BATTLE
ROYALE
〜 最後の聖戦 〜
―今日は、あの方について聞きたいのですが…。
―ああ、彼のことですか? 分かりました、話しましょう。彼と出会ったのは五年前のことでした…。
エピローグ1〜時田裕司の証言〜
2017年、東京都は世田谷区にある一軒のマンション。
その一室で一人の女性がキッチンに向かっていた。
そしてドアが開く音と共に、一人の男性が現われた。
「おはようございます、神野さん」
その男性―時田裕司(30歳)はキッチンにいる女性に話しかけた。
「あら、起きたのね? 裕司君」
この部屋の住人でもある女性―神野優(35歳)は振り向いて言った。その顔の右目には痛々しい傷があったが、それでも優には大人の魅力というものが感じられた。
そんな優は正直言って、裕司の憧れだった。
「彼女はまだ寝てるの?」
「あっ、はい。昨日アメリカから戻ってきたばかりなので…」
「そっか…疲れてるんだね」
「そうだと思います」
裕司が自分の妻―彩を連れて、15年ぶりに大東亜共和国に帰ってきたのはつい昨日のことだった。
裕司と彩はともにペアバトル制のプログラムに優勝し、その後米帝―この国で言うアメリカのことだ、に渡った。そして二人は反政府組織「大東亜解放戦線」を結成した。同志も少ないながらも揃ってきた。
その中には、同じプログラムで共に闘い、脱出に成功した白石京介(しらいしきょうすけ)と青山彰子(あおやましょうこ)もいた。
そして今年、遂に大東亜共和国転覆の計画を実行に移すために帰国したのだ(京介と彰子は遅れて帰国する予定だ)。
国内にもメンバーがいるので、彼らと合流して行動する予定だ。
だが、難点が一つあった。計画を行うにあたって、当然戦いは避けられないのだが、装備、戦力共に不足している。
それが唯一にして最大の難点だった。
「大丈夫なの? 裕司君…無理は駄目よ」
「はい…」
そこで裕司は一つの疑問が湧いた。
優は未だにこのマンションに住んでいた(近況は大体エアメールで知らせてもらっていた。韓半民国経由で届いたものだが)。だが、優はまだ独身なのだろうか?
「あの…神野さんは…結婚とかしないんですか?」
「えっ?」
作った食事を皿に盛り付けていた優は、予想していなかった質問に、驚いた顔をした。
「いや…まだこのマンションに住んでるみたいですし…」
「結婚なんて無理よ。この傷見たら皆ひいちゃうんだもの」
優はあっけらかんとして言った。
そう。優の潰れた右目の傷。それのことを彼女は言っているのだ。
裕司は即座に理解した。
「とにかく…計画を実行するにも…まだ人手も装備も足りないんで…こっちで人手集めしようかと思います。アメリカじゃ上手く集まらなかったんで…」
「でもこっちだと…スパイが紛れ込んだりしない?」
さすが神野さんだ、と裕司は思った。鋭いことを言う。
「その通りです。だからそういう行動においては細心の注意を払う必要があります」
裕司はテーブルについた。
「そう…でも、気をつけるのよ?」
優が料理を裕司の前に置いた。
「はい、分かってます」
裕司はそう言いながら、料理を口に運んだ。
「神野さんも入りますか? うちの組織」
「何言ってるの、私なんか入っても役に立たないし、だいいち私の職業を考えてごらんなさいよ」
「あっ、はい」
優は今、この国の警察官になっている。最初にエアメールでそれを知ったとき、何故なのかと思った。
優は政府を恨んだりしていないのか、と思い、少しばかり失望しかけた。だがそれは違った。彼女はエアメールの最後にこう書いていたのだ。
―「裕司君は何故? って言うだろうけど…私はこの国の中身を少しだけでも知りたいの」と。
裕司は以前優から聞いたことがある。彼女の銃の腕前はかなりのものらしい(本人は「プログラムで覚えちゃったんだろうね…」と哀しそうに言っていた)。
だからこそ誘ってみたが、やはり無理があったようだ。
「まあ、安心して。私は裕司君の味方だから」
「ありがとうございます」
その時、この部屋のチャイムが鳴り、優が応対に行った。裕司は身を隠そうかと思ったが、やめた。政府の連中だったとしても、自分のことが分かるとは思えなかったからだ。
何せ自分は、ついこの間までアメリカにいた人間なのだ。
そう思っていたところに、優が戻ってきた。
「裕司君…誰か知らないけど、あなたに会いたいって人が来てるんだけど…」
「…まさか、政府の連中じゃないですよね?」
すると優は首を横に振った。
「それはないわ。私も訊いたもの。そしたらその人、慌てて違うって言ったし…」
「はあ…」
裕司は考えた。相手が優に嘘をついている可能性も否定できない。しかし…、
―何故そいつは、俺がここにいるのを知っているんだ? 俺は昨日帰国したのに…。
「神野さん、俺がここにいるのを知ってる理由は訊いたんですか?」
「ええ、もちろん政府の人間かもしれない、って警戒して訊いたわ。そしたら…信者に調査してもらったから、って…」
「信者…?」
―とにかく、危険人物ではなさそうだ…。
裕司は結局、そう判断して玄関へと向かい、そのドアを開けた。
そこには、裕司よりも年下に見える一人の男性が立っていた。その雰囲気は物静かで、その風貌とは正反対のちょっとしたことでは変わりそうもない強い意志の感じられる人物だった。
「あなたが…時田裕司さんですか?」
「そうですが…あなたは?」
「申し遅れました。私は…白鳥浩介と申します」