BATTLE ROYALE
最後の聖戦


第77話

「ジンボを知らない?」
 唐突に、目の前の玲が言ったその言葉の意味が、啓一には理解できなかった。
―ジンボ? 何だ、それ…?
「このクラスに、五年前のテロの関係者として全国特別指名手配されている神保義郎がいるはずなのよ。誰がジンボなのか知ってたら教えてくれる?」
「…そのジンボとやらに…何か用でもあるのか?」
 啓一は、何とか言葉を紡ぎ出し、玲に言った。
「用なんてモノじゃないわ。私は奴をこの手で殺す。仲間たちの苦しみを味わわせてやるのよ」
―なるほど、そういうことか。
―要するに、コイツはそのジンボとかが関わっていた五年前のテロで大事な仲間を失った恨みを晴らそうっていうことなんだな…。
「…そんなに、俺を殺したいか?」
 啓一の耳に、唐突にそんな声が聞こえた。
「そんなに俺を―神保義郎を殺したいか? 牧原…」
 その声は、宇崎義彦が発していたものだった。
 横にいる国吉賢太は、黙っている。
―え? え? どういうことだ…? 義彦が、神保義郎だって? そんなの、初めて聞いたぞ? 何なんだよそれ…!
「お前が…仲間を殺したのかぁー!」
 そして玲の表情が怒りに染まると同時に、玲は手に持った猟銃をこちらに向けて乱射してきた。
「啓一、賢太、一旦退くぞ!」
 そう言って義彦は、爆弾を持ち、賢太と共に啓一に肩を貸しながら裏口に駆け込んだ。

「どういうことだよ…義彦…」
 啓一は、信じられなかった。義彦があの、全国を恐怖の渦に陥れたテロの関係者だったという事実が。
「…確かに俺の本名は、神保義郎だ。だけど俺は、あのテロ計画に親父に…『紅の星』のリーダー、神保正義に、無理やり参加させられたんだ」
「何だよ、それ…」
「親父は、俺に跡を継いでもらいたかったらしくてな。俺に爆弾の作り方やら、銃の扱い方やらを叩き込んだ。爆弾を今回作れたのも、起爆装置を持っていたのも、全部親父に叩き込まれ、起爆装置を渡されたから…。こんな時に役に立つなんて、思っちゃいなかったけどな」
「…」
 啓一は、黙って聞いていた。
「でも俺は、そんな生き方は嫌だった。俺は平凡でも良いから、幸せに暮らして行きたかった! でもあのクソ親父は、俺を自分の思うがままに育てようとしたんだ! そして五年前のあの日、親父は俺を東京に連れて行き…そしてあのテロが起こった。親父はこのテロで死に、親父の身元もすぐに割れ、政府はその時東京にいた息子の俺を、追い始めた」
 啓一は、絶句していた。
 義彦の告白は、ただ平凡に暮らしてきた啓一にとっては、ショッキングなものだった。
「俺は必死で逃げて、岡山までやって来て、ある養護施設に入った。そこは俺の正体が分かっていながら匿ってくれた。賢太とも、そこで知り合った。賢太は俺の正体を知ってる。同じ、親を恨むもの同士だったから、安心して話せた。親友にもなれたしな」
 そこで啓一は、賢太の顔を見た。相変わらずの顔だったが、少し憂いが見えたような気がした。
「でも…何でだよ? 何で俺や、貴仁や、浩介には話してくれなかったんだ? 俺たちはお前と賢太ほどの付き合いじゃないのかもしれない。でも…友達じゃないか! 大事な、大事な…」
 啓一には、その先の言葉が言えなかった。
「迷惑を掛けたくなかったんだ…」
 義彦が呟いた。
「賢太に全て話した後で俺は気付いちまった。もし俺の居所が政府にばれたら? 政府の奴らは俺の居場所を養護施設の先生や友達にも問い詰めてくるかもしれない! それで皆、黙秘したりしたら? 皆政府に反逆したってことで強制的に樺太へのキャンプ送りになりかねない! そんな迷惑を俺は掛けたくなんか無かったんだ!」
 だが、啓一は言った。
「言いたいことはそれで終わりか? なら俺も言わせてもらう! お前が俺たちの身が心配だったのは分かるよ、でもな? 秘密を作ってる奴なんか、俺は親友だなんて認めない! お互いの全てを知って、それを分かり合うことが出来る存在を、俺は親友だと思ってた!」
 啓一は必死でまくし立てた。
「分かってるよ! 俺だってそんなことは分かってるよ! だから俺は…これ以上皆に迷惑を掛けられない、だから…」
 そう言って義彦は、賢太の持っていた拳銃、ガレーシーを奪い取った。
「ここで死ぬ」
 そう言ってガレーシーの銃口を右こめかみに義彦が向けようとしたとき、賢太がその右手を取って言った。
「義彦…死ぬことは、ケジメになんかならないと思うよ? 自分が迷惑を掛けてると思うんなら…生きるんだよ。自分が迷惑を掛けて、死んでいったと思う人の分も。それがケジメってものだと思うよ?」
 さらに啓一が続けた。
「賢太の言うとおりだ。そして俺は…お前にケジメをつけさせたい。だから…」
 そこで啓一は、玄関に向かって走り出した。玄関先には、玲が来ているはずだ。現に玄関口のほうから、玲の怒声が聞こえる。
「俺が牧原を引きつけるから、お前と賢太で本部に爆弾を突っ込ませろ! それがお前の、ケジメのつけ方だ!」
「啓一!」
「義彦、今のうちに裏口へ行くぞ」
「しかし…」
「義彦。お前はケジメをつける必要があるんだ。だから行かなくちゃならないんだ…」
「…ちくしょう!」
 二人は裏口へと駆け出して行った。

