BATTLE
ROYALE
〜 最後の聖戦 〜
第74話
―何で? 何でお兄ちゃんを見捨てるの? 何で?
―涼香! 涼平のことは忘れなさい! 分かったわね!?
―…涼香。あいつはもう、世良家の人間ではない。赤の他人だ! 世良家を絶えさせたりしたら、先祖に申し訳がたたんだろうが!
―涼香。俺はいつまで経っても、涼香のお兄ちゃんだ。
「…いつの間にか、寝てたんだ…」
世良涼香(女子9番)は、抱えた膝に沈めた頭を起こした。
「またあの夢…、もう見たくなんかないのに…あんなクソババアとクソジジイの顔なんかさ…」
涼香は、そう呟いて、地面の石を拾って、近くの木に向かって投げつけた。
「あんな奴ら…兄貴を他人呼ばわりした奴らなんか、くたばっちまえばいいのに」
涼香は、また呟いた。
涼香の家、世良家はもともと、東京にあった。世良家は、代々この大東亜共和国の官僚になってきた家系で、父もかなりの高位に就いていて、国家に身を捧げると言わんばかりの堅物だった。
そして、涼香はその世良家の長女―しかし、上に兄が四人いた。
長男、三男、四男は父の影響を受けていたが、次男、涼平は違った。
大東亜共和国に迎合する父たちを嫌い、反発し、不良になった。だが涼香は四人の兄で、一番涼平が好きだった。
涼平はよく、涼香に言った。
―俺みたいな馬鹿には、親父たちの言うようなことは分かんねぇんだよな…。
そしてある日、涼香が9歳のとき、涼香は誘拐事件に遭った。代々官僚の世良家の娘なら、身代金が期待できると思ったのだろう。そして涼香が連れて行かれそうになったところに…学校帰りの、当時16歳の涼平が通りかかったのだった。
―テメエ、俺の妹に何しやがる!
涼平は相手に飛び掛り…怒りのあまり、相手を…死なせてしまった。
涼香を守ろうとしたとはいえ、相手を死なせた行為は、過剰防衛とみなされ、涼平は逮捕されてしまった。
そのことを知った父は、警察に来るなり、涼香を引き取ると、署長を呼びつけ、こう言ったのだ。
―奴を私の息子だと公表しないでもらいたい。そして奴に言っておいてくれ、お前など世良家の人間ではない、と。
涼香はこのとき思った。
―お兄ちゃんは、私を助けてくれたのに…。
―結局お父さんは、子供のことより、自分の地位の方が大切なんだ…。私よりも…涼平お兄ちゃんよりも、自分の地位が大切なんだ…。親だろうと…信用できないんだ!
一年後、涼香は家のお金をたっぷり盗み出し、家出をした。まずは、涼平が入れられている鑑別所へ向かい、涼平に面会した。家出したことを伝えると、涼平は言った。
―…涼香、頑張れ。俺は応援してるぞ。
その言葉に、涼香は勇気をもらった。
そして涼香は、様々な手段を使って、必死で東京から離れた。親のところに戻るつもりは無かった。東京に戻るとき、それは涼平に会うときだけだ。
やがて涼香は岡山に辿り着き、そこで暮らし始めた。
自分が信じるのは自分自身、そして東京にいる涼平だけだと思って生きることにした。
―他人など信じない。
岡山に来てからは、すぐに万引きを覚えた。万引きで食べ物を盗み、生活した。
変態的な趣味のある男の相手もしてやった。そうやって金を稼いだ。何だってやってやるつもりだった。公園で浮浪者のような生活をした。
ドブネズミのような生活だったと、今でも思っている。
次の年、テロで市街は破壊され、涼香は大佐町に移った(涼平が無事かどうか心配していたが、東京のテロで破壊された地域に涼平のいる鑑別所は無かったので、安心した)。
そこでアパートを借り、生活するようになったが、金の稼ぎ方は、相変わらずだった。
ある日、そこの大家が地元の学校に入ることを薦めたので、一応入ることにした。多少知識があったほうが、良いかもしれないと思ったからだ。
そして小学校に入り、やがて中学に進学し、菊池麻琴(女子5番)や富森杏樹(女子12番)、元野一美(女子19番)と知り合ったが、決して信用はしなかった。
そして今回、プログラムに選ばれた。
それでも涼香が選ぶ道は一つだけだった。
プログラムに乗る。つまり、殺し合いをする道。
クラスメイトなど、信用できるはずがないのだ。実の父でさえ、ああやって兄を切り捨てたのだ。
涼香の拠り所など、ここにはないのだ。涼香が信用できるのは己と、東京にいる涼平だけだった。
そして何よりも、涼香はもう一度涼平に会いに行きたかった。もう涼平も成人しているはずだし、鑑別所はとっくに出ているはずだ。
もう一度涼平に会うために、涼香は生き残る必要があった。
「…もう残り少ないし…動いて探した方がいいかな?」
涼香はそう呟いて、歩を進めた。
涼香はスタート地点からすぐ西のB−8にいたが、そこから誰も見かけなかった。
ならば動いた方がいいはずだ。
そう思って、涼香は移動を開始した。だが途中、B−7で一旦停まった。
そこには、坂之下由美(女子7番)の、頭部の弾け飛んだ死体があった。その凄惨さに、思わず涼香は立ち止まったが、すぐにまた、歩き始めた。
―誰かが死んだからって、どうってことないじゃない。私だってもう、カノー君を殺したんだから。
そう、自分は既に狩野貴仁(男子5番)を殺したのだ。その事実は、涼香に自信を持たせていた。
そしてB−6辺りに来たとき、涼香の耳に、銃声が響き、涼香は前のめりに倒れた。右足が痛んだ。右足を銃で撃たれたらしい。
―誰が!?
涼香は振り返った。そこには、拳銃の銃口をこちらに向けた、以前も会ったクラスメイト、国吉賢太(男子7番)が立っていた。
「国吉…」
「また会ったね。世良さん」
賢太は相変わらずの柔和な微笑をたたえたまま、言った。
「悪いけど…世良さんにそっちに行かれたら困るんだよ。僕は」
「ふぅん…でも私も、死にたくなんかないから…ね!」
涼香はそう言ってもう一度西へ駆け出した。右足は痛むが、そんなことは気にしていられなかった。
賢太が追って来る音も聴こえたが、気にしている暇は無かった。
そして、B−5にある、吊り橋に涼香は辿り着いた。だが、そこでまた、銃声と共に涼香の右脇腹が痛んだ。今度は賢太が、右脇腹を撃ち抜いたらしい。
―まさか、もう終わり? 私の人生…。
そして近づいてきた賢太が、自分に向かって銃を構えた。
―本当に終わりなんだ…。
―もう一度、会いたかったよ…涼平お兄ちゃん…。
そこで賢太が一発、銃弾を放ち、その銃弾は涼香の頭部を捉え、涼香の思考は停止した。
「…義彦のいるところに行かれたら困るんだよ…」
そう呟いて、賢太は涼香の持っていたクロスボウを拾い上げると、吊り橋の向こうへと歩き始めた。
女子9番 世良涼香 ゲーム退場
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