BATTLE
ROYALE
〜 最後の聖戦 〜
第38話
あの男は、いつもあの女と僕に暴力を振るった。
―お前がこいつをおろさずに産んだりしやがるからいけないんだ。
あの女は、いつも言った。
―だって、親が揃って「産め」って言うから…。
そう言うと、さらにあの男は母を殴った。
―うるせぇ! お前が悪いんだ!
そしてあの女は、今度は僕を殴った。
―あんたなんか死ね。死んでしまえ! 子供なんか要らない! あんたが死ねば、あたしはお父さんに殴られないし、二人で楽しくやっていけるんだ!
僕は、物心ついた頃から、いつも無意識に、死のうとしていた。
そして失敗するたびに近所の人が家に連れて帰り、「こっちにまで迷惑かけるな」とまた暴力を振るわれる。
痛くて泣けば、「うるさい、泣くな」と殴られる。
むすっとしていると、「やめろ、見たかない、そんな顔」と蹴り飛ばされる。
そして笑うと、それもほんの少し微笑むと、あいつらも、何もしなかった。
でも、6歳のときに、あいつらは僕を養護施設に預けて、何処かに消えた。
僕は最初、その意味が分からなかった。でも今、全てが分かった今、僕のやりたいことはただ一つ。
―お前らを殺してやることだよ。
「あー…、やなこと思い出したなぁ…」
国吉賢太(男子7番)は、エリアで言うとG−7にあたる場所にある民家の中で、子供部屋のベッドに横たわっていた。
ウインドブレーカーを着ても、寒さは耐え難いものがあった。それでこの民家に入って休むことにしたのはついさっきのことだ。
その部屋に本来いたであろう子供は、両親に大切にされていたのだろう。賢太の目に、その子供の幸せそうな顔が浮かんでくるような気がする。
「幸せだったんだろうな…」
賢太はぼそっと呟いた。
賢太は、自分が幸せだと思ったことはない。
両親は(賢太はそれを常に、「あいつら」と呼び、養護施設の先生たちも親に対してそんな言い方はないでしょ、と叱ってきたが、賢太はやめなかった)、賢太を産むつもりはなかったのに、それぞれの両親、つまり賢太の祖父母に「子供のためにも産みなさい!」と言われてしぶしぶ産んだそうだ。
正直、時々賢太は、そんなことを言った自分の祖父母たちを恨む。
そうやって生まれても、幸せにはなれっこないと、分かっていたから。
そして暴力を振るわれるうちに、賢太は知った。
―泣いたり、むすっとしたりするから叩かれる。なら、笑えばいい。
―そうだ、笑えばいいんだ。
やがて、賢太は笑い始めた。それも、ニコッと笑うのではなく、ほんの少しの微笑だ。
そして…笑うことしか出来なくなった。
6歳になると両親は何処かへと消え、賢太は養護施設に放り込まれた。
そして10歳になり、テロが発生したという話に、少し怯えていたとき、宇崎義彦(男子2番)がやってきて、同室となった。
義彦は、賢太の話をいつも訊いてくれた。いつも、丁寧に丁寧に。
そして義彦も、ここに来ることになった経緯を教えてくれた(と言っても、こっちが一方的に「教えて欲しい」とせがんだからだが)。
賢太はその話を訊いて、驚きを隠せなかった。
―宇崎君が…そんな、ひょっとしたら僕よりも重いかもしれないものを背負っていたなんて…。
やがて賢太は、義彦と親友になった。
それから二年程経ったある日の夜、賢太はいつも心の奥底で思っていたことを、思い切って義彦に打ち明けてみた。
「ねえ…義彦」
「何?」
「僕…あいつらを殺したいよ」
「…お前の父さん母さんか?」
「うん、でもあんなの、父さんでも母さんでもないよ。もう居場所は知ってるんだ。いずれ、僕はあいつらを殺しに行く」
「やめろ」と言われるのは覚悟していた。だが、義彦は賢太が予想していなかった答えを返した。
「やればいい。好きなように」
「えっ?」
「やればいいんだよ。親には子供をキチンと、ちゃんと育てる義務があると思うんだ。それが出来ない奴らなんか、くたばってしまったほうがよっぽどいい。やれよ。俺も応援する。お前の好きなように、思う存分やればいい」
「…」
正直、驚いた。
比較的常識人な義彦が、そんな、殺人を肯定するかのようなことを言うとは、思いもしなかった。
確かに、彼がそんな考えかたをする理由も分からないでもなかったのだが。
だが、賢太は勇気付けられた気がした。初めて、味方が出来た気がした。
やがて上祭中に入学し、狩野貴仁(男子5番)、白鳥浩介(男子9番)、和歌山啓一(男子21番)といった仲間も出来たし、彼らもとても良い人たちだった。
だが、自分の痛切な思いを理解してくれるのは世界中何処を探しても、義彦以外はいないように思えた。
―そんな矢先の、プログラムだった。
賢太は、プログラムに自分たちが巻き込まれたと知ったとき、決めた。
―優勝しよう。
―優勝して、生きて帰って、あいつらを殺してやろう。地の果てまで逃げようとも、絶対に。
だが、他にも、優勝したいと思う理由はあった。
自分が失ってしまった表情。それは絶対に取り戻したい。
―でも死んだら取り戻せない。これも優勝すればいい。優勝したら、長生きできるかもしれない。そうすれば、表情を取り戻すチャンスはいつでも巡ってくる。
そして優勝を、賢太は誓った。
まず、最初に出会った元野一美(女子19番)を殺したが、富森杏樹(女子12番)には逃げられてしまった。
「あっ、そうだ…」
そこで賢太はあることを思い出した。
姫野勇樹(男子15番)に少し前に、「杏樹にまた会っても、殺すな」と言われたことを思い出した。
―僕はやる気だと、言ったのに…、何故そんなことを言うんだ?
「さてと…そうしようかな…」
賢太は、勇樹に言われたとおりにしようかどうか考えた。そしてふと思った。
―愛されてるんだな、富森さんは…。
やがて、賢太はベッドからむくりと起き上がった。
「ま、いいか」
そう呟いて、賢太はフフッと笑った。その笑みに、邪念は一切無かった。
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