BATTLE ROYALE
最後の聖戦


第56話

「苦しかった? 痛かった? …悔しかった?」
 
国吉賢太(男子7番)はその場にしゃがみ込んで、呟いていた。
 目の前にあるのは、少し前から降っている雪に、ほんの少しだけ隠された
城戸比呂斗(男子6番)菊池麻琴(女子5番)の死体だった。
 二人の死体は、決して賢太には出すことの出来ない、表情をしていた。
 ついさっき、賢太はここ、F−3にやって来ていた。そして、この二人の死体を見つけたのだ。
「こんな顔…どうやったら出来るの? 教えて欲しいよ…」
 そう呟く賢太の顔は、相変わらず柔和な微笑を浮かべている。
「…優勝はしたい。そのためにクラスメイトを殺す覚悟はあったんだ。でも…今は迷ってる。さっきも…」
 賢太はさっきも、生徒を一人見つけた。恐らくあれは、自分の親友の一人、
白鳥浩介(男子9番)だっただろう。
 だが、賢太には浩介を殺せなかった。いくら親友とは言え、殺すことはできるはずだった。
 しかし、賢太は右手のガレーシーの引き金を、どうしても、引くことが出来なかった。そのうちに浩介は、目の前からいなくなってしまった。
―何故あの時…僕は引き金を引けなかったのだろう…?
―僕には、覚悟が足りないのだろうか…?
 そんなことを考えるようになった。
 そして、
姫野勇樹(男子15番)に会った時、彼が言ったこと。
―杏樹に会っても、殺すな。
 ここから、迷いを感じるようになった。ほんの、少し。
―今まで一緒にやってきたクラスメイトを殺すのは、間違っているのだろうか?
 自分が優勝すること。それは自分の味方でいてくれた
宇崎義彦(男子2番)も死ぬことに、今更ながら気がついたような気がした。
―僕は、どうすればいいんだ…。
 その時だった。
「…国吉?」
―誰かが来たのか…?
 賢太は、振り返った。
 そこには、右手に拳銃を持った坊主頭がちょっと伸びた髪型の少年、
曽野亮(男子11番)が立っていた。
「それは…国吉が?」
 亮は、賢太の傍らの比呂斗と麻琴の死体を見て、言った。
「いや…、ここに前からあってね。そこに僕が来ただけさ」
「そうか…お前は、やる気になったか?」
「…微妙だね」
「…そうか…微妙か…変わってるな」
「曽野君は、今まで何をしてたの?」
「…まあ、色々と、やることがあってな」
「そう…」
 賢太は再び比呂斗と麻琴の死体に向き直り、呟いた。
「ねえ…どうしてこんな顔が出来るのかな…」
「えっ?」
「いや…どうやったら、苦悶の表情や、無念の表情ができるんだろうか…?」
「…国吉…?」
 その時、風を切る音と共に、賢太の足元に銀色の矢が突き刺さった。
 賢太が振り返ると、亮が自分の目の前に立った少女―クロスボウを持った
世良涼香(女子9番)に拳銃を向けていた。
「あっれ〜? アンタたちってそんなに仲良かったっけ?」
「別に…たまたま会っただけだ」
 亮が答えた。もちろんその拳銃を構えたまま。
「へー…それにしてもさ、そこの二人って国吉がやったの? だとしたら凄いじゃん! アンタって、ただニコニコしてるだけだと思ってたし…まあいいや。曽野が拳銃持っててもカンケーないし、死んでよ」
 涼香がクロスボウを構えた。
「世良さん…君は、一体なんでこのゲームに?」
「楽しそうだから…っていうのもあるけど…ね。ま、もっと深く言うと、人は信用しちゃいけないから…だね。それが世良家家訓♪」
「家訓だって…? 何だよ、それ」
「ん〜、うちの家訓っていうか、未来の私が作る家の家訓? とにかく、ここで話は終わりね。もうだるくなって来たし…」
 そう言って涼香がクロスボウの引き金を引こうと、指を動かした直後だった。
 賢太は素早くガレーシーの照準を涼香に合わせ、引き金を絞った。
 何か、変な感覚がした。涼香が一瞬、あの最悪の女(世間はあいつを僕の母と言うのだろうか?)とダブって見えたのだ。
―安心した。僕は、殺れる。容赦なく。
 ダン。
 放たれた弾は涼香には当たらなかった。やはり、まだ慣れていなかったからだろう。弾は、涼香の足元に着弾した。
「え〜? 国吉、アンタも銃持ってたの? じゃあ勝てっこないじゃん。逃げるが勝ちってね!」
 そう言うと、涼香は踵を返して走り去っていった。
「国吉…」
 声をかけようとする亮に向かって、賢太は言った。
「曽野君。僕は決めたよ。絶対に優勝する。迷ったりしないよ…きっと」
 それだけ言うと、賢太は亮を放って、歩き出した。すぐに、亮も移動したらしく、彼の姿はもう、振り返っても見られなかった。
 そこで賢太は、自分が亮をあの場で殺さなかったことに気がついた。そしてやはり、自分は容赦なくやれないのかもしれない、と思っていた。

                           <残り18+2人>


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