―二人とも、上手く出られたか?
 啓一は、玄関口へと近づいていた。
 まず間違いなくそっちには、玲が猟銃を構えて待っているのだろう。それは先程からの玲の怒声の聞こえる方向からも明らかだった。
 おそらく啓一は、玲に殺されるだろう。だが、啓一はそれでも構わないと思っていた。
―義彦に、俺の親友にケジメをつけさせる!
「うおぉぉぉぉぉっ!」
 啓一は勢いよく、玄関から飛び出した。予想したとおり、そこには牧原玲がいた。
「神保義郎は…何処へ行った!」
 玲が叫ぶ。
「あいつは…今までのケジメをつけに行った。脱出を絶対成功させるっていう…方法でな」
「ふざけるな!」
 玲が猟銃の引き金を引き絞り、銃弾を放った。啓一は何とか横に飛び退いた。
「私は仲間たちの仇を討つ。そのために…神保義郎は殺さねばならない!」
「牧原。あいつはもう十分に苦しんだはずだ」
 だが玲は首を横に振った。
「まだだ! あいつも苦しみながら殺してやるんだ! それに奴は、国家に反逆した犯罪者なんだぞ? 殺人者なんだ! 血も涙もない奴だ! 何故そんな奴を守ろうとする!」
「…それは、俺があいつの親友だからだ! 俺はあいつのことを信じている。テロリストの一人だからって…あいつが悪人じゃないことを俺は知ってるつもりだ」
「何!?」
「あともう一つ言わせろ。いいか…? 俺はお前が味わった苦しみがどれだけのものかは知らない。あいつへの…義彦への憎しみがどれだけのものかも知らない。でもこれだけはきっぱりと言える! 復讐なんかしたって、何にもなりやしない!」
 啓一は、自分の思っていることを、全部玲にぶつけた。
「うるさい…黙れ! 私は奴を殺す! だから私は…修羅の道を選んだ! 今更もう、戻れないし、奴を許すことは出来ない! 死ね!」
 玲が猟銃を啓一に向けた。啓一は、悟った。
―…俺も、ここで終わりか…。でも、義彦がいなきゃ、俺は希望を持てなかった…。ここまで生き延びることも出来なかった…。ありがとうな、義彦。
 猟銃から放たれた鉛弾が、啓一の喉、ちょうど首輪の辺りを正確に捉えた。その瞬間、首輪がぼん、という音と共に吹き飛び、啓一の頭部と胴体は皮一枚で繋がった状態になり、そのまま崩れ落ちた。
 玲はすぐに、走りだした。宇崎義彦―神保義郎を追うために。

 男子21番 和歌山啓一 ゲーム退場

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