BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝 刻の雫 〜


「あなた達、自宅待機でしょう」
 加賀屋早紀(音楽教師)はオレ達を睨みつけた。
 申し訳なさそうに頭を下げるオレの行動を台無しにするように
「いくつか教えてもらいたい事があるんだけど」
と、冬哉が言った。
 呆れたような顔をした加賀屋先生は、周りを見渡すと
「いいわ、お入りなさい」
と、自室に招き入れてくれた。
 赤馬さんと別れて職員室に向かったオレ達は数人の警官に行く手を阻まれた。
 押し問答の末、加賀屋先生が学校にはいないということを聞き出したオレ達は、先生の自宅へ押しかけたのだ。
 提案したのは確かにオレだったが、冬哉も少しはためらうのでは…という計算もあった。
 しかし、オレの予想に反して冬哉はすぐに賛成し、先生宅を急襲するに至ったのだ。
 確実にオレが悪者になるのを覚悟して、先生の部屋へ入った。
 アパートの一階部分にある加賀屋先生宅は、2Kでこじんまりしているものの、女性らしくきれいに片付き、生活に必要な物以外は置いていないという印象であった。
 机の横にある棚の上にレオタード姿の写真を見つけ
「これ先生ですか? すっごいカワイイ!」
 やけにハイになっているオレとお茶を入れてくれようとする先生を制して、冬哉は早速質問を始めた。
「火事の前後に何か変わった事はなかった?」
と、口の利き方を知らない冬哉は無作法に尋ねた。
 加賀屋先生は、意味深な笑みを浮かべると
「警察でも同じ質問をされたわ」と前置きして、事件の前後の事を話してくれた。
 夕方、赤馬さんと仁科がもめている所に割って入り二人を引き離した事。
 三脚を取りに赤馬さんと時計台に行った事。
 坂野先輩が仁科に難クセを付けられていた事。
 三年生の新海さんが仁科と口論をしている際に、二年生の坂本さんが火事を発見した事。
 後は消火活動に必死になり、火事が収まった頃には校庭で震えていた事…。
 どれも、赤馬さんの証言と合致するものばかりであった。
 事件当時を思い出したのか、少し青ざめながらも加賀屋先生は最後まで話してくれた。
 感謝の気持ちで一杯になっていたオレを引っ張るようにして、冬哉は部屋を出ようとした。
「どうも…」
という微妙な言い回しで暇乞いをする冬哉に
「私も教えて欲しい事があるの…」
と、加賀屋先生が言った。
「あの時計台…以前に何かあったの?」
 何の脈絡もなく唐突な質問だったが、冬哉は冷静に
「ちょっと調べれば判る事だから教えるけど……あったよ」 
と、答えた。
 思わず顔を見合わせるオレと加賀屋先生に、冬哉は
「ちょうど一年位前かな…同じ様に、あの時計台で首を吊った女子生徒がいる。当時の生徒会長だったかな…あの時計台の設計者も首吊ったって聞いたな。その所為か、近所に住んでる婆サマ達は、あの時計台を『絞首台』って言ってるぜ」 
と、教えてくれた。
 オレと加賀屋先生が思わず身震いをしたのは、クーラーの冷気のためばかりではなかった。
 
§

 冬哉は一日で関係者に話を聴くつもりだったらしく、次は生徒会長の日高あすかの家に向かった。
 豪奢な造りの家に圧倒されながら呼び鈴を鳴らすと、日高さんの父親が出てきた。
 事件については当然知っていたようで、オレ達は追い返されてしまった。
 後で聞いたところによると、職業が裁判官らしい。
「人に色々と指図するのは手馴れたものだろうよ」
という冬哉の皮肉に、今回ばかりは納得してしまった。
 オレ達は日高さんを後回しにして、奇術部の先輩である坂本直央さんの家に向かった。
 今度は玄関先で追い返される事もなく、招き入れられた。
 オレ自身、坂本さんとは話しをした事がなかったが、非常に気さくで感じのいい人だった。
 小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座った坂本さんは
「人付き合いが悪くて、協調性のない五代が尋ねてくるなんて珍しいよな。部活をやっていいようになったら、みんなに自慢しよう」
と、嬉しそうに言ってくれたが「事件の時、仁科や番長と何をしていた?」冬哉はまたもや不調法に訊いた。
 そんな冬哉の口調に慣れているのか、坂本さんは笑いながら「おいおい、警察の真似か?」と言って、話しをしてくれた。
「仁科がエコヒイキをするのは、お前たちも知っているだろう。日高さんは生徒会長だし、頭もいい。家も裕福だから非の付け所がないんだ。仁科が最も好む生徒な訳だよ。オレも実は憧れている。そんな日高さんと新海…さんは幼馴染なんだってさ。新海さんは、知っての通り『新海組』の跡目で素行も悪い。成績は悪くないみたいだけど、仁科の最も嫌うタイプだ。進路指導で二人は同じ高校を選んだらしいんだけど、新海さんはダメ出しをされたらしい。あの日、日高さんは新海さんにアドバイスをしようとしたんだ…」
「そこで赤馬のじいさんに会ったんだな」
 冬哉が口を挟んだので、坂本さんの話は一旦中断した。 
 坂本さんは軽くうなずくと、腰を押さえながら立ち上がりベッドに腰掛けた。
「オレは腰痛持ちでな。地べたに長く座ったり、かがんだりすると足が痺れてくるんだ」
 不思議そうな顔をするオレに向かって言った坂本さんは、話を続けた。
「日高さんは、かなり真剣に新海と同じ高校に行きたがっているみたいだった。と言うより、新海の事が好きなんだろうな…。でも、仁科に気付かれたら、日高さんまで仁科のターゲットにされる。そうさせないためにも、新海にも真剣に考えて欲しかったんだ。だから、新海に掛け合った。殴り合いになったんだけど…そこを仁科に見つかったって訳さ」
 半ば自重気味に言う坂本さんは頬をさすった。
 新海に殴られた跡なのだろうと思った。
「火事の時は何をしていたんだ?」
 冬哉の容赦のない質問に、坂本さんは 
「何って、何にも出来ないやんか。手伝おう思って校舎に入ろうとしたら、加賀屋先生に止められたからな。消防車が来るのを待って、火が消えるのを眺めていただけや。それと、火をつけたのはオレじゃあないからな」
と、笑いながら答えてくれた。
「どうも」
と、短く言って席を立った冬哉に、坂本さんは
「五代、お前ジャグリングもやれよ。オレはマジックとの両立が無理だったけど、お前なら出来るって。オレとお前で七つの海を駆けるジャグラーになろうぜ」
と、棚に並べてある帆船の模型を指差しながら言った。
 準鎖国政策を取っている大東亜共和国から出る為には、世界的なエンターテイナーになる必要があるのだ。 
「オレ様はジャグラーじゃない。マジシャンだよ」
 ウインクをしながら部屋を出て行く冬哉を、ため息で見送りながら
「日高さんの所へは行ったのか?」
 坂本さんは、オレに向かって訊いてきた。
「行くには行ったんですが、会わせてもらえませんでした」
「今の時間ならバイオリンのレッスンに行っているはずだぞ。日高さんの家から国道に降りた所に3階建ての白いビルが立ってる。そこの2階だ、行ってみな」 
 親切に教えてくれた坂本さんに御礼を言って、オレ達は先ほど通った道を戻った。
 強烈な日差しは変わる事無く照り付けていた。




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