BATTLE
ROYALE
〜 最後の聖戦 〜
第14話
エリアD−7に含まれる辺りの山林。
そこに微かに聞こえる息遣い。草が擦れる音。そして足音が二つ。
そう、その林の中を、一人の少女がひたすらに走っていた。さらにその後を追う黒い影。
少女の名は、天野洋子(女子1番)。つい先ほどあの学校を出発したばかりだった。
―何? 何なのよ!?
洋子は出発してすぐ、南に向かって移動し、そこで額に風穴が開いた太田裕一(男子3番)の死体を発見して、悟った。
―あの特別参加者だけじゃない! このクラスにも、ゲームに乗った生徒はいる!
洋子はますます怖くなり、D−10、つまり東の端にあった神社の本堂の中に身を隠し、とりあえずは支給された武器を確認しようとしていた。
しかし、そのデイパックを床に下ろし、チャックを開けようとしたとき、誰かの気配を感じた。
それだけで恐怖を感じた洋子は、慌てて外に飛び出し、逃げ出したのだ(デイパックを忘れてきたことに、後になって気付いた)。
洋子は背後を振り返った。
洋子には後ろから追ってくるその黒い影がすぐに確認できた(視力はいいのだ、今はどうでもいいが)。
―牧原玲(女子特別参加者)。
そしてその手には何か棒のようなものを持っている。
しかし洋子は逃げ切れると、そう信じて疑わなかった。何故なら洋子は、上祭中学きっての短距離ランナーであり、県で一番陸上部の強い高校にも推薦での入学が決まっていた。
だが、その考えは簡単に打ち砕かれた。
玲は速かった。それも武器を持ち、デイパックを抱えながら、素手の洋子とほぼ変わらない速さで洋子を追いかけているのだ。
―何でよ、何で何で何で! 私は強豪校からもスカウトの来る選手なのよ!? なのに何で!?
洋子は気付いていなかった。確かに洋子は速い。しかしそれは県内でのことであり、他の地方にはさらに速い選手もいることに。
そして玲は、専守防衛軍に入る前、中学で陸上部におり、全国大会に出場するほど速いのだ。
「井の中の蛙大海を知らず」。これはまさしく、洋子のことを言っているも同然なのだった。
―もう、来ないでよ! 追いかけてこないで! 嫌! 嫌嫌嫌嫌嫌嫌!
そして、大きな川が見える、やや開けたところ、エリアで言えばD−4だろうか? とにかく洋子はそこに出た。
「あっ!」
だが、慌てていた洋子は、足元の石に躓き、転んでしまった。
背後を見てみると、そんな洋子に、玲が追いついていた。玲は、その右手にあったもの―、釘バットを振り上げた。
「ひぃぃっ!」
洋子は後ろに飛び退き、その攻撃を何とか避けた。
―嫌! 死にたくない…死にたくない!
洋子はその思いだけで立ち上がると、必死に南へ向かって駆けだした。
そんな洋子の目に、先ほどの大きな川が分かれてできたらしい小さな川がさらに分かれているところに到達した。
しかしデイパックを失った洋子には、そこが何処か分からなかった。
「はぁっ…はぁっ…」
玲は追ってこないようだ。というより、見失ったのだろうか。
やがて落ち着いた洋子が周りを見回すと、人が川のほとりに座り込んでいた。
―だ、誰なの…?
洋子は、その人物に、ゆっくりと近づいていった。
すると、その人物は洋子に気付いたのか、立ち上がって、洋子のほうを向いた。
「天野さん…か…」
そう呟いたその人物が最初は誰なのか、洋子は分からなかったが、必死で思い出して、ようやく誰なのか分かった。
小川英道(男子4番)だ。いつも無口で何を考えているのか分からない人で、洋子の印象にもあまり残っていない生徒だ。
「どうしたの…」
英道はさっきと同じ調子でさらに聞いてくる。
仕方なく洋子は、全てを話した。
「へぇ…特別参加者にね…」
「そうよ。あの人、容赦ないわ! あ、それから聞きたかったんだけど…ここのエリアって…何処?」
すると英道は、また同じ調子で話した。
「ここは…多分、D−4辺りじゃないかな…」
「そ、そう…」
英道と話していると、何だか洋子は安心してきた。
しかし、少しだけ、英道を不気味に感じた。
―さっきから口調が変わってない…どういうこと?
「そ、そうだ。小川君、誰か見た?」
「いや…見てないよ」
「そ、そう…」
洋子はそう呟き、ちらっと自分が来た方向を見やった。
―あの特別参加者はこっちには来てない…良かった…。それにしても小川君って、結構いい人みたい…でも、私は死にたくないし…でもここから逃げても武器は持ってないし…こうなったら…小川君には悪いけど…彼を殺して武器を…!
洋子は決断した。そして近くに転がっていた太目の木の棒を握り締めていた。
その直後、突然に、洋子の首に何かが巻きつき、首を絞め始めた。
「う…っ!」
洋子は木の棒を落とした。
首がどんどん絞まり、息ができなくなってくる。
―な…っ! 何でぇっ…!
洋子は必死に振り返った。
そこには、洋子の首をロープで(このロープは英道の支給武器だった)絞め続けている英道の姿があった。
「な、何でぇっ…小川君…」
「僕は…生き残る。絶対に…生き残る。皆のために。そして…復讐のために」
―ううっ…私は死にたくない…死にたく…ないの…。
「死にたく…ない…」
やがて洋子の身体の力が抜け、英道はロープを緩めた。
力を失った洋子の身体は、ゆっくりと、うつ伏せに、崩れ落ちた。
英道は洋子が死んでいるかどうか確認するために顔を見た。
洋子の顔は鬱血して青黒く変色していた。もちろん、死んでいた。
英道は洋子が死んでいるのを確認すると、呟いた。
「僕は最初からこのゲームに乗っていたんだ…。だって、ロープが武器じゃ、こうやって殺すしかないから…」
そして英道は、自分に言い聞かせるかのように、さらに呟いた。
「僕は復讐するんだ…他の人間たちに」
女子1番 天野洋子 ゲーム退場
<残り38+2人>