BATTLE
ROYALE
〜 最後の聖戦 〜
第15話
―『穢多』。
この単語の意味を知る中学生がどれだけいることだろうか。
少なくとも、小川英道(男子4番)は、上祭中の中では自分だけだと思っていた。
この大東亜共和国の国語辞典には、こう書かれている。
―『えた。我が国で昔から人間としての扱いを受けていない階層の、約百年前までの蔑称。非人などと同意語。現在は「部落解放運動」が発展しており、差別は無くなりつつある』と。
そう、英道はその、被差別部落の出身だったのだ。
英道は、小さい頃から疑問だった。彼の両親も、祖父母も、これといった友人も無く、外を歩くと影でヒソヒソ話をされていた。
その疑問は、なかなか解けなかった。
そして英道も、幼稚園でイジメられた。仲の良かった子が、翌日にはイジメの側に回った。
だが幼かった英道には、全く意味が分からなかった。
家族に訊いても、「知らなくていい」の一点張りだった。
やがて、全ての疑問が解けるときが来た。
小学校六年のとき、社会の授業のときだった。先生が教科書に書かれた部落差別についての話をして、授業が終わった。その後、クラスメイトたちにそのことでからかわれたことで、遂に英道は、知ってしまったのだ。
学校から帰ってすぐに、英道は家族にそのことを言った。
父も、母も、祖父も、祖母も、「英道、ごめんな」と、謝った。
―ごめんな、英道。そんな、苦労をかけて…。
そして家族は語ってくれた。英道の先祖が昔から犯罪者の処刑を生業としており、その仕事が「穢れている」と、差別を受けたことを。
―何で、何で差別されるの!? その先祖の人のやってきたことは、誰かがやらなきゃいけないことなんじゃないの!?
英道は、ショックを受けた。
その日の夜、英道は、自分が持っている国語辞典で、自分たちを示したという単語を引いてみた。
そしてその説明文に、怒りたくなった。声を上げて抗議したかった。
そんなのは嘘だ。今でも差別は続いてる。この国は嘘つきだらけだ。
そう、英道は叫びたかった。
そして英道は、辞書のそのページを破り捨てた。
「僕は、誰も信じたりなんかしない…」
英道は、足元に転がる、ついさっき自分が殺した天野洋子(女子1番)の死体に向かって、呟いた。
英道はその後、転校を希望し、小学校を変えた。
そこでは自分たちの素性を知るものはいなかったので、イジメを受けたりはしなかったが、英道は自分の殻に閉じこもるようになった。
―皆、信用しない。
―きっと、自分の素性が分かったら、きっと挙って僕をイジメる。間違いないんだ。
やがて上祭中学校に入学し、横川将晴が担任になった(まあ、もう彼は死んでいる。だからといって、英道は彼の死体を見ても、別に何とも思わなかった)。
彼は自分の素性を知ってか知らずか、とても良くしてくれ、クラスメイトも殆どが気のいい連中だった。
だが、それでも英道は、彼らを信用しようとは思わなかった。
そして、あの尾賀野と彬合とかいう二人がプログラムの対象クラスに選ばれた、と言った時に、英道は考えていた。
英道は、いつだったか、プログラムの優勝者で、政府の関係者として偉くなった人物が何人かいることを知った。
それを思い出した時、英道は決めていた。
この殺し合いゲームに乗ることを。
英道は思った。
―僕は優勝して偉くなる。そして、自分たちのような人たちへの差別を無くさせて、僕たちという存在を認めさせてやる。皆を、差別から救うんだ。
英道はそのためなら、クラスメイトの命を奪うくらい、どうってことはなかった。
そして今、天野洋子を殺した。
英道は、洋子を殺し終えた今、今後どうするかを考えていた。
自分の武器はただのロープ。最初は現れた洋子を殺してもっと良い武器や必要不可欠な食料を奪うつもりだったが、洋子はデイパックを何処かに落としてしまっていた。
―さて、どうしようか…?
そんな時、死ぬ直前に洋子が手に取り、首を絞めた際に落とした木の棒が目に入った。
持ってみると、意外に堅いようだ。樫の木なのだろう。
―これで頭を思いっきり殴ったら、ひとたまりも無いだろうな…。
そう思った英道は、一つの作戦を思いついた。
それは、森の中に隠れ、現れた人間を背後から殴り倒し、武器を奪う、というものだった。
少なくとも、武器が貧弱で、頭が特別に良いわけでもない英道には、このくらいしか思いつかなかった。
他にも、洋子に会った時に言っていた、牧原玲(女子特別参加者)だ。
彼女には注意しなければならない。
そう考えて、英道は移動を始めようとした、その時だった。
がっ、という音と同時に、英道の左側頭部に猛烈な痛みが走り、英道は前のめりに倒れこんだ。
―なっ、だ、誰だ!
英道が振り返ってみると、そこには、さっき自分で注意しなければ、と心に決めた人物、牧原玲が立っていた。
英道は頭を左手で触ってみた。左手を見ると、べったりとこの大東亜共和国の国旗に使われている色、クリムゾン・レッドに染まっていた。
―血! 僕は…こいつに殴られたのか!
そして再び、英道は玲のほうを見た、と同時に、玲が左手に(玲は左利きだった)持った支給武器の棒らしきもの―釘バットを振り下ろそうとしていた。
―マズイ!
英道はすぐに飛び退いた。英道は決して運動神経は良くなかったが、やはり、こういう状況なので火事場の馬鹿力というやつが出たのだろうか、英道は思った。
玲はすぐに再び英道に向かって釘バットを振り下ろしてきた。
「―!」
英道はこれまた火事場の馬鹿力で玲の攻撃を避けた。
―よし、この一瞬で、脳天にこの棒切れの一撃を食らわしてやる!
そう思って、英道はぐっと木の棒を握り締め、玲に向かっていこうとした。
その瞬間、玲の右手が―チョップの形になって、英道の喉仏辺りに炸裂した。
「ぐわっ…!」
英道の身体は、その場に仰向けに倒れこんだ。
―何だ、今の…女の手で…あんな力…。
玲が、釘バットを振り上げた。
―僕、死ぬのか? それは嫌だ。僕は…偉くなるんだ。そして皆を救うんだ! お父さんや、お母さんや、おじいちゃんや、おばあちゃんを、救うんだ…!
―今、死ぬ訳には…いかない…。
そして英道の頭部に、釘バットが数度振り下ろされた。
英道の頭部は、釘の先で肉を抉られ、西瓜割りで一部が欠けた西瓜のようになっていた。
もちろん、死んでいた。
玲は英道のデイパックを漁り、大したものが無いことが分かると、食料だけ詰めて、その場を後にした。
そんな玲の肩に懸けられたデイパックは、二つあった。
一つは、玲に支給された物。もう一つは、少し前に英道に殺された天野洋子が、神社に忘れてきた物だった。
男子4番 小川英道 ゲーム退場
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