BATTLE
ROYALE
〜 最後の聖戦 〜
第32話
「ちくしょう…ちくしょう…」
瀬古雅史(男子10番)は、H−5にあたるエリアの、民家の一室の床に太った身体を下ろし、呟いた。
最初に富森杏樹(女子12番)を襲い、元野一美(女子19番)に撃たれた左腕。
そしてついさっき、世良涼香(女子9番)にクロスボウで撃たれた腹。どちらもめちゃくちゃに痛かった。
「くそぅ…次は誰かを仕留めてやる…絶対仕留めてやる…」
雅史はひたすらそう呟きながら、民家で発見した救急箱の中にあった包帯で、腕と腹を括った。
最初に杏樹を襲ったとき、杏樹は雅史が正気を失ったと思っていたが、それは全くの見当はずれだった。
雅史は正気だった。いや、正確に言うなら「正気を取り戻した」と言うべきか。
最初こそ混乱していたが、どうにか我に返った彼は、このプログラムで優勝することを心に決めていたのだ。
雅史はどうしても優勝したかった。
「貴史…大丈夫かな…。目、覚ましたかなぁ…」
雅史は天井を仰ぎながら、言った。
雅史には、3歳年下の、貴史という弟がいた。貴史は愛嬌があり、兄である雅史にも優しく、雅史の誇りだった。そして、そんな弟を持てた自分は幸せ者だと、いつも思っていた。
しかし、そんな貴史を、あの…五年前のテロが襲った。
あの時、京都に住んでいた瀬古家は、初詣に出かけていた。
貴史は、トイレに行く、と言って駆け出していった。しかし、貴史はなかなか帰ってこない。新年を迎えても、帰ってこない。
両親と雅史が、迷子になったのかも知れない、と思って探そうとした瞬間、大爆発が起こった。
とてつもなく大きな爆風に、雅史も両親も吹っ飛ばされて怪我をし、近くの病院に入院した。
そしてその爆発がテロだったと判明した翌日、貴史は発見された。貴史は生きていたのだ!
―しかし、貴史は目を覚まそうとはしなかった。植物状態になっていたのだ。爆風で吹っ飛ばされたとき、相当強く頭を打ったのだろう、と医者は説明した。
雅史は絶望した。
―そんな、貴史が…、何で貴史がこんな目に遭わなきゃいけないんだ! 何で貴史だけがこんなに不幸なんだ! 何で! 何で何で何で!!
雅史は、テロを起こした反政府組織のテロリストが憎かった。殺してやりたいほど憎かった。
やがて、雅史は夢を見るようになった。貴史が目を覚ます夢。目を覚まして、いつものように愛嬌のある笑顔で「おはよう、兄ちゃん」と言ってくれる夢。しかし所詮、それは夢であり、現実ではなかった。そして目を覚ますたびに、貴史が植物状態だということを思い出し、泣く。
そんな毎日を続けていた。
そのうち、瀬古家は父の転勤で岡山に引越し、眠ったままの貴史も病院を移った。それでも貴史は目を覚まさなかった。
貴史が目を覚ますことを夢見て、父は入院費用を稼ぐためにさらに忙しく働き始めた。母もパートを始めた。雅史も、新聞配達を始めた。クラスメイトとは関わりも持てなかった。学校の事よりも、貴史のことを考えていた。
しかし、両親の身体も限界に近づきつつあった。そんな矢先のプログラム。
雅史は以前聞いたことがあった。プログラムで優勝すれば、一生涯の生活保障が出る、ということを。
そのことを思い出した雅史は、誓った。
優勝することを。優勝して一生涯の生活保障を手に入れ、貴史の入院費用にあてよう。余れば両親もこれ以上忙しくしなくて済む。
―やってやる。生き残って金を手に入れてやる!
雅史は目線を下に落とした。
右手に握られた、自分の支給武器の出刃包丁。
―もっといい武器がなければ、優勝はおぼつかない。刀とかでもいい。銃とかならもっといい。
―よし、行こう。
雅史は立ち上がり、民家の勝手口に向かい、勝手口をゆっくりと開けた。
―誰も近くにいないな。ここでやられたら元も子もないからな…。
そう考えて雅史は、周囲に注意して、民家から離れた。
そしてその民家の裏にある…エリアとしてはG−5あたりだろうか? といったところの叢に入った。
叢に入った雅史は、あるものを見た。それは、目の前に座り込んだ、派手な金髪の少年。間違いなく、横井翔(男子特別参加者)だった。
―何だ? 特別参加者って言うからもっと凄い奴かと思ったが…隙だらけだな。
早速、雅史は翔目掛けて出刃包丁を振り下ろそうとした。
その瞬間、目の前の翔が突然動いた。雅史はすぐにそれに気付き、ばっと後ろに飛び退いた(雅史は太ってはいたが、それなりに身体能力はあった)。
翔はすぐに雅史の方に向き直ると、もともとは平田義教(男子16番)のものだったサーベルの切っ先を目の前の雅史に向けた。
「俺には任務がある。邪魔をするようなら死んでもらう」
―こいつ、起きていたのか! あれは…罠!
雅史がそう思っていると、翔は素早くサーベルを雅史に向かって突き込んできた。
「うおっ!」
雅史は再び飛び退いた。
―サーベルと包丁じゃ差がありすぎる…どうすれば…!
また翔がサーベルを突きこんできたその時、雅史は身体を屈めて、翔のサーベルの下に入り込み、出刃包丁の刃を突き出した。
―これで、終わりだ!
しかし、翔の腹に包丁は刺さらなかった。何故なら、翔がそれを見抜いて、もう一つの、自分の支給武器であるレイピアを左手で持ち、雅史の胸に突き立てていたから。
「それは、読んでいたよ」
翔が呟いたが、雅史には聞こえなかった。
雅史は、幻を見ていた。目の前に、貴史が立っている幻を。
―貴史…ゴメンな? 兄ちゃん、負けちゃったよ…死んじゃうよ…。
雅史の心臓は、完全に機能を停止した。
雅史は知らなかった。両親が、政府に雅史がプログラムに参加することになったと知らされた時、「何故貴史だけでなく雅史も死ななければならないのか」と食って掛かり、雅史よりも先に涅槃へと旅立っていたことを。
そして…。
岡山市内の病院。
「先生…五年前に植物状態になっていた少年が目を覚ましました!」
「何! 本当か!?」
「本当なんです!」
目を覚ました少年―瀬古貴史は、ベッドに横たわったまま、呟いた。
「兄ちゃん…」
男子10番 瀬古雅史 ゲーム退場
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