BATTLE ROYALE
誓いの空


第12話

 会場から海を挟んだ先にある、山口県内の県営体育館。そこでは殿場島の島民たちが半ば避難生活のような状態で寝ていた。そんな中、一人の少年が座り込んでいた。
 少年の名は、原井康幸(はらいやすゆき)。今回のプログラムに巻き込まれた山口県立殿場中学校の生徒だった(ちなみに2組だった)。
 彼が思っていたのは、部活仲間でもあった
大谷俊希(2番)能代直樹(7番)。二人のいた1組がプログラム対象クラスになり、康幸たち2組の生徒は教室を追い出された。
 その時に康幸は見た。教室で眠る俊希たち1組の生徒を。
―俊希や能代が死ぬなんてこと、ないよな…? 殺し合うなんてこと…ないよな…?
 康幸は、二人のことを何よりも信用していた。
 思えば野球部に入ったとき、康幸は素人で、チームの足を引っ張ってばかりいた。
 そんな状況が嫌で練習した。その時、いつも練習に付き合ってくれたのが俊希と直樹だった。
 俊希は無愛想で、怖がられるときもたまにあった。直樹も「冷酷だ」などと言われたりしたが、そんな二人のことを康幸は信じていた。

「まだ、寝てないのか?」
 声が隣からした。
 康幸が見てみると、同じ野球部仲間の一人、大神真義(おおがみまさよし)が寝転がっていた。しかしどうやらまだ彼も起きているようだった。
「…まあ、な」
「…俊希たちが心配なんだな? その気持ちは分かる。だけどな…もうどうしようもないんだ。俺たちじゃ、あいつらを助けてやれないんだよ。分かるだろ?」
 真義が身体を起こして、言った。
「真義の言うとおりだ。取り敢えず、寝よう」
 隣で寝ていたらしい、もう一人の野球部仲間、丸川洋介(まるかわようすけ)が言った。どうやら今のやり取りを聞いていたようだ。
「でも、さ…、俺たちもう、あの五人で野球、できないんだぜ…? そんなの…俺…嫌だよ…ずっと、一緒にやってきたのに…何でこんなことになるんだよ…」
「康幸…」
 康幸は顔を両手で覆った。涙が溢れ出す。俊希と直樹の顔が、交互に頭の片隅を過ぎる。
 その時だった、体育館の戸が開く音が聞こえたのは。
 誰だろうかと思って、康幸は顔を上げたが、涙ではっきりと認識できない。その時、洋介が呟いた。
「笹川先生…だ…」
「えっ?」
 そう、そこに現われたのはプログラムに巻き込まれた1組の担任、笹川恭子その人だったのだ。どうやら
「何で…笹川先生がここにいるんだ!?」
 真義がそう言いきる前に、康幸は笹川先生に向かって駆け出していた。慌てて真義と洋介も康幸を追いかけた。

 康幸は笹川先生を捕まえると、体育館の外に連れ出した。そして、言った。後から真義と洋介もやってきた。
「笹川先生…何であなたがここにいるんですか? あなたの担任しているクラスがプログラムの対象になったんですよ!?」
 笹川先生は黙っている。やがて、真義が落ち着きを取り戻した口調で言った。
「先生…僕は聞いたことがあります。プログラムの対象クラスのもともとの担任教師は、生徒たちを守ろうとして死ぬか、死ぬのを恐れて逃げ帰ってくるかだと。あなたも逃げ帰ってきた一人なんですか?」
 笹川先生は黙っている。真義が続ける。
「笹川先生…僕は、そんなことはしない人だと思ってました。あなたはいつも、他のクラスである僕たちにも優しく、生徒から慕われていました。おそらく、1組の皆もあなたのことを信じていたはずです」
 真義は一旦話しを切ると、また続けた。幾分怒りのこもった口調だった。
「あなたは生徒を裏切ったんですか!? そりゃあなたが死にたくないのは分かる…でも、普段、良い先生やってて、皆から慕われて…でもあなたは『その程度』の人間だったんですか!? 肝心なときだけ逃げる…その程度の人間だったんですか!?」
 今まで黙っていた洋介が言った。
「あなたは教師なんかじゃない…あなたはあなたを信じていた1組の全員を裏切った! それは俺たちを裏切ったも同じです!」
 笹川先生は俯き、小さな声で言った。
「でも…ほんの十人やそこらじゃない…」
 その瞬間だった。康幸は笹川先生に向かっていき、その顔を平手で張った。笹川先生は突然の平手打ちに、もんどりうって転んだ。
「ふざけんな! そりゃ、あんたにとってほんのちょっとの命かもしれない! この国にとって見ても、一握りにも満たない人数だよ。でもなぁ、生きてるんだ! 皆大事な命なんだ! その命を守れたのは、担任のあんたしかいないんだ!」
 笹川先生は黙っている。もう、何も言おうとはしなかった。
「出ていってくれ…、今持ち出そうとしてたあんたの家の荷物持って、とっとと出ていってくれ! そしてもう二度と俺たちの前に姿を見せるな!」
 康幸は叫んだ。もう、笹川先生の顔など見たくなかった。
「早く行けよ!」
 笹川先生は立ち上がると、持っていた荷物を持って、その場を立ち去った。
「ちくしょう…」
 康幸はがくっと膝をついた。もう、信じられるものがなくなってしまった気がした。

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