BATTLE
ROYALE
〜 最後の聖戦 〜
第31話
姫野勇樹と谷川つかさが診察室を出たのとほぼ同時刻。
富森杏樹(女子12番)は、H−7の民家の庭の隅に、しゃがみこんでいた。
あの時、江田恵子(女子3番)が突然、保坂小雪(女子16番)を撃ち殺し、狂ったかのように猟銃を乱射したとき、杏樹は何かを感じた。
―少しシチュエーションは違ったが、こうやって不意に誰かが死ぬところを、私は見ていたような気がする…、何処で見たんだろうか…。
だがすぐに、杏樹の足元にまで恵子が猟銃を撃ってきたので、杏樹はそんな考えをすぐに忘れ、恐怖に駆られて逃げ出した。
山の中を走り続け、平地に出てからも走り、集落に辿り着いてからふと思いついて、民家に逃げ込むことに決めた。
だが、その民家には鍵が掛かっており、窓ガラスを割れば他の人間に気付かれるかもしれなかった。
普通はそこで他の民家に逃げ込むことを考えるが、杏樹にはそんなことを思いつく余裕はなく、仕方なく庭の隅に座り込んだのだった。
―どうしよう…。
杏樹は思った。
―怖い。一人はやっぱり怖い。それに殆ど何も思い出せない…辛いよ…。
そこでふと、何かが頭を過ぎった。
―肩幅の広い、大きな背中。
―無愛想だけど、整った顔。
―誰だろう…。
杏樹はそこで、かなり空腹になっていることに気付いた。そして、谷川つかさ(女子10番)が、デイパックには食料も入っている、と言っていたことを思い出した。
デイパックを開けると、確かにパンが何個かと、水のペットボトルがあることに気が付いた。
杏樹はすぐに、そのパンを一齧りしてみた。パサパサしていて、美味しくなかった。
酷い味だ、と杏樹は思った。
そこですぐに水のペットボトルを開け、パンを流し込んだ。
「ふう…」
杏樹は溜息をついた。
―これからどうしよう…。谷川さんも、三谷さんも、江田さんも…死んじゃったのかなぁ…。
するとまた、何かの光景が頭を過ぎった。
―交差点。たくさんの人。
―自分の手を無言で引っ張る人影。
―さっきの人だ…。
杏樹は思った。
―この人のことが知りたい。この人は一体誰? …思い出せない!
そして杏樹は、その人が誰かを記すものがないかどうか、自分の制服のポケットなどを探ってみた。そして、ある物を見つけた。
生徒手帳。
杏樹は、パラパラと、生徒手帳をめくってみたが、何も分からなかった。仕方なく、杏樹が生徒手帳を閉じようとしたときだった。
裏表紙のところから、何かが落ちた。
―何、これ…。
杏樹は拾ってみた。
それは、写真だった。
写っているのは、さっきも頭を過ぎった人物と、杏樹自身だった。
その人は、無愛想な顔をして、しかしそれでも本当に、本当に心から嬉しそうに、写っていた。
―誰だろう…この人の名前は…えっと…やっぱり思い出せない…。
杏樹は、がっくりとうなだれた(その人物とは、杏樹の彼氏でもある姫野勇樹(男子15番)だったが、当然杏樹は覚えてはいない)。
―…この人って、きっとこのゲームに参加してる人だよね? だったら、探せば会えるかも…。
杏樹はそう思うと、いてもたってもいられなくなってきた。
―行こう。この人を探しに。
そして杏樹は立ち上がり、庭を飛び出した。その時だった。
「あれぇ、杏樹!?」
殺し合いに参加させられているはずなのに、随分呑気な声がし、杏樹はこの声を何処かで聴いた気がして、思わず声のした方向を向いた。
「あっ、やっぱり杏樹じゃん! 元気してた〜?」
その声の主は、なんと堂々と道路のど真ん中に立っていた。
そして杏樹に近づいてきたその声の主は、記憶を失う前、杏樹が仲良くしていた世良涼香(女子9番)だった。
「ねぇねぇ、杏樹今まで何してたのー? 私はね…さっきまでちょっと南にある旅館にいたの。でもなんか旅館って飽きちゃってー、ここまで出てきたんだぁ」
涼香は杏樹に向かってひたすら呑気そうな声で一方的に話しかけてくる。
―これが、谷川さんたちが教えてくれた、私の友達の…世良さん?
杏樹はとりあえず、涼香の話を遮ってみた。もちろん、何とか記憶を失っているのは隠そうとした。記憶がないのがばれるのは良くない、と既に死んだ保坂小雪が教えてくれたのだ。
「で…何? …涼香」
すると、涼香は、眉を寄せて言った。
「あれ? 杏樹、何か変じゃない? 何て言ったら良いか分かんないけどー、雰囲気が違わない?」
涼香の一言に、杏樹はかなり動揺した。
―お、おかしかったのかな…。
だが涼香は、言った。
「まっ、いいか。ところでさ、二人で一緒に行動しない?」
「え?」
「いや〜やっぱり一人じゃ寂しくってさぁ。一美はもう死んじゃったし、マコか杏樹を探そうかなって思ってね。で、どう? いいでしょ?」
「えっと…」
杏樹は考えていた。
―悪い人じゃなさそうだけど…。どうなのかな…。
杏樹がひたすら考えていたそのとき、涼香がいきなり後ろを振り向いた。
「アンタさぁ、バレバレだよー? せ・こ・くん」
その言葉に、近くの民家の塀際にあった影が動き、出刃包丁を握った瀬古雅史(男子10番)が太った身体を二人の前に見せた。
「瀬古君さぁ、何しようとしてたのー? まさか私と杏樹を殺そうとしてた? あっ、図星?」
その時、雅史がその体型からは予想もつかないほどのスピードでこちらへと向かってきた。
「死ねぇ!」
雅史は涼香に向かって、高く掲げた出刃包丁を振り下ろそうとした。
すると、涼香は先ほどからずっと後ろに回していた右手を胸の位置まであげ、両手で握った。その両手には、涼香の支給武器のクロスボウがあった。
「瀬古君、鬱陶しいからさぁ、死んでよ」
涼香がクロスボウの引き金を引くと同時に、雅史がぎゃあっと声を上げて膝をついた。
雅史の腹に、銀色の矢が刺さっていた。
「ち、ちくしょう!」
雅史は踵を返して駆け出していった。杏樹は、何かを感じた。
―よくは分からない。…けど、このままついて行ったら、危ないような気がする…。
杏樹は駆け出した。背後から、涼香の声がする。
何処に行けば良いのか、分からなかった。
記憶を失った自分に居場所があるのかどうか、分からなかった。
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