BATTLE ROYALE
誓いの空


試合開始
Now17students remaining.

第1話

 1998年7月20日、瀬戸内海に浮かぶ、一つの小さな島。
 その島で唯一の中学校に向かう、一人の少年がいた。
 その少年、
大谷俊希(山口県立殿場中学校3年1組2番)はのんびりとした足取りで殿場中学校へと向かっていた。今日は終業式なのだ。
 俊希が住むこの島、殿場島(とのばじま)は、山口県の一部でもある、小さな小さな島だ。
 俊希たちの通う中学校、殿場中学校も俊希たちの代でその歴史が終わることになっていた。もうこの島に、自分たちより年下の子供は数えるほどしかおらず、皆本土の学校に編入された。
 つまり、この島のこの学校に通えるのも、あと僅かしかなかったのだ。
「何辛気臭い顔してんだ、俊希? …って、いつもと同じか」
 俊希は不意に声を掛けられて振り向いた。そこには同じクラスの(といっても俊希たちの1組以外には2組しかないのだが)
能代直樹(7番)が立っていた。
「何だよ、能代か…」
「何だはないだろ」
 そう言いながら、二人はまた歩き出していた。
「また、考えてたのか?」
「え?」
「この島の学校に通うのも、俺たちで終わりってこと」
 直樹はあっさりとそう言った。
「ああ、まあな」
「そう考えてもしょうがないだろ? これがこの島の運命だったんだよ。このご時世、こんな辺鄙な島で誰が暮らそうと思う? こんな島で細々と漁業や農業なんかやって暮らすより、本土に出て働いた方が稼ぎも良いんだしな」
 直樹はまたしてもあっさりと言ってのけた。
 そう、直樹はこういうタイプなのだ。
 いつも物事を俯瞰して見ている。一歩引いて見ているのだ。まるで、自分のことではないかのように。
 でも、そんな直樹もこの島を離れることになることを嫌がっているのはよく分かった。そういう奴だ、直樹は。
「でもさ…人がいないから俺たち、最後の大会、出られなかったんだぜ…?」
「まあ、本土の高校に行って、やれば良いじゃんか」
 俊希と直樹は、殿場中の野球部に所属していて、人数が少ないからと、2年の夏辺りから試合には出ていた。
 俊希は強肩のライト。直樹は俊足のセンターとして活躍していたのだが…自分たちの代では野球部員は2組の奴も合わせて5人しかいなかった。だからこの夏の大会は、棄権する他なかった。それが俊希は悔しくてたまらなかった。
「そうだけどさ…」
「同じ高校に行ってさ、二人でまた一緒にやりゃいいじゃないか」
「そうだよなぁ…」
 そんなやり取りをしているところに、二つの人影が見えた。
「よう、俊希に能代」
「オッス」
 そう言って声を掛けてきたのは、クラス委員長の
石城竜弘(1番)とその友人の佐野雄一(4番)だった。
 竜弘は相変わらず、委員長とは思えないほどのだらしない服装をして、にかっと笑っていた。
 雄一は竜弘に比べると幾分かマシだが、それでも髪は少し茶色に染まっている。
 そう言えばこの二人も、サッカー部で活躍していたが俊希たちと同じく、部員数の関係でこの夏を諦めたのだ(おそらく団体競技の部活は全部駄目だっただろう)。
「明日から夏休みだなぁ、オイ」
 竜弘が言った。
「ああ、この島で迎える最後の…な」
 雄一が付け加えた。
「何だ、佐野までそんなこと言うのかよ…。俊希もさっきまで似たようなこと言ってた」
「…ところで、マッシーはどうした?」
 俊希は竜弘と雄一に言った。マッシーとは同じクラスの
鈴木政仁(5番)のあだ名だ。いつも竜弘や雄一と一緒にいるのに、今日は何故かいなかった。
 だがすぐに俊希は、この質問は無意味なことを悟った。
「いつものやつ」とだけ、雄一は言った。それですぐに分かった。
 政仁は遅刻魔なのだ。それもその気になったら昼まで起きないほどの眠るの大好き人間だからこそ成し得る業だと、俊希は思う。
「なるほど、これじゃ終業式が終わってからの登校になるかもな…」
「そうだな」
 俊希と直樹は揃って言った。竜弘と雄一も笑い始めた。
―ああ、平和だ。
 俊希はそう思っていた。このクラスメイトたちと一緒でいたい。それが俊希の願いだった。
 四人はそのまま、学校へと向かった。

