BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝 刻の雫 〜
8
わが校の生徒会長、日高あすかさんと会うべく、オレと冬哉は国道沿いにある真っ白なビルへとやってきた。
カルチャーセンターのようにいくつかの部屋があり、それぞれの部屋で講習が行われているようであった。
ヘタクソな化粧をした受付のお姉さん(おばさん?)に要件を告げると
「二階のI教室です。あと10分ほどで終るので、廊下で待っていて下さい」
と言われた。
彼女は階段を登るオレ達に
「くれぐれも覗いたりしないように!」
と念押しも忘れなかった。
ちっ、と舌打ちをした冬哉と同じ気分だったが、つまみ出されると後々難儀なので、黙って部屋を探した。
日高さんがレッスンを受けていたのは一番奥の部屋であった。
覗くなと言われていたが、カラオケボックスのような部屋の窓から中は丸見えで、オレ達は仕方なく長椅子のある階段近くまで戻った。
椅子に座って階段近くの教室を見ると、オレ達の母親くらいの年齢層と思われるおばさんたちが、もの凄い顔をして顔を動かしていた。
恐らくママさんコーラスの教室なのだろうが、音が聴こえないので、外から見ているとにらめっこか百面相の練習に見えた。
オレが笑うのを堪えていると冬哉が
「受付のネーチャンって『ドライダーマスク・牙』に出てくる女幹部みたいだったよな…」
と、つぶやくように言った。
オレは耐え切れずに思わず吹き出した。
そう言えば、大人気の特撮番組『ドライダーマスク』に出てくる女幹部のメイクと、受付嬢の目が吊り上がったような化粧はそっくりだ。
二人で腹を抱えて笑っていると、廊下の向こうから日高さんが歩いてくるのが見えた。
生徒会の委員会で日高さんと顔を合わせているオレが声をかける手はずになっていたので、必死に笑いを堪えた。
「日高さん、1年3組の御影です」
と挨拶をすると、日高さんは軽く会釈をしてくれた。
「御影君と、こんな所で会うなんて…何を習っているの?」
という日高さんの質問に即答出来るはずもなく、オレはコーラスのおばさん達のように奇妙な表情を作るしかなかった。
すると冬哉が一歩前に出て
「メイクだよ。特殊メイクの講座を見学に来たら、あんたもいるって聞いたんでね」
と答えた。
日高さんの表情が一瞬で曇り「失礼!」と言い残して歩き始めた。
オレと冬哉は顔を見合わせ、階段を下りた。
ビルを出る際、受付嬢に向かってドライダーマスクのキメポーズをする冬哉に不覚にも笑ってしまったが、日高さんの後を追うのが先決であった。
信号待ちをしてる日高さんに
「事件の日に何をしていたか、教えて欲しい」
と、冬哉が切り出した。
しかし、日高さんは無視をするかのように正面を見ているだけだった。
幾分口元が引きつるのを見かけたオレは、日高さんがかなり怒っているのだと思った。
オレの考えを全部否定する言葉が冬哉の口から出た。
「口元が引きつっているぜ。何か隠しているんじゃないのか」
いつになく強い口調だったが、日高さんは恫喝されたかのように肩を震わせた。
信号が青に変わっても立ち止まっている日高さんに何か声をかけようかと思ったが、冬哉の表情を見たオレは少し見ていたほうがよさそうだと判断した。
「何で、みんな剛ちゃんを疑うの? 剛ちゃんは何もしていないのに…」
日高さんの言葉を聞いたオレ達は、アイコンタクトをとった。
「別に新海さんを疑っている訳じゃあないんですよ。ただ…」
「なに? 剛ちゃんが怪しいって言うの? 確かに剛ちゃんは仁科先生と口論をしていたわよ。でも、その後はずっと私といたのよ。火事が収まるまで私を守ってくれたんだ…もの……」
オレの発言に対して、日高さんは叫ぶように言った。そして最後に
「別に剛ちゃんが犯人じゃあなくっても…坂野さんが…坂野さんが犯人だっていいじゃない」
と、涙声で言った。
「いや、あの…」
日高さんを泣き止ませようと言葉を選んでいたオレの肩が、もの凄い力で後ろに引かれた。
振り向いたオレの目の前に新海組の跡目が立っていた。
§
「1年ボウズ共が、あすかに何の用だ?」
威圧感たっぷりに、新海剛毅が言った。
暴力団ではなく、任侠道を旨とする新海組に育った目の前の跡目について、武勇伝はいくつもあった。
一年生の時から東一中を締めていたという事実から、新海組のシマとなっている店に来た暴力団組員数人を素手で半殺しにしたという伝説まで…。
オレ達の親友もその気になればやりそうだが、普段の素行は天と地ほど差があった。
軽くちびりそうになっているオレを見かねたのか、冬哉が口を開いた。
「事件の日に何があったか、訊いただけだ」
冬哉のセリフを聞いて、オレは(みっともないが)軽く下着が濡れるのを感じた。
捕まっているのは、このオレなのだから…。
続けて冬哉の言った言葉で、オレは大きい方もチビりそうになった。
「あんたの所にも行くつもりだったんだ。手間が省けてよかったよ。なあ、英明」
オレは、口元に笑みを浮かべている冬哉を恨めしそうに見た。
新海さんは、ふんっと鼻で笑うと
「ここじゃあ他の人に迷惑がかかるかもしれないし、警察署も近い。そこの公園に来い」
と言って歩き出した。
オレは逃げる事を考えたのだが、冬哉はそのまま後について行った。
そして、何故か日高さんも一緒に公園へ入って来た。
赤木公園という小さな公園だが、遊具は揃っており、周りには大きな木もあった。
入り口の左手にある滑り台の前で立ち止まった新海さんは、冬哉に向かっていきなりパンチを繰り出した。
冬哉は、スッと下がりながら回り込むように移動した。
日高さんを盾にするように…。
一瞬躊躇した新海さんに向かって
「ケンカをしに来たんじゃあない。話を聞かせて欲しいだけだ」
と、冬哉は言ったが、もはや新海さんの耳には届いていないようだった。
日高さんを中心に冬哉と新海さんは対峙した。
数秒後、冬哉が口を開いた。
「誰が犯人だろうとオレ様の知った事じゃあない。ただ無実の人が疑われるのだけは許せない…真実が知りたいだけだ」
「それは、オレがいつも感じている事だよ」
オレは新海さんの言葉に、はっとした。
今回の事件で坂野さんが疑われているように、新海さんはいつも疑われていたのではなかったのか?
