BATTLE
ROYALE
〜 最後の聖戦 〜
第36話
「はあ…」
津山五月(女子11番)は、F−4にあった大きな石の上に座り込み、溜息をついた。
五月は、このプログラムに絶望しかけていた。
これで友人の天野洋子(女子1番)や、貫井百合絵(女子14番)がいれば五月もここまで絶望することはなかっただろう(まあ尤も、洋子と百合絵がいたところで、本当は信頼できるわけでもないのだが、五月は心から二人を信頼していた)。
だが、二人は一回目の放送の時点で既に死んでしまっていた。
しかも五月は、そのうち洋子の死体を見てしまっていた。
首でも絞められたのか、洋子の顔は鬱血して青黒く、見るも無残なものとなっていた(近くには小川英道(男子4番)の死体が転がっていたのは五月も気付いていたが、その英道が洋子を殺したとは思わなかった)。
それを見てますます、五月は絶望していった。
「はあ…もっと信用できる人がいたらなぁ…」
しかし、洋子と百合絵、バレー部の後輩ぐらいとしか付き合いのなかった五月は、もはやクラスに信用できる人などいなかった。
…たった一人を除いて、だったが。
「ああ…、武器はガムテープで、ハズレだったし…どうしよう…」
そんな時、五月の脳裏に浮かぶのは、今生き残っている上祭中の生徒の中で、唯一信用できる、たった一人の人。
―あいつが、いてくれたらな…。
その時だった。
「お、おい…そこにいるの…五月…だろ?」
五月の背後で、そんな声がした。
―え!? ま、まさか…!
五月がはっとして振り返ると、そこには、今五月が唯一信用できる人物、雨宮広将(男子1番)が、手に長い槍を持って立っていた。
「ひ、広将…広将ぁ!」
五月は思わず、目の前にいる広将に飛びついた。
「久しぶり…」
「おいおい、別に久しぶりでも何でもないだろ?」
「ところで、その槍は何?」
広将は、ちょっと槍のほうに目をやってから、言った。
「これは俺の支給武器だよ。こうやって…」
そして広将は、槍の柄を、三つに分解して見せ、また戻した。
「こんな風になって、デイパックに入ってたんだ」
雨宮広将。上祭中3年男子1番。
バスケ部副主将。本来は主将になれるだけの実力と人望があったが、目立つのを嫌う傾向にあり、主将の座を浜口武(男子14番)に譲って自分は副主将に甘んじた。
現実的でちょっと冷めてる。でも、良い奴。まあ、一つだけ欠点があるけど。
津山五月とは幼馴染。そして―。
五月の、彼氏。
広将とは、昔から家が隣同士で、両方の母親が仲が良く、よく一緒に出かけたことがあった。そのため、五月と広将はすぐに仲良くなった。
小さい頃、いつも公園で遊んだことを覚えている。
小学校に入ると、二人はそれぞれの好きなスポーツを始めた。
五月はバレー。そして広将はバスケだった。
それでも二人は、同じ体育館で練習をするからか、疎遠になったりはしなかった。
そして上祭中に入学しても、その関係は変わらなかった。あまりの仲の良さに、周りは自分たちが付き合っているものと思っていたようだった。
だが、それは二人とも否定した。二人は友達だった。ずっと、友達だと、五月は思っていた。
半年前の夏、上祭中女子バレー部は、県予選で1回戦負けをした。それは、唯一の3年生部員だった五月の、引退を意味していた。
キャプテンだった五月は、後輩にエールを送って、一人会場から離れ、先に帰ることにした。
会場が見えなくなるところまで来たところで、五月は、涙が溢れてきた。
―勝てなかった…。一年のときも、二年のときも…、いいや、小学校のときもいつも1回戦負け…、私…才能ないのかな…?
その時だった。広将が現れたのは。
「何してんだ、五月」
「あ、あれ? 何で広将が…ここにいるのよ?」
すると広将は、少し笑って言った。
「俺たちは一足先に負けてたからな。お前の試合、見てやろうかと思ってな…」
「…」
そして広将は、五月の顔を見て、言った。
「あれ? お前泣いてんのか? お前は泣く奴じゃないって思ってたけどなぁ…」
遮って、五月は訊いた。
「ねえ…広将…私って…才能ないのかなぁ…?」
「は?」
「だって、小学校のときから1回戦負けだよ? 勝ったことなかったんだよ? いつも努力してきたのに…しかも私ったらさぁ…今日、ミスばっかりで…私には…才能ないのかもしれない…」
「才能? そんなもの、知らねーよ」
「えっ?」
「だってよ…才能があるかどうかの問題じゃねーだろ? 本人がそれを好きかどうかの問題だと思うぜ? 才能ないかどうかなんて、どうでもいいものなんだよ」
「…そうかぁ…なるほど…」
「それじゃ、帰ろうぜ? 今日はお前んちのおじさんおばさんと一緒に、うちで俺とお前の部活引退記念パーティーだとさ。祝うものじゃないと思うんだけどな…」
「うん!」
この時、五月は、自分が広将が好きだと確信した。
それから一月もして、夏休みに入ったとき、五月は広将に告白した。
最初、広将は何が何だか分からない、といった顔をしていたが、「少し考えさせてくれ」と言ってきた。
そして翌日、広将はオーケーしてくれたのだ。
嬉しかった。恋人同士になったとはいえ、二人の関係は、以前とあまり変わってはいなかった。しかし、それでも良かった。自分の気持ちを広将に伝えることが出来て、そして広将と恋人になれた。それ以上は望むつもりはなかった。
そして、今この状況下で広将に会えたのは、何よりも嬉しかった。
二人は取り敢えず、今までにあったことをお互い話した。
五月は、洋子と小川英道の死体を見てしまったことを話した。
そして広将も話してくれたが、彼が分かっていたのは出発したとき、親友のはずの古賀健二(男子8番)、曽野亮(男子11番)、そして武が外で待っていなかったことと、廃校の校庭に焼津洋次(男子19番)の死体が、そして少し離れたところで太田裕一(男子3番)の死体があったことだけだった。
「そっか…結局広将も、信用できそうな人とは会ってないんだ…」
「ああ…残念ながらな…」
「うん…どうしようか、広将…」
しばらくして、広将は呟いた。
「俺には、脱出とか、そういうことは思い浮かばない。誰かと合流しようにも、健二たちがいなかったってことは、俺を信用していないのかもしれないしな」
「じゃあ…どうするの?」
「俺たちが最低限生き残れるようにする。これしかないだろ」
「そ、そっか…それしか…ないか…」
五月は俯いた。
「まあ、とにかくだ! ここよりももっと隠れるのにいい場所を探そう」
「そうだね」
そう言って五月が立ち上がった、その瞬間、ざくっと肉の切れるような、そんな音がした。
広将の目が、見開かれた。
―な、何? どうしたの? ねえ、広将…。
―あ、あれ? 広将の顔、だんだんぼやけてく…何で…行かないでよ…行かないでよ…広将!
それを最後に、五月の意識は、もう二度と、戻ってくることはなかった。
―話している隙に、近づかれた…?
―五月が…死んだ…? 五月が…? 五月が五月が五月が五月が五月が!!
広将は、倒れてもうぴくりとも動かない五月の身体を見た後、目の前にいる、そのサバイバルナイフで五月を一突きに殺した人物―吉田晋平(男子20番)を、キッと鋭い、血走った目で見据えた。
「…殺してやる!」
女子11番 津山五月 ゲーム退場
<残り28+2人>