BATTLE ROYALE
最後の聖戦


第80話

「義彦…賢太…啓一…。晋平…」
 エリアで言うと、I−7辺りに位置する市役所の中。その窓口の陰に隠れるようにして、
白鳥浩介(男子9番)は座り込んでいた。
 少し前の放送で、浩介は仲間をいっぺんに失った。
 普通の中学生「白鳥浩介」として過ごしていたときの親友、
国吉賢太(男子7番)和歌山啓一(男子21番)。特に賢太とは戦ったとはいえ、一度会っているだけにより辛く感じた。
 呉道教の幹部の一人であり、教祖「白鳥浩介」に協力してくれた
吉田晋平(男子20番)
 そして
宇崎義彦(男子2番)、いや―神保義郎。
 浩介は、「神保義郎」としての義彦とは、直接面識はない。
 しかし、上祭中に入学してきたとき、初めて義彦と出会ったとき、浩介は感じたのだ。他の普通の生徒とは違う、何か重いものを。
 そして気になったために調べてみた結果、義彦が神保義郎だと知った。
 それから浩介は、義彦たちと仲良くする一方で、義彦が関わったテロについて信者たちに調べてもらうことにした(藤平良二の件も同時に調べてもらった)。
 そして遂に知ったのだ。あのテロの真相を。神保義郎を含め、反政府組織「紅の星」は無実だと言うことを。そしてこのテロの背後には、浩介も予想していなかったものが隠されていたことに気が付いた。
 だからこそ、浩介は優勝を目指すのだ。この国を、変えるために。そして大きな過ちを犯している
横井翔(男子特別参加者)牧原玲(女子特別参加者)をこの手で葬ってやること。
 これが、二人へのせめてもの情けだと思っているからだ。
 しかし、先程響いた銃声に、浩介は何か不安を感じていた。
―何か…良くないことが起こったのでは…。
 浩介の予感は当たっていた。その音は全てを知る前に、横井翔が
姫野勇樹(男子15番)に射殺された音だったからだ。

 一方、その姫野勇樹はまだ、E−10に立ち尽くしていた。
 足元に転がる、横井翔の死体。

―俺は、人を殺した。

『向こうが襲ってきたんだ。正当防衛じゃないか』

―いや違う。横井は、何故か最期は何もしてこなかった。

『向こうが殺してくれって言ってきたんだ。あいつの言った通りにしたお前は悪くない』

―うるさい、消えろ!

『…』

―さっきから幻聴が聴こえる。しかしこの声は…俺、か…?
―俺は殺人を正当化しようとしているのか? 心の底ではそう思ってるのか?
―だとしたら…俺は…。

「ちくしょおぉぉ!」
 思わず叫んでいた。大声を出すのは危険だとは思った。だが、止められなかった。
「くそぉっ!」
 勇樹は思いっきり自らの右頬を張った。
―何考えてんだ俺は! くそ! 馬鹿が!
―俺は杏樹を探さなきゃなんないんだ! 杏樹は、無事だろうか?
「杏樹…待っててくれよ」
 勇樹はようやく、移動し始めた。

 
富森杏樹(女子12番)は、立ち尽くしていた。
 今いるエリア、D−8。
 そこに転がる、
古賀健二(男子8番)浜口武(男子14番)布川和政(男子17番)の死体。
 顔が青紫色に変色しきっている健二。側頭部に風穴の開いた武。そして、頭部がグシャグシャになった和政。
 今の自分は、彼らがどんな人間だったかを知らない。記憶がないから。しかし、彼らがどれだけ生きたかったかが分かる。死にたくなんかなかったのは、分かる。
 何だか、記憶を失った自分が怖くなってきた。
 冷めすぎている気がする。人の死に対して。
 以前、
中元理沙(女子13番)にアルコールランプを投げつけたときから、そう感じるようになっていた。
 きっと自分は、記憶を失う前はそんな人間じゃなかったんじゃないかと思う。
 だから怖いのだ。自分が、記憶を失った自分が、悪い方へ悪い方へ流れているのではないか。そう思うのだ。
 そして、先程の放送のことを思い出した。
 既に、自分に以前話しかけてきた
世良涼香(女子9番)も、杏樹を助けてくれた国吉賢太(男子7番)も(尤も、賢太は杏樹の前で元野一美(女子19番)を殺していたが、記憶を失った杏樹はそのことを知らない)死んでしまった。
 もう殆どの生徒が死んでしまっている。だが…。
「姫野、君…」
 杏樹はたどたどしく、国吉賢太の言った名前を口に出した。
―私を探している人…きっと、記憶を失う前の私にとって、大切だったはずの人が…まだこの会場に生きている。
「姫野君…」
 杏樹は、ゆっくりと歩き始めた。

