BATTLE
ROYALE
〜 最後の聖戦 〜
第79話
もう、プログラム会場にははっきりと分かるほどに雪が積もっていた。
姫野勇樹(男子15番)は、一人E−10に立っていた。
そこは、自分の前で死んだ谷川つかさ(女子10番)と初めて出会い、合流した場所だった。あの時から死ぬまで見ていたつかさの顔が思い出された。
「…谷川…俺は絶対に、杏樹を見つけてみせるぞ…」
二人が会った場所で、勇樹は改めて富森杏樹(女子12番)を探し出してみせることを誓っていた。
その時だった。
「皆さん、こんばんは。担任の尾賀野です!」
―そうか。もう、放送の時間か…。
勇樹は近くの木にもたれかかって(ちなみにそれは、谷川つかさがもたれかかっていた木だったが、勇樹はそんなことは知らない)、内容をメモする準備を始めた。
「それではまず、これまでに死んだクラスメイトの名前を発表します。まず、女子9番、世良涼香さん。男子20番、吉田晋平君。男子21番、和歌山啓一君。男子7番、国吉賢太君。男子2番、宇崎義彦君。以上五名。残りはもう少ないです。もう少しですから、頑張って下さい。それじゃ次の禁止エリアの発表を、彬合先生にしてもらいます」
そして声が、彬合晴知のそれに変わった。
「それでは、禁止エリアの発表です。1時から、C−10。3時から、D−1。5時から、H−2。以上です。それでは、次の放送があったらまた会いましょう」
放送は終わった。
「何だと…?」
勇樹は、メモをしている右手の運動を止めた。
杏樹を見つけたら、一緒に脱出しようと話した宇崎義彦(男子2番)と和歌山啓一(男子21番)、さらに二度も出会った国吉賢太(男子7番)、つかさを助けたとき、この場所でつかさを襲っていた吉田晋平(男子20番)。
皆、死んでしまったというのだ。
「そんな…」
―何でだよ、宇崎…。脱出するんじゃなかったのかよ? 生きて帰るんじゃなかったのかよ? 俺…お前とはひょっとしたら気が合うかもなって思ってたのによ…。
「何で死んじまったんだぁっ!」
思わず叫んでいた。
これで生き残ってるのは俺と杏樹、大成、白鳥に向井、そして牧原と…。
そこまで考えて勇樹は、何者かの気配を感じ、その方向を向いた。
そこにいたのは、金髪の少年だった。その少年は、こちらへとふらふらと歩いてくる。
―あいつだ。
見間違うはずがなかった。自分の目の前でつかさと曽野亮(男子11番)をあっさりと、そう、勇樹から見れば、まるで小さくて弱い虫を足で踏み潰すかのように殺してみせた男。
横井翔(男子特別参加者)だった。
―あいつは強い。いくらマシンガンを持ってる俺のほうが有利と言っても…奴は戦い慣れてるような動きだった。勝てるか? 俺が…?
「…ん?」
そこで勇樹は、翔の様子がおかしいのに気が付いた。こちらに向けた表情は虚ろで、まさしく精神を病んだ者の顔だった。
少なくとも、その表情は以前勇樹が見たものとは明らかに違っていた。
そして勇樹は、見た。翔の右手がゆっくりと持ち上がり、勇樹のいる方向に、その手に握られた拳銃、亮が持っていたグロッグ18の引き金にかかった翔の人差し指に、力が込められるのを。
「―!」
勇樹は素早く、飛び退いた。
勇樹が近くの茂みに飛び込んだのを、翔は見ていた。
―ちくしょう、ちくしょう! 何が呉道教だ! 藤平卓真ぁ? そんな奴は俺は知らない! 俺は横井翔だ! 父上が俺の本当の両親を殺した? そんなはずがない! 嘘だ、嘘だ! 嘘に決まってる!
「うらぁぁぁ」
翔は勇樹が隠れた茂みに向かって突っ込んでいった。翔にはもはや、冷静な判断能力は無くなっていた。
だが勇樹はどうやら、翔が突っ込んでくるとは思わなかったらしく、慌てた様子で茂みから飛び出した。
「死ねぇー!」
翔はすぐにサーベルを持って勇樹に斬りかかった。勇樹もマイクロウージーを構えて翔の方向へ向き直る。
―殺してやる! 殺してやる! 俺を欺こうとしている奴ら皆を殺してやる!
だがその時、翔の脳裏を何かが過ぎった。
崩れ落ちる二人の男女。それは…自分の面影がある二人。
その二人を刺した男。それは年老いた、平次郎に似た男。
立ち尽くす少年。紛れもなくそれは、翔自身。
そして駆け出した平次郎に似た男。倒れこんだ二人の男女に縋りつく翔。
そしてそれからしばらくして、大爆発。吹き飛ぶ翔。
「う…うあぁぁぁ!」
翔は頭を抱え込み、叫んだ。目の前の勇樹は、翔の異変に、何が何だか分からないといった表情をしていた。
―奴の言ったことは…事実、なのか? 本当に父上が…俺の本当の両親を?
そこで翔は、他にも以前から疑問に思っていたことを思い出した。
自分が刃物を好むこと。暗殺になら銃にサイレンサーを着けたりしても構わないはずだ。しかし翔は何故か、刃物に拘った。その理由も自分では分からなかった。
だが今、その理由を思い出した。
記憶を失い平次郎に引き取られてから気付いたことがあった。平次郎は刃物の扱いが上手かった。それは神業と言うに相応しかった。
そんな平次郎に、翔は尊敬の念を抱いた覚えがある。
だからだったのだ。平次郎に憧れて、刃物を上手く扱いたくなったのだ。
だが平次郎は、その神業的な刃物の扱いで、翔の本当の両親を殺した。
翔は気付かずに、両親を殺した刃物の扱いを覚えていたのだ。
―自分は、周りに踊らされていた―。
―そんな…そんな…!
「うおぉぉぉぁぉぉぉ!」
翔は膝をがくっとついた。右手からサーベルが、滑り落ちた。
そして目の前で訳が分からないといった様子でこちらを見ている勇樹に、言った。
「俺を…、俺、を、殺してくれぇ…」
「何だと?」
「たの、む…俺、を…」
涙が溢れだした。目の前の勇樹の顔が見えなくなる。嗚咽を堪えながら、翔は再び言った。
「殺して、くれ」
すると勇樹は、サイレンサーの着いたワルサーを取り出し、翔の額に押し付けた。
「何か言い残すことは、あるか」
「…すまないことをした…それだけ、だ」
「…そうか」
勇樹が呟いた。
―父上。あなたが自分の両親を殺したのですね。今それを、認めることが出来ました。
―しかし自分は、今でも貴方を尊敬しています。何があろうと貴方は、自分の恩人ですから―。
勇樹がワルサーの引き金を絞り、銃弾を放った。
それはあっという間に翔の額に吸い込まれ、一つの穴が穿たれた。
そして翔の身体は、その場に仰向けに倒れた。その死に顔は、安らかだった。
こうして、世の中に翻弄された者の一人がまた、命を落とした。
勇樹はしばらく、その場から何故か動けなかった。
男子特別参加者 横井翔 ゲーム退場
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