BATTLE
ROYALE
〜 最後の聖戦 〜
第69話
プログラム会場の住宅街。エリアで言うと、G−9あたりだろうか?
そこの民家の一つの壁に、立川大成(男子12番)はもたれかかっていた。
―お前は自分に甘えてるだけだ!
「でも…どうすればいいんだよ…」
そんな言葉が口をつく。大成は未だに、姫野勇樹(男子15番)に殴られてからも立ち直ることが出来ずにいた。
大成は、自分の右手を握って、その拳を見つめた。
だんだんと、大成は過去の記憶を思い返していた。
幼い頃から、大成の体格は他の同年代の子供と比べても、かなり大きかった。
しかし、その体格に似合わず、気が弱く、小学校に入った頃には格好のイジメの対象になっていた。
そして二年になったある日の下校途中に、また虐められ、一人で泣きじゃくりながら家に帰っていた時だった。自分の家の隣に住む一年上の女の子、松原沙世(まつはらさよ)が話しかけてきたのは。
沙世は、いつも男みたいなショートカットの髪をしていて性格も勝気な、それでいてかわいらしい顔をした、大成の憧れの女の子だった。
その沙世は、大成に言った。
「大成君、いつも泣きながら帰ってくるね」
「うん…でも、僕は弱いし…」
「そんなのだから相手がつけあがるんじゃないの? 強くならなきゃ…あっ、そうだ! あたし、空手を習うことにしたんだけど、どう?」
そう言って、沙世は大成を、町の空手道場に入門させた。
最初は沙世に言われたから始めた空手だったが、だんだんはまっていった。
そして小学校四年の時、大成はその空手の技を試してみたくなった。そして自分を虐めていた連中を、空手の技でボコボコにしてしまったのだ。
大成は自分が強くなったことを知って歓喜した。だが、そこに沙世がたまたま通りかかった。
沙世はすぐに大成のところへやってくると、大成の頬を張った。
大成は、何が何だか分からなかった。沙世は言った。
「大成君。強さっていうのは…そういうものじゃないんだよ?」
沙世の目には、涙が浮かんでいたのを、大成は今でも覚えている。
大成は、自分の行為が沙世を悲しませたのかと思うと、悲しくなった。
それから二度と、大成は空手の技を素人に使うことはしなかった。
やがて、小学校六年になると大成はますます強くなった。城戸比呂斗(男子6番)たちと知り合って、不良の道に入っていったが、空手は続けていた。
そしてある日、沙世が大成に、対戦を申し込んできた。
大成は受けた。今まで自分にとって憧れの存在だった沙世と、闘えることが嬉しかった。
大成は勝った。圧勝だった。
沙世は試合が終わると、言った。
「大成君、強くなったね。もうあたしじゃ敵わないね…」
さらに、沙世はこう言った。
「いつまでも…あたしの方が上ってわけじゃないんだよ?」
沙世の表情は、少し哀しそうに見えた。大成も、複雑だった。
沙世には勝てた。だが、それもこれも、沙世は分かっていたのではないか、と。
体力的にも、いずれ大成は沙世を越える。それは周知の事実だった。沙世は、未だに沙世の背中を追っている大成に、大成の方が強くなったと教えようとしたのだろう。
だが、大成の中では、相変わらず沙世は憧れの存在だった。
その後、中学に入っても話はしたりした。
だが沙世は今年から、空手で有名な東京の高校に推薦入学を決め、そっちで寮生活を始めた。それ以来、会っていない。
「もう…沙世さんとも会えなくなるんだろうな…」
大成は呟いた。
大成はもう一度、自分の拳を見つめた。
沙世に勝ったとき、以前よりも強い、しっかりした拳に見えたが、今は、虐められていた頃の弱々しい拳にしか見えなかった。
その直後、大成は何者かの気配を感じ、飛び退いた。
「うおっ」
そこには、槍を両手で持ち、大成を突き刺そうとしてそれを突き出した、吉田晋平(男子20番)がいた。
「さすが…だね」
「吉田…」
「だけど…勝つよ、俺は。今の立川なら…勝てそうな気がするんだ」
そう言って、晋平は再び槍を突き出してきた。
「くうっ」
大成は必死でその攻撃をかわした。
―勝てる? 何でだ?
大成は、晋平の言った言葉が、気にかかっていた。
晋平は身体能力もこれといって特徴は無かったし、武器に差があっても、大成は負けるとは思っていない。
だが、晋平は妙に確信めいた様子で、「勝てる気がする」と言い切ったのだ。
―何故だ!?
その時、大成の腹部に痛みが走った。晋平が一瞬の隙をついて、槍を大成に突き刺したのだ。
「ぐあっ!?」
腹からどんどん血が滴ってくる。
大成は必死でそれを堪え、晋平に向かってメリケンサックを握った右手で殴りかかった。その一撃は晋平の左頬にヒットした。しかし、晋平は倒れることは無かった。
―な、何で倒れないんだ? クリーンヒットしたはずなのに!
「…信念の、差だよ」
晋平が、言った。
「立川君、よくは知らないけど…このゲームで自分がやるべきことを見つけていないんじゃない? 俺はやるべきことを見つけてる。その差だよ。その傷じゃ…いずれ死ぬだろうし、それじゃ」
晋平はそのまま、何処かへと行ってしまった。
「ちっ、ちくしょう…、俺は…どうすれば…」
大成は、痛む腹を押さえつつ、歩きだした。
自分が死ぬだろうことは、晋平に言われなくても分かりきっていた。だが、犬死だけはしたくなかった。
「何かやってから…だ…死ぬのは…」
足取りがフラフラしている。あとどれだけもつかも分からない。
大成は、それでも自分が何を死ぬ前にやるべきか、決めることができていなかった。
<残り12+2人>