゃあ何も判らない」と答えたきり何も話さなくなった。
「せめて坂野千尋が犯人じゃあないと言う根拠を教えてくれ」
少々ヒステリックに言う小泉巡査部長に、冬哉は
「全員の聞き込みが済んだら連絡をするよ」
とだけ言って時計台を後にした。
オレなりに事件を整理しながら校門に向かったが、冬哉が急に方向を変えた。
「オ、オイ、どこに行くんだよ」
慌てて追いかけたオレに向かって冬哉は「聞き込みだ」と、短く答えた。
目が飛び出しそうになりながらも、オレは内心嬉しかった。
また冬哉と一緒に事件に挑み、謎解きが出来るのだ。
その気持ちが顔に出ないように気をつけながら
「誰の所から行くんだ?」
と、訊いた。
冬哉もオレの言葉を待っていたようだ。
「せっかく学校に入れたんだから、先生達から行こうぜ」
と、言いながらオレにヘッドロックをかけつつ職員室へ向かった。
§
職員室のある西館に、いきなり入ることは出来なかった。
昨日の今日なので現場検証が続いているのだ。
校舎の陰からその様子をうかがっていると、警官の中から校務員の赤馬仁成が抜け出して来るのが見えた。
「赤馬さーん」の「あ」を叫ぶ前に、オレの口を冬哉の手が荒っぽく塞いだ。
眉を寄せる冬哉に向かって拝むような仕草でオレは謝ると赤馬さんの行方を目で追った。
上手い具合に赤馬さんはこっちに向かって歩いてくる。
校舎に入った所で冬哉が口笛を吹いた。
赤馬さんは驚いた様子で周りを見渡したが、オレ達を見つけるといつもの温和な表情で校務員室に招き入れてくれた。
「未来の生徒会長とビックスターが、また探偵の真似かい?」
赤馬さんは、オレ達にお茶を出しながら微笑んでいたが、その顔は確実にやつれていた。
口には出さないが、かなり強引な取調べを受けたのだろう。
オレは何と声をかけてよいか分からず、助けを求めるように冬哉の方を見た。
冬哉は少し不機嫌そうに鼻で笑うと
「オレ様は『未来の』じゃあないぜ、もう既に…」
言うと同時に手から本物のバラの花を出し「スーパースターさ」と結んだ。
「ありがとう…」
目にうっすらと涙を浮かべながら、バラを受け取った。
赤馬さんは、冬哉が元気付けようとして言っているのだと思ったようだが、オレにはいつも通りのセリフにしか聞こえなかった。
その証拠に「まあ、英明はどうがんばっても生徒会長になんかなれないけどな」と付け加えたからだ。
むっとしているオレを無視して
「悪いけど、火事の時どんな様子だったか教えてくれないか」
単刀直入に冬哉は訊いた。
赤馬さんは目を伏せたまま、話そうとしなかった。
何度か顔を上げ話そうというそぶりを見せたが、まだ躊躇をしている赤馬さんに
「小泉の野郎から大体の事は聴いているんだ」
冬哉が短く言った。
その言葉で呪縛を解き放たれたように、赤馬さんは顔を上げた。
「それなら話そう」
そう言って傍らの椅子に腰掛けた。
「ワシは、施錠の為に校門に向かった。18時2、3分だろうな、坂野さんに会ってね。忘れ物を取りに戻ったらしい。『仁科先生に見つからないようにね』と言って別れたんだ。校門の所に行くと、生徒会長の日高あすかさんがいてね。坂野さんと同じように声をかけようかと思ったんだが、夕方の事もあったから止めておいたよ。鍵をかけたら、すぐ部屋にUターンしたんだよ。で、仕事も全部終ったんで帰ろうとしたんだが、不意に坂野さんのことを思い出してね、体育館に上がって行ったのさ。そうしたら体育館の鍵が閉まっているじゃあないか。あの律儀な坂野さんが挨拶もなしに帰るなんておかしいなと思いながら階段を下りていたら、2階のトイレから水音が聞こえたんだよ。水漏れでも起こしたかと、慌ててトイレに飛び込んだら、そこには坂野さんがいたんだよ。目を真っ赤にしてね…」
赤馬さんはそこまで一気に話すと、ぬるくなったお茶を一口飲んだ。
湯飲みを見つめながら、その時の状況を思い出すように続きを話し始めた。
「何があったのかは、すぐに判ったよ。仁科…先生に何かを言われたんだってね。ワシも夕方にあの男と揉めたからな。でもね、坂野さんは『顔を洗ってました』って笑顔を作って言うんだよ。ワシに心配をかけまいとしたんだろうなぁ。あんな時に大人は何て言えばいいんだろうね…」
と言って、赤馬さんは鼻をすすった。
オレも坂野さんの人柄にぐっと来てしまった。
だが、冬哉はそんな感情が欠落しているかのように
「その後、どうしたんだ?」
と、訊いた。
ムッとして冬哉を睨みつけるオレと違い、赤馬さんは「スマンね…」と言って話を続けた。
「その後で『時計台に三脚を返しにいく』って坂野さんが言うもんだから『そんな事はワシがやるよ』と言ったんだよ。三脚はワシが出した物だったし、時計台の雰囲気が、4月頃に入った時と違うような気がしたんでね。だけど彼女は首を横に振った。足の不自由なワシの負担になると思ったんだろうね。帰る時には声をかけてくれって言ったんだが、それっきり彼女には会わなかったよ、すぐに火事が起こったからね。こんな所でどうだい?」
赤馬さんはオレ達に訊いた。
オレは感謝の気持ちで一杯だったが、冬哉は満足をしていなかったようだ。
「夕方の事って何だ?」
と、赤馬さんに向かってぶっきらぼうに訊いた。
「ワシが話すことで、誰かが不利になったりするのなら…これ以上は話せんよ」
と言う赤馬さんに
「あんたが話さない事で無実の人が挙げられるって事もあるんだぜ」
と、強い口調で冬哉が言った。
赤馬さんは、眉間にしわを寄せて少しの間うつむいていたが、顔を上げると
「そうだよな…五代君の言う通りだ。夕方に日高さんと新海君が言い争っていたんだよ。原因は仁科先生にあったらしい。その時に、君の先輩の坂本君も来てね、日高さんに用があったみたいだよ」
と、落ちついて答えてくれた。
冬哉はそこまで聞くと立ち上がり「サンキュー」と言って部屋を出ていこうとした。
「あっ、おい、冬哉」
オレが声をかけると冬哉は立ち止まり、赤馬さんに向かって「無駄にはしないよ」と言って片手を挙げた。
数回うなずく赤馬さんに礼を言って、オレと冬哉は校務員室を出た。
「次は加賀屋だな」
淡々と発せられる冬哉の言葉に軽く胃の痛みを覚えながらも、真実を解明するべくオレは職員室へと向かった。