そう思うと、今までの日高さんの言動の意味も判るような気がした。
じりじりと日高さんの方向、つまり冬哉の方へ距離を詰める新海さんに少し同情をしたが、冬哉は全くそんな事を考えていないようだ。
手をポンッと叩き、一メートルほどの長さのステッキを出現させた冬哉は、指で鉄砲の形を作り新海さんに向けた。
「手品か? どうせやるんなら、そんな棒を出すより自分の姿を消した方が身のためだぜ」
新海さんの表情からは、余裕さえ感じられる。
こういった場面には慣れている証拠であった。
六甲山からの山風が、頭上の梢を揺らした。
それが合図だったように、新海さんが踏み込んできた。
同時に日高さんも右に動いた。
自分が障壁となるのを避けるためだ。
日高さんが動いた事で、冬哉と新海さんの間に道が出来たような形となった。
───やられる!
ステッキを地面に立て、指鉄砲を作った左手を突き出した冬哉の姿が、オレの見た最後の映像であった。
一瞬目をつぶったオレの視界から冬哉の姿が消えたのだ。
冬哉の立っていた場所には、ステッキが一本転がっているだけであった。
「そ、そんな…」
オレのつぶやきに、新海さんの声が被った。
「どこだ、どこに消えたんだ!」
そう言いながら、新海さんは日高さんを守るように背中の方へ移動させた。
辺りを見回した後、ものすごい形相でオレを睨みつけた。
───オレは、なんにもしてません!
声は出ずに、頭の中でその言葉を反芻していた。
新海さんがオレの方へ歩き出したその時、目の前に突然火の玉が現れ、一瞬で消えた。
直後、日高さんの後方に冬哉が姿を現した。
「これ以上やるなら、救急車が必要になるぜ」
と、冬哉が脅し文句を言い終える前に、日高さんが絶叫した。
「いやああああああああ」
それは尋常でない叫び声で、体幹は硬直し、手足はぶるぶると震えていた。
冬哉が姿を消した事によるものではなく、何か別のショックの為に起ったものだった。
「大丈夫だ、あすか。しっかりしろ!」
新海さんは日高さんを抱きかかえると、ベンチに連れて行った。
なおも小刻みに震えている日高さんをしっかりと抱いたまま新海さんは「大丈夫だ、大丈夫だ」と繰り返した。
「何が訊きたいっていうんだ。さっさとしろ!」
恫喝というより懇願といった口調で言う新海さんに
「火が恐いんだな…」
と、冬哉が言った。
「4年前に隣の中学が『プログラム』に選ばれただろう。あすかのいとこがその中にいたんだ。あすかの家族が遊びに行っていた時に、運悪く『プログラム』参加の報告に政府の役人が来たらしい。あすかの伯父さんが担当官に食って掛かってな。彼女の目の前で焼かれたそうだ…火炎放射器でな」
新海さんは日高さんを落ち着かせようと背中をさすっていた。続けて
「あの日も、オレに食って掛った坂本っていうヤツにあすかが校門で待っているって聞いていたからな…オレはこいつを守るために走った。思った通り、校門の所で今みたいに震えて動けなくなっていたんだ。だからオレとあすかは、ずっと門の所にいた。アリバイは成立しないって言われたけどな、何人も消防士が声をかけてきたし、顔見知りの警官とも話した。校庭に入った消防車やパトカーの数まで言えるぜ」
と言う新海さんの目を、冬哉はじっと見ていた。
「剛ちゃんは…何もしていないわ」
日高さんがうつろな目をしながら言った。
「知らないとはいえ、失礼な事をしてしまった」
そう言って冬哉が深々と頭を下げた。
しかし、顔を上げると冬哉は急に真面目な声で
「でも、犯人でもいいっていう人間はいない。無実の人が捕まるなんて、絶対にあってはいけないんだ!」
と言い、オレと肩を組みながら公園を後にした。
「これ以上あすかに付きまとうな!」
と、威圧する新海さんの言葉に一瞬足を止めたが、何もリアクションをせず再び歩き始めた。