 
向井遥(女子18番)は、海を眺めていた。
 J−5にある旅館の一室のベランダ。居間にはまだ、
畑槙乃(女子15番)の惨殺死体が転がっている。
 あれからまだ、遥はこの部屋にいた。
―うーん、もっといたぶって殺せばよかったかな? ちょっとあっさりしすぎたし…もう少しじわじわと…ね。
 槙乃は気付いていなかったが、遥はこっそり、槙乃を眠らせて拘束している間に、ちょっとずつだがナイフで傷を加えていた(槙乃は遥に対する恐怖が先走って、そちらにまで気がつかなかった)。
 そして、今も生き残っている教祖様―
白鳥浩介(男子9番)のことを考えた。
―教祖様…何故私の願いを聞き入れて下さらなかったのですか?

 遥は仙台で生まれたが、五年前のテロで家族を皆失った。遥は調査隊に発見されることなく、同じ境遇の人たちが集まっていた廃墟にいた。
 そこで遥は見た。今回の槙乃のように、身動き一つとることもできずに死んでいく重傷者たちを。そして、何か高揚感を覚えた。
 三日後、外に出た遥はようやく発見され救助された。遥は、廃墟で暮らしていたと、調査隊に語った。だが、遥以外の誰も知らない事実がある。
 遥は自分がいた廃墟を教えなかった。そして…ある廃墟から、何人もの死体が見つかったのだ。人とも判断できないような姿で。
 そう、既に遥は殺人者だった。その廃墟にあった少ない食料を手に入れるため。そして…高揚感を満たすため。
 遥はその事実を隠しながら、岡山のある養護施設に入った(
宇崎義彦(男子2番)国吉賢太(男子7番)のいたものとは別だった)。あのときの高揚感は今も続いていた。
 そして中学生になったとき、浩介に出会った。
 浩介の雰囲気から、ある種のカリスマを感じた遥は、自分の性癖について相談した。
―自分は、異常者なのではないか。
 あのときのような極限状況では仕方ないにしても正直、日常生活ではこの高揚感に悩まされっぱなしだった。
 浩介は全てを聞いた後、言った。
―君は異常じゃない。どうしても気になるなら、うちの教団に来るかい? 色々相談に乗れるかと思うけど…。
 遥は、その話に乗った。そして、あの高揚感もだんだんとおさまり、普通の生活が出来るようになった。
 だからこそ浩介を信じて、今回の計画にも乗ったのだ。
 だが、
三木元太(男子18番)のあの死に様を見て…また高揚感が湧いてきてしまった。
 最初の浩介との連絡で、それを伝えた。だが、浩介には遥の変化が完全には読みきれなかった。その結果、ぞんざいな対応になってしまった。
 そしてもう、遥の高揚感は留まることを知らなかった。そして槙乃を拘束した。それを知った浩介は、少し怒った口調になった。
―教祖様は、私のことを分かってくれていない!
 そう思った遥は、浩介からの離反を決意した…。

「さて…と」
 遥は部屋を出た。
―教祖様が許せない…教祖様も、私が…。
「教祖様を、この手で…教祖様を、この手で…」
 遥は少しずつ、狂い始めていた。

「くそ…血がなかなか止まらねぇ…」
 
立川大成(男子12番)は、吉田晋平(男子20番)に刺された腹部を押さえながら、ふらふらした足取りで、D−6の森の中を歩いていた。
 眼も霞んでくる。自分が長くないのはもう分かっていた。
―でも…、何かやってやらないと…死んでも死にきれねぇ…。
 だが、仲間の
姫野勇樹(男子15番)はおろか、先程から誰の姿も見かけることがない。そしていつに間にか、残りは特別参加者を含めて七人になっていた(横井翔(男子特別参加者)が死んだので、残り六人だが)。
「ちくしょう…頼むからもう少し持ってくれよ…!」
 大成は、祈っていた。

 C−1の茂みの中で、
牧原玲(女子特別参加者)は、寝転がっていた。
 正直、もう目的の殆どは果たしたと言ってよかった。あとは、優勝するだけだった。
 しかし、脅威になりそうなのは
横井翔(男子特別参加者)ぐらいだろうと、玲は思っていた(尤も、その翔も既に死んでしまったが)。
―まだ一度も休んでいない。それに、仲間の仇は取れたんだし…少しは休もう…。
―最後の戦いに向けて…。


―戦いは遂に、最終章へと突入する…。

 終盤戦終了――――――――

                           <残り5+1人>


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