BATTLE ROYALE
最後の聖戦


第53話

―何で? 何で? 何であの子が、私を殺そうとするの?
 少女は…
島野明子(女子8番)は、背後を振り返りながら思った。背後から、拳銃を持って走ってくるのは、彼女の親友の一人、坂之下由美(女子7番)だった。

 
中元理沙(女子13番)が錯乱して洋館を飛び出したとき、明子は理沙を追って、洋館を飛び出した。その時も、由美は一緒だった。
 恐らく、理沙は親友の
越谷美里(女子6番)を殺したのが明子か由美だと思ったのだろう。
 明子は、親友の理沙にそう思われたのだと思い、ショックだったが、理沙を放っておくわけにはいかなかった。
 しかし結局、理沙を見失ってしまった。どうするか迷った末、洋館に戻ろうと考えて、来た道を戻ろうとした瞬間…由美は突然拳銃を取り出して、明子に向かって撃ってきたのだ。
 何が何だか分からず、明子は駆け出した。そのとき、由美がぼそっと何か言ったのが聞こえたのだ。
「理沙を見失ったし…明子だけでも殺せればいいか」と。
 確かに言ったのだ。あの由美が。いつも大人しく、洋館にいたときは一番怯えていたあの由美が。
 だが、それで明子は全てが理解できた。
 由美は恐らく最初からやる気だったのだ。そして本当の支給武器であるさっきの拳銃を隠して仲間になり、そして美里を殺し、明子たちを混乱させようとしたのだ。
 そして理沙を見失った今、今度は明子を殺そうとしている―!
 由美はすぐに追ってきた。再び拳銃を撃ってくる。
 銃弾は走りながらだからか、なかなか明子には当たらない。むしろ、距離は少しずつ開いていく。
 それも当然かもしれない。明子は中学で陸上部に入っており、
天野洋子(女子1番)程ではなかったが、足には自信があった。
 一方の由美は、基本的に運動神経があまり良くない。
 明子は必死に走った。
―何処か! 何処かへ逃げないと! でも何処へ…。
 そう思いながらようやく、A−8辺りまで逃げてきたときだった。由美の撃った銃弾が、明子の右太腿を掠めた。
 明子は、その痛みに驚き、その場に倒れこんでしまった。
「ううっ…」
 由美はゆっくりと近づいてくる。その時だった。
 明子が、何者かが近づいてくるのを見たのは。

―誰か来たみたい…。「教祖様」ならいいのだけれど…。
 由美は、そう考えていた。
 ついさっき連絡したら、「今から行く」と仰った「教祖様」。
―「教祖様」は装備が充実していると仰っていた。ならば、ここで明子を仕留められるかもしれない。
 だが、由美の期待通りにはならなかった。
 現われたのは、
姫野勇樹(男子15番)谷川つかさ(女子10番)だったのだ。
 しかも、何も持っていないつかさはともかく、勇樹はその手にマシンガンらしきものを持っている。これでやる気だったりしたら…まずい。
 そんなことを考えていたとき、勇樹が言った。
「お前…坂之下か!? お前もこのゲームに乗ったのか!?」
―どうやら姫野君は、やる気ではないようね…。
 由美は確信した。
「そうよ、私はやる気よ。私は「教祖様」のためにも勝つのよ!」
「な、何を言っているんだ? お前…」
「どういうこと? 坂之下さん?」
 そこで由美は、自分がとんでもないミスをしたことに気がついた。
 自分のバックに、「教祖様」という存在があることを自ら言ってしまったのだ。これは大失態だった。
―ああ―、我々の目的が知られたら…、「教祖様」の存在を知られたら…、大変!
「由美…。教祖様って…何? あなたを操っている人がいるの…?」
 倒れていた明子が身を起こして、由美に話しかけてきていたのだ。
 これが由美に追い討ちをかけた。
―知られてしまった…姫野君や谷川さんだけでなく…明子にまで…知られた知られた知られた知られた知られた! 大変大変大変大変大変!
「あああああ!」
 由美の精神は、自らがミスを犯したという重圧に耐え切れなかった。そして由美は、目の前の勇樹とつかさに向かって、ワルサーを乱射した。

