BATTLE
ROYALE
〜 誓いの空 〜
第24話
「……」
無言で、大谷俊希(2番)は草川麻里(3番)の前を歩く。
「ねえ、俊希君」
麻里は俊希に話しかけた。
「ん? 何だ」
「何で、私なんかのために、人殺しに…」
俊希は、麻里の方に向き直り、一言だけ言った。
「お前を助けてやりたかっただけだ」
あの時、そう、教室を出発する時、麻里は恐怖に打ち震えていた。だが決してそれはクラスメイトたちと殺し合いをすることを強制させられたことからの恐怖ではなかった。
麻里の手に握られていたのは、出発前に配られた封筒の中の紙だった。そこに描かれていたのはドクロマーク。
そう、麻里は『権利者』となってしまったのだ。
既に麻里の頭の中はこのルールが自分に適用されてしまったことに対する恐怖だった。
―『権利者』になったってことは…24時間以内に決着…そして決着は自分自身の手で…どっちにしろ、私は人を殺さないといけないってことじゃない…!
―そんなの嫌! このクラスの人たちは皆…良い人で…でも、やらないと私は死んじゃう…。
そして玄関近くで麻里は、自らの支給武器の確認をしようとデイパックを開けた。そして出てきたのはベレッタS21ペネトレーター…鈍く光るそのマシンガンを手にした瞬間、麻里は思った。
―ああっ! よりによってこんな武器を…でも、やらなきゃいけないんだ…殺したくもないけど、死にたくも…ない…。
慌てて麻里はペネトレーターをしまった。
そうやって考えているうちに麻里は、外に出ていた。その時だった。
「おい、草川」
いきなり声を掛けられた。俯いていた麻里はゆっくりと顔を上げ、そして見た。自分に声を掛ける、大谷俊希の姿を。
―な、何で俊希君がこんなところに…!
麻里は、できれば俊希には学校に残っていてほしくなかった。自分の手で俊希を殺すようなことはしたくなかった。
俊希は…麻里がずっと想い続けてきた初恋の相手だったからだ。
麻里が俊希を初めて意識したのは、中学2年の5月頃、野球部の練習風景を見かけ、何となく見ていたときだった。
その時麻里は、ひときわ背の高い野球部員を見つけた。それが俊希だった。
俊希は守備練習でライトのポジションにつき、そこに転がった打球をきっちりとキャッチしたかと思うと、ホームベース上にいる捕手目掛けて投げた。
そのボールの軌道は、まさしく矢のような軌道を描き、捕手のミットにワンバウンドで収まった。
―凄い…今の…カッコよかった…。
その後、俊希が自分のクラスにいることを知った(俊希は当時、女子とはあまり話していなかったし、初めて同じクラスになったため、麻里も名前をまだ覚えていなかった)。
それから、時々俊希に話しかけてみるようになった。
普段の俊希は、無愛想で無口、さらに少々言葉が辛辣に過ぎるところがあった。そのためか、他の女子の受けはイマイチだった。
だが麻里は感じた。俊希の一見無愛想な眼に、優しさを感じたのだ。
俊希は不器用な性格なだけだった。言葉が辛辣なのも、相手を思うあまりにきつく言いすぎてしまうのだ。
人を突き放すかのようなことを言うときもあるが、照れくさがっているだけだった。
麻里はどんどん、俊希に惹かれていった…。そしてそれが、恋だと気が付いた。
その俊希が目の前で、自分を待っているとはっきり分かった。それが凄く嬉しかった。しかし哀しかった。
俊希がこの場にいる以上、『権利者』の麻里はゲームを24時間以内に終わらせて生き残るため、俊希を殺さねばならないと思った。
そんな決断を下してしまった自分が嫌だった。このルールに抗いたかった。しかし、麻里の生の本能はそれを許さなかった。
「俊希…君?」
声が出た。
「草川、俺と一緒に行かないか? 俺さ…お前と今、一緒にいたいんだ。だから…」
少し照れを隠しながら言っているのが分かった。そうまでして俊希が自分を待っている事実が嬉しかった。しかし、麻里は俊希に応えられなかった。
「ごめん…なさい」
口をついて出た言葉。それは本心とは全く違う言葉。
―違う! 私は俊希君と一緒に行きたい! 『権利者』なんか知らない! 俊希君と行きたい!
「何? ごめんなさいって…何だよ?」
俊希は驚きを隠せないといった感じだった。
「ごめん…なさい…私…」
声に嗚咽が混じり始めた。
―嫌だ! 私は俊希君を殺したくなんかない!
しかし、勝手に声が出る。身体が動く。
ペネトレーターをデイパックから取り出す。
「私…殺さなきゃ…!」
―殺したくなんかないの! これは私の本心じゃない!
―コロセ…。
―嫌よ!
ペネトレーターを構える。銃口の先には、俊希。
「よせ草川!」
俊希が、麻里の腕を掴む。同時に、連続した銃声。
―ああ、私…俊希君を…。
しかし、俊希はまだそこにいた。そして、ペネトレーターを持った麻里の手を空に向かって掲げさせていた。
―え…?
「行くぞ、草川」
「えっ…」
そう言うと俊希は、麻里の手を引いて走り出した。そこで初めて麻里は、俊希の左腕から血が滲み出していたことに気が付いた。
やがて俊希は、F−7辺りまでやって来てやっと立ち止まった。
「と、俊希君…腕…」
「大丈夫だ、掠めただけだし…利き腕じゃないしな。ところで…何があった? 何故…殺さなきゃならない?」
俊希は率直に訊いてきた。
「実は…」
そして麻里は、自分が『権利者』であることを話した。
それを聞いた俊希は、しばし驚いた顔をしていたが、やがて何かを考えはじめて、言った。
「草川…お前が殺す必要はない」
「え? どういうこと?」
「俺が殺してやる。お前の代わりに」
「え…?」
最初、麻里は俊希が何を言っているのか信じられなかった。
「俺が全部やってやる。約束だ」
―…俊希君…。
麻里は、前を歩く俊希の背中を見ながら、思った。
俊希の話から考えると、俊希は残り二人になるまでクラスメイトを殺し続け、最後に麻里に自分を殺させるつもりなのだろうと分かった。
しかし、やはり麻里は俊希を殺したくなかった。だからこそ、麻里は思ったのだ。
最後に俊希に、何としても自分を俊希に殺させよう、と。
だからこそ、松谷沙耶(10番)にだって拳銃を向けられたのだ(手は震えていたが)。
俊希はすたすたと、麻里の先を歩く。麻里はそれについていく。
お互い、相手を生き残らせるため。そのために二人は苦渋の決断をしたのだった。
<残り9人>