BATTLE ROYALE
最後の聖戦


第83話

 エリアで言うと、F−6になるだろうか。
 そこに、
立川大成(男子12番)はふらふらした足取りで現われた。
 その顔はもはや、血の気が引いてしまって、蒼白になっていた。さっきまで降っていた雪は、遂に止んだようだ。
 大成は、近くに大木を見つけるとそこに寄りかかった。
「…勇樹…富森…何処にいるんだ?」
 大成は呟いた。
 まだこの会場の何処かで生きている、仲間の
姫野勇樹(男子15番)とその恋人の富森杏樹(女子12番)のことを考えていた。
 勇樹とは結局、喧嘩別れになって以来、一度も会っていない。
―勇樹は今…どうしているんだろうか…。
 ふっと大成は息をついた。吐いた息は白くなり、空気中に消えた。
 もうこのゲームも、終わりが近づいている。万に一つも大成が生きて帰れる可能性はゼロだ。大成はそう思っていた。
―でも、何かをやってから死にたい。犬死だけは御免だな。
 そこで大成は、何か物音を聞いた。
―特別参加者か!?
 そう思った大成は、身体を必死に動かして近くの茂みに隠れた。そして物音のした方向をよく見てみた。
―あれは…勇樹じゃないか…。
 物音のした方向から歩いてくるのは、生き残っている中で信用できる数少ない人物、姫野勇樹だった。だが大成は、勇樹の前に出て行けなかった。
―体が、動かせ、ない…。ヤバイかな…?
 その時、大成の歩いてきた方向から、富森杏樹が現われたのを、大成は見た。しかし大成は何故か、動けなかった。

 おそらくこの会場中にある木の中で、一番大きいのではないかと思われるその大木の前に、姫野勇樹は現われた。
 勇樹はついさっき、この辺りに人の気配がしたのを感じた(事実、そこの大木にさっきまで立川大成が寄りかかっていた)が、その人物はもういなかった。
―少なくとも、残りは五人だ…。
 勇樹は生き残っている生徒と特別参加者の数を反芻した。
―杏樹はまだ生きている。希望はまだある。だが、杏樹や、大成を見つけられてもまだ問題は残る。
―脱出する方法、だ。
 既に、勇樹が期待していた
宇崎義彦(男子2番)和歌山啓一(男子21番)は死んでしまっている。そんな状況で、どうやって脱出するのか、だ。
 脱出がならなければ、今生き残っている勇樹、杏樹、大成の三人が一緒に生きて帰ることは出来ない。
―そうだ。俺が脱出方法を考えれば…無理か。俺は宇崎ほど頭は切れない。逆立ちしても無理だろうな。
 勇樹は既に、杏樹や大成との脱出を諦めかけていた。その時だった。
「あ、あの…」
 杏樹の声がした。間違いない。聞き間違えるはずがない。
―だって俺は杏樹の恋人なんだ。聞き間違いのはずがあるか!
 勇樹は四方を見回した。そして…捉えた。ずっと、このゲームが始まってからずっと探し続けた彼女を―富森杏樹を。
「あ…杏樹!」
 勇樹はそう叫んで、杏樹のもとへ駆け寄った。
 杏樹は、ぼおっとした眼で勇樹を見ている。そして言った。
「えっと…あなたは…確か…えと…」
 そこで勇樹は、杏樹が記憶を失っていることを思い出した。そして同時に、目の前にいる勇樹が何者かを思い出しかけていること、しかし思い出すのに重要な、勇樹の特徴が今はないことに。
 すぐに勇樹は自分の右手で、後ろの髪を束ねて見せた。
「思い出してくれ、杏樹…。俺だよ、姫野勇樹だ。お前の、恋人の、姫野、勇樹だ! 思い出せ…俺はこんな髪型してたんだ…頼む、思い出してくれぇっ…」
 勇樹の眼から、涙が一筋、零れ落ちた。
―どうだ…? 思い出してくれるか…?
 すると杏樹は、懐から上祭中の生徒手帳を出し、その中から写真を一枚取り出した。それは、勇樹の写真だった。
 勇樹はそれを見て、杏樹を付き合うことになって一ヶ月ほどした時のことを思い出した。

 その日は、クラスの総合学習の調査を行う日だった。普段は勇樹も、
城戸比呂斗(男子6番)たちも行きたがらないのだが、アニキこと横川将晴に必ず来るように言われたために、参加したのだ。
 そして比呂斗たちは気を利かせたつもりなのだろうか、杏樹を班に入れたのだ(
菊池麻琴(女子5番)世良涼香(女子9番)元野一美(女子19番)は快くオーケーしてくれた、と津脇邦幸(男子13番)が言っていた)。
 やがてその日の調査が終わりかけていたとき、
平田義教(男子16番)が言ったのだ。
―勇樹と富森さんで、ツーショット写真撮ったら? 何なら俺が撮ってあげるけど。
 そう言われて別に悪い気はしなかったので、2枚撮ってもらった。
 その後現像した写真を杏樹に一枚あげたら、もの凄く喜んでいた。そして言っていた。
―ずっと大切にするから。

―まだ、持っていたのか…。本当に、大切にしてたんだな…。
 その写真の勇樹と、目の前の勇樹を見比べた杏樹は、呟いた。
「あなたが…姫野…君…」
「そうだ、俺は姫野勇樹だ! お前の恋人の、姫野勇樹だ! お前をとにかく大事に思ってる、姫野勇樹だよ!」
 すると杏樹は俯いた。しばらくすると、その華奢な肩がふるふると震え始めた。手に持った写真に、水滴が一滴、また一滴と滴った。
 泣いている。杏樹は今、泣いているのだ。
「杏樹…」
 勇樹は杏樹に声を掛けた。すると、杏樹は顔を上げた。その顔は涙に濡れて、くしゃくしゃになっていた。
「勇樹…勇樹!」
「杏樹! 思い出してくれたのか、杏樹!」
「勇樹だぁっ…勇樹が目の前にいるよぉっ…逢いたかったよぉ…」
 杏樹はそのまま、勇樹の胸に身体を預けそのまま泣き続けた。
「勇樹がいる…勇樹が…い、る…」
 杏樹はしばらく、泣き続けた。勇樹は杏樹に身体を預けさせたその状態で空を見上げた。
―元太、義教、コンタ、比呂斗、宇崎、和歌山…谷川。俺は、無事杏樹に会えたぞ。
 眼から、涙が零れ落ちた。さっきも涙が出たことを思い出して、柄にもないな、と勇樹は思った。

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