「きゃっ」
「谷川、隠れろ!」
 つかさは勇樹に連れられて、木の陰に隠れた。しかし、すぐに勇樹が由美に向かってマイクロウージーを撃った。
 ぱららららと、連続した銃声が響く。由美はそれでも両手で持った拳銃を乱射し続けている。
 すると勇樹が、叫んだ。
「島野、逃げろ!」
 その言葉に明子は反応したが、親友である由美のことを心配しているのか、動けないようだった。
「でも…由美が…!」
「坂之下はもう普通じゃない! 今は自分の命を優先しろ! 島野!」
「う…っ」
 そしてやっと、明子は諦めたのか、撃たれた足を引きずりながら、逃げ出していった。
「さてと…あと坂之下か…こうなったら、殺すしかないか」
 勇樹がマイクロウージーを、再び由美に向けて構えた。
「で、でもそんな…彼女だって混乱してるだけで…」
 つかさは言った。
「谷川、あいつは自分がやる気だと認めたんだぞ? ここまできたら、殺すしかないだろう」
「でも…でも…」
 その時だった。一発の銃声が辺りに響き渡り、拳銃を乱射していた由美の頭部が弾け飛び、身体が崩れ落ちたのだ。
「なっ…誰が!」
 勇樹が由美の体に向かって駆け出した。
 由美の頭は原形を既に留めておらず、ぐちゃぐちゃになっていた。当然、死んでいた。
「誰が一体、坂之下さんを…!」
 そう呟きながら背後を振り返ったつかさは、信じられないものを見た。
 後ろの木の陰に、自分の親友でもある
板橋浩美(女子2番)が、銃口から煙の昇る拳銃を持って、立っていたのだ。どう見ても、浩美が由美を殺したのは明白だった。
 そしてつかさは、浩美の耳に何かが着いているのも同時に発見した。
「浩美…あなたが…」
 勇樹もそれに気付いたのか、振り返った。すると浩美は、マイクロウージーの存在に気付いたのか、踵を返して駆け出していった。
「浩美!」
 つかさは、浩美を追いかけようとしたが、勇樹がそれを止めた。
「谷川…これを見ろ」
 そう言って、勇樹はつかさに、血に濡れた何かを差し出した。
「坂之下が着けてた…インカムだ」
「い、インカム?」
「通信機だな、手っ取り早く言えば。これで指示を受けてたんだろうな」
 そこでつかさは、あることを思い出した。
「そういえば、浩美もこんなのをつけてるのが見えた」
「そうか…じゃあ今の板橋の行為は、処刑みたいなものか」
「処刑?」
「ああ、自分たちのことを話してしまった坂之下を…処刑したんだ。ひょっとしたら、坂之下が言ってた教祖様っていうのも、板橋かもしれない」
「でも、浩美がそんなことするはず…」
「だが、板橋が坂之下を殺したのは事実だ」
 勇樹は、そう言い放った。
 これには、つかさも黙ってはいられなかった。
「なら、浩美を追って、彼女から全てを訊くべきだと思う」
「…俺も来てくれ、って言いたいのか?」
「…」
 つかさは、コクリと頷いた。何の武器も持たないつかさだけで行っても、危険なのだ。
「分かったよ、付き合ってやる。行くぞ」
 そして勇樹は、南に向かって駆け出した。つかさも、それに続いた。

「…一足、遅かったか」
「教祖様」は、勇樹たちが去った後のA−8で、由美の死体の傍らにいた。
 あと少しで由美たちのいるところに着く、といったところで、レーダーから、由美の反応が消えたのだ。
「すまなかった…坂之下君…」
 そこで「教祖様」は思った。
―坂之下君を殺したのは、浩美みたいだな…。それに、我々の存在も、知られてしまったようだし…。
「浩美は、私が葬ってやろう。彼女に罪は無いが…どちらにしろ、浩美は葬る必要が出てしまった」
―「呉道教」の教えの一つ。神の下に仕える仲間を裏切る行為は、何があろうと許されない。これは教祖においても同じである。
「私も教えに背くことになるかも知れん。それにここからは、私が自ら動くべきかもしれんし…な」
 そう呟いて、「教祖様」は勇樹たちの後を追った。

 女子7番 坂之下由美 ゲーム退場

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