BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽・外伝2 〜
01
2001年3月22日(木)午前11時45分
空の太陽はくすんだオレンジ色を成し、吹き付ける風は時折肌を刺すように冷たい。
しかし、その風に混じる桃の甘い香りは、春がもうすぐそこまでやって来ているのを教えてくれているようだった。
市立神戸東第一中学1年3組の委員長を勤めるオレこと御影英明(1年3組 男子20番)は、教室の窓が全て閉まっていることを確認して教室を出た。
この教室とも、あと1日でお別れだ。
明日の終業式を終えれば春休みとなり、オレもいよいよ二年生に進級する。
───色々な事があったな
思い出に耽りながら教室の鍵を閉めた。
施錠が終わった事を担任に報告したら、3組の委員長も お役御免だ。
感慨のあまり少々涙目になりながら職員室に向かって歩きだした。
それを待っていたかのようなタイミングで「おい、御影」と、声がかかった。
振り返った途端、オレの体は硬直し、さっきとは違う涙が浮かびそうになった。
呼び止めた声の主は、不良グループのボス 藤田一輝(1年3組 男子17番)だったのだ。
こいつとは、あまり係わり合いになりたくないと思って、事あるごとに避けるようにしていたのだが最後の最後で捕まってしまった。
今更逃げる訳にもいかず、出来るだけ普段通りの口調を心掛けながら「なんか用?」と、言った。
藤田は少しうつむきながら
「ちょっと頼みがあるんだ」
と、言った。
───金なら無いッス
心の中で思いながら、出来るだけ冷静に「オレに出来ることなら・・・」と答えた。
藤田は迷っている様で、指を鳴らしたり、唇を噛んだりしてソワソワしていたが、意を決したように顔を上げると
「来年のクラス割・・・知っているか?」
と、言った。
言葉の意味が判らず、首を傾げていると
「2年生になった時、誰が何組になるか知っているかって訊いているんだ」
怒気を込めて藤田が言った。
「知っている訳ないやん。教員ならともかく、オレ達は新学期にならないと判らないって」
「オレが何組になるか調べてくれないか。お前なら先公に訊くことも出来るだろう?」
藤田から頼み事をされたという事自体が驚きなのだが、それ以上にその内容に仰天した。
「そんな事知ってどうするんだよ」
至極もっともな質問をオレは藤田にした。
藤田は一瞬ためらい
「何も聴かずに・・・頼めないか?」
と、申し訳なさそうに言った。
彼がこれほど頼むなんて、よほどの理由があるのだろうと思った。
「わかった。でも、確約は出来ないよ。オレが何組になるかっていうのは訊きやすいけど、オレとはあんまり接点がないからな・・・何て訊けばいいか判らないよ」
オレは真剣に悩みながら言った。
それを聞いた藤田の表情はみるみる明るくなり
「別に訊かなくてもいいじゃんか。各クラスの名簿で15番前後だけをこっそり見ればいいんだ。多少前後してもオレの出席は大体その辺りだから」
と、嬉しそうに言った。
オレは驚いて、でっかい声を出した。
加賀屋先生みたいにフレンドリーな教員を誘導して聞き出すことは出来るかもしれないが、書類を見るなんて事は絶対に不可能だ。
「そ、そんな事出来ないって。バレたらオレがヤバイ目に遭うよ! ムリ、普通にムリ」
断ろうとするオレの胸倉を藤田が掴んだ。
「お前しか頼める奴がいないんだ!」
頚動脈が閉まり脳に血が来なくなったオレは、軽く白目を剥きながら自分の不幸を呪った。
その時、一枚のトランプが飛んできた。
オレと藤田の前でUターンしたそれは、ご主人様の元へと行儀よく返って行った。
「何やってんのかと思ったら、男同士でラブシーンか?」
救世主達は、からかう様に言った。
五代冬哉(1年3組 男子9番)と結城真吾(同 男子21番)であった。
「御影に頼み事をしていたんだよ」
藤田はドスの利いた声で言った。
「おいおい、止せって。そんな口の利き方して、『男』を下げるなよ。卒業して行った新海組の跡目と一緒にされるぞ」
冬哉はブラックな事を平気で口にする。
そのお陰で冷や汗をかくのは、一緒にいるオレなのだ。
一触即発の空気の中、オレは冬哉に尋ねた。
「冬哉、何かいい方法は無いか?」
冬哉はその言葉を待っていたかのようにニヤリと笑うと
「ある」
と、短く答えた。
「だけど、オレ様は英明と違ってお人好しじゃあないんでなぁ。理由を聞かせてもらわないと危ない橋は渡れねえよ」
藤田の方を見ながら、そう付け加えた。
「ちっ」
藤田は舌打ちをしたが、不思議と凶暴さは出ていなかった。
「五代、結城・・・理由を聞いたら、お前たちを巻き込むかもしれないんだ。それでもいいのか?」
言葉を選ぶようにしながら藤田が言った。
冬哉はフンッと鼻で笑うと「早く言え」というように、藤田を促した。
意を決し「実はな・・・」と、藤田は話し始めた。
オレは、その内容を聞き
『残りの2年間、どうか藤田と同じクラスになりませんように・・・』
と、天に祈った。