 しばらくして4人は、3年1組の教室に着いた。
「よっ、大谷!」
 そう話し掛けてきたのは、
松谷沙耶(10番)だった。
 相変わらず、口調が女のはずなのにやや荒っぽい。だがその分姉御肌で、さっぱりとしたいい女だ(もっとも、別に俊希は沙耶が好きだったりはしない)。
「何だよ、松谷」
「いやさ、実は麻里が話したいことあるんだってさ」
「? 何だよ、草川」
 俊希は席に着きながら、隣の席の少女、
草川麻里(3番)に言った。沙耶と麻里は姉妹のように仲が良い(俊希もこの二人とはよく話す)。
 ごくごく平凡なボブカットの頭をした(いつも通りだな)麻里は、ぼそぼそと話し始めた。
「あ、あの…夏休みに、私と、沙耶と、俊希君とで…何処か、遊びに行かない?」
「え? 男は俺だけ?」
「う、うん…駄目かな?」
 俊希は少し考えた。
―そうだな…沙耶と麻里か…普段仲良いしな、それなりに…。
「いいぜ」
 俊希はそう言った。すると麻里はニコッと笑った。
「ありがとう」
―凄く良い笑顔するよな、コイツ。
 俊希はそう思った。俊希はそんな麻里の笑顔が好きだ、正直な話。
 そんな時、直樹は直樹で、仲の良い
鶴見勇一郎(6番)東野博俊(8番)の二人と話を始めていた(俊希もこの二人とはよく話すが、直樹ほど親しいというわけではなかった)。
 その近くでは
宮崎紀久(11番)森木真介(12番)脇坂将人(17番)を相手に話をしているようだった。
―本当に良いクラスだ。皆、良い奴らだ。
―ただ一人を除いて。
 そこで、教室のドアが開き、その「ただ一人」―
山吹志枝(14番)が教室に入ってきたのを見ると、すぐに俊希はそっぽを向いた。
 この山吹志枝が、俊希は大嫌いだった。多分一生、嫌い続けるだろう。
 志枝はとにかく意地が悪く、すぐに他人のあることないことを言いふらして回るうえ、何も出来ないくせに虚勢を張る。そんな志枝を俊希は色々な事情から憎悪していた(だが彼女とよく一緒にいる
船石裕香(9番)山下由里加(13番)は志枝と比べるとかなり親しみやすいが)。
 まあ、何はともあれこうして鈴木政仁を除く全生徒が揃い、やがて始業を知らせるチャイムが鳴り響いた。
 そしてドアが開き、教室に担任の笹川恭子(ささがわ やすこ)先生が入ってきた。
「あれ? またマサヒーは遅刻?」
「そうだと思いますよー」
 笹川先生の質問に、竜弘が答えた(笹川先生は政仁をマサヒーと呼んでいる)。
「しょうがないなぁ…じゃあホームルームをします」
 そう言って笹川先生は教卓に立った。その時、ドアが開いて他の先生が入ってきた。その先生は笹川先生に何事か耳打ちした。すると笹川先生は教室にいる生徒たちに向かって言った。
「ちょっと、緊急の職員会議らしいからちょっと待ってて!」
 そう言って、先生は出て行ってしまった。
 先生のいなくなった教室は、ざわざわし始めた。
「何なんだろうな、一体」
「さぁ…」
「何だろう…」
 そんな声がしばらく聞こえていたが、やがて聞こえなくなってきた。そこで俊希は、初めて違和感に気付いた。
 皆寝ている! 草川麻里も、松谷沙耶も、能代直樹も、石城竜弘も、佐野雄一も! 皆机に突っ伏して寝ているのだ!
―何だよ…これ…変だぞ…。
 俊希は椅子から立ち上がろうとしたが、すぐに倒れこんだ。
―身体の自由が…利かない…一体…何が…。
 俊希の意識は、そこで途切れた。

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