BATTLE
ROYALE
〜 誓いの空 〜
第27話
「…」
笹川恭子(元山口県立殿場中学校3年1組担任教諭)は、押し黙っていた。
車は町の中を走り続けている。もう1時間は走っただろうか? だとすれば恭子の実家が山口市だったから、今は周南市あたりだろうか?
彼女は未だ、セダンの後部座席に座っている。そして運転席でハンドルを握り、セダンを運転している男、貞川永次に目をやった。
正直、まだ彼のことが分からなかった。
いきなり恭子の家にやって来るなり、『微力ながらできることがある』と言って恭子を誘ってきた。
「あの…」
思い切って恭子は永次に尋ねることにした。
「あの…あなたは一体…何者なんですか?」
その質問に、永次は穏やかな口調で話し始めた。
「ふふ…私ですか…? 私はそうですね…簡単に言えば、反政府活動家ですかね」
「反政府活動家…?」
恭子は信じられなかった。自分の身近に、同じ殿場島の中に、反政府活動家などという、大それた人物がいたということに。
「…でも…何でそんなことを始めたんですか?」
「…話しましょうか?」
「は、はい…ぜひ話してほしいです」
恭子がそう言うと、永次はふっと笑うと、淡々と語り始めた。
「私も以前は…ごく普通の会社員でした。そして、埼玉に住んでいました。妻と、娘の三人家族で…ささやかでしたが、幸せだったんです…」
そこで一旦永次は言葉を切った。そしてまた、続けた。
「しかし、そんな幸せは一年前に崩れてしまいました…」
「あの…一体何が…」
「…あなたの生徒さんたちと同じですよ。プログラムです。プログラムの対象クラスに、娘のクラスが選ばれたんですよ…。妻はそのことを知らせに来た兵士に反抗して殺されました。私は職場にいたので知らされるのが遅れたんです」
―プログラムに…!
その時恭子は、飄々としていた貞川永次のその顔の裏に、哀しい顔が隠されていることに気付いた。
「それで…娘さんは亡くなられた、と…?」
「いや、生きて帰ってきましたよ。優勝してね。しかも、六人も殺して」
―えっ…。
「娘は、昔ある事故で右目を失った。それなのにプログラムに巻き込まれ、そして大事な物を失って帰ってきた。殺して回ったのも決して本意ではなかったらしい、と政府の役人から聞かされました」
「…」
「私は娘が優勝して帰ってきたと知った瞬間、恐ろしくなってしまったんです。人殺しになった娘と一緒に暮らせる自信がなかった…全くもって駄目な父親でした」
恭子は何も言えなかった。そして永次は話し続ける。
「近所の人たちにも、政府の連中にも私は妻と共に死んだと伝えてくれとだけ言い残して私は街を去りました。しかしやがて私は、娘をこんなことに巻き込んだ政府が許せなくなってきました。そして娘のような子供を出したくもなかった…だから私は反政府活動を始めたんです…」
恭子は何も言わない。言えないのだ。永次のこれまでの人生は、恭子にとっては全く未体験の世界だから。
「私は軽蔑されるべき人間です。娘を捨てておきながら、今娘のような子を作りたくないと活動している…身勝手な男です…」
一息置いて、また永次は語りだした。
「そして私は殿場島に暮らし始めた。私の活動は少しずつ政府にも警戒され始めましたから。そして名前を変えて、全てを偽り暮らしていました…全く、駄目な男でしょう? 聞く価値なんて無い話しを長々としてしまって…すみませんでした」
「…そんなことはないですよ」
恭子は、自分の想いを口にした。純粋な、自分の考えだった。
「そんなことはないです。だって…貞川さんは娘さんから逃げたことを償おうとしています。普通の人はそんなことなんかできません。私だって…」
一呼吸置く。これは絶対に伝えたい言葉だった。
「私だって…貞川さんに言われるまで何もできずに終わりそうだった。だから…感謝しています」
「…そうですか。なら嬉しいのですが」
「そういえば、貞川さんの本名って…何ですか?」
「はい…神野です。神野栄治」
「神野さん…でしたか」
「…はい」
そう言って、永次は会話をやめた。しかし、また話し始めた。
「そうだ。今回、私と笹川先生が行う行動について話しておきましょう」
「あっ、はい」
「実は私…自分の家に今回のプログラムに使用される首輪の設計図を残してきたんです」
「ええっ!?」
永次のその言葉に、恭子はとにかく驚かされた。まさかそんなものまで持っていたとは思わなかったのだ。
「それを発見し、解読した生徒がいるかもしれません。そうなれば、首輪はあっけなく外れます。そして我々が助けに行く。武器も準備してあります、トランクの中に」
「しかし…それを生徒が発見できなかった場合は?」
永次は言った。
「これは賭けです。私は彼らが必ずそれを発見すると思っています。そして、誰かが解読し…首輪を外す、と。あなたの生徒たちを、信じましょう。笹川先生」
「そう…ですね」
「さあ、もうすぐ目的地です。殿場島に近い、港にね」
<残り9人>