BATTLE ROYALE
誓いの空


第34話

 プログラム実施本部となっている、殿場中学校。
 そこに作られたモニタールームのソファに、ガシシ若松(山口県立殿場中学校3年1組プログラム担当教官)は寝そべっていた。別に眠ってはいなかった。ただ、寝そべっているだけだ。
「ガシシさん、ガシシさん」
 そこに、一等陸曹の羽縄がやってきた。若松はこの男がそんなに好きになれなかった。別に彼の人格の問題ではない。出会い方がまずかっただけだ。
 羽縄はかなり有能な男、エリートだ。だからこそ一等陸曹という他愛もない階級ながらも、プログラム会場の兵士の指揮を取っている。
 だがしかし、本来は若松がこの兵士たちの指揮を取るはずだった。
 けれども、上官は言った―君のような昼行灯よりも、彼のような優秀なエリートに指揮を任せた方が、上手く行きそうでね。何せ今回は新ルールの初めての導入だ。失敗は許されないんだ。ここで失敗したら、君の首も恐らく―。
―くそっ。
 首を振った。忘れたかった、あの言葉を。自分は何もはなから投げているわけではない。ただ…虚しくなった。この仕事に、やりがいを感じなくなった。
―この仕事が終わったら、辞表を出そう…。もういい歳だし、引退してしまおう。
 そう思っていた。
「ガシシさん?」
 声に振り返ると、羽縄がいた。この男は実直だった。放送のときこそあれだけ騒いでいるが(昔はお笑い芸人を目指していたという。意外だった)、普段は真面目そのものだった。
 エリートだということにも驕らず、真面目に任務を行っている。
 若松は身を起こした。
「ガシシさん…実は、モニター係の庸苦(ようく)が妙な動きをする生徒を見つけたとかで…。これが生徒たちの資料です」
「ふぅ…ん」
 羽縄が渡してきた資料は、
石城竜弘(1番)能代直樹(7番)松谷沙耶(10番)宮崎紀久(11番)脇坂将人(17番)のものだった。
「以前に6番の鶴見勇一郎と8番の東野博俊が発見した首輪の図面があった貞川永次の家に向かっています。宮崎が機械に詳しいとのことですので…首輪を外そうとしているのでは?」
「…いや、それはないだろう? 盗聴データに異変はなかったんだろう?」
「それは、そうですが」
「なら放っておけばいいさ」
 そう言うと、羽縄は無言で持ち場に戻っていった。若松も再び寝転がった。
―脱出、ねぇ…。

 その頃、紀久たちは貞川家に到着していた。
 それぞれが分担して家中を探し回る。竜弘は書斎、直樹は台所、沙耶はリビング、紀久は物置、そして将人は二階を探す手筈になっていた。

―何処だ…。
 将人は二階のどうやら貞川永次の寝室らしき部屋をチェックしていた。
―ノリさんの話だと、この首輪の解体には特殊な工具が必要らしいから…そういうのはやっぱりこういうところに隠すもんだと思うんだよな。
 しかし将人の予想に反して、ベッドの下からも、クローゼットの中からも、本棚からも見つからなかった。
 次第に苛立ってくる。
―一体…何処に隠したんだ? 貞川さんは…?
 その時、何かに気付いたような気がした。まだ見ていないもの。それは…。
―まさか!
 将人は置いてあった布団のカバーを開け、中身を取り出した。それと同時に聞こえた、金属音。
―これだ! 間違いない!
 将人の足元には、将人が今まで見たことの無い未知の工具が置いてあった。おそらく、これが首輪解体に使う工具なのだろう。
―やった、やったぞ!
 将人は喜び勇んで寝室を飛び出し、階段を駆け下りた。その先には散策を終えたらしい竜弘が立っていた。将人は竜弘の姿を見つけると、ノートを用意して、ペンで書いて見せた。
『工具、見つかった。皆に知らせてきてくれ』
 竜弘の眼が輝いた。そして、すぐに駆け出していった。

…やがて、残りの全員が揃った。将人は、手に入れたその工具を直樹に渡した。全員がそれに目をやる。
 全員、確かな希望を見つけた顔になった。
『じゃあ、これで首輪を外せるの?』
 沙耶が書いた。しかし、紀久が書いた。
『だが、首輪を外したら俺たちは全員死亡扱いだ。だから上手くきちんとした死の状況を演出する必要がある』
『その、状況をどうするんだ?』
 直樹が書いた。
『今もっともらしいのを考えてる。とりあえず、元の場所に戻ろう』
 紀久のその言葉で、一旦戻ることが決まった。
 そして外に出る。さっきよりも、空の色が鮮やかに見える。脱出の可能性ができたからだろうか?
 そんな時、竜弘が言った。
「お、おい…探知機に反応があったぞ…二つ…」
 驚いて全員、竜弘の手の中の探知機の、液晶画面を見る。そこには確かに、二つの点がこちらへと向かってくるのが分かった。
 
大谷俊希(2番)草川麻里(3番)に間違いなかった。もう将人たち以外に生き残っているのは俊希と麻里以外に横溝朋美(15番)だけだ。
「逃げるぞ!」
 直樹が言った直後だった。目の前に、ペネトレーターを持った俊希と、コルトパイソンを持った麻里が現われたのは。
「…覚悟はいいな? ここで全員死んでもらう。悪く…思うな」
 そう言って俊希がペネトレーターの銃口をこちらに向けてきた。その瞬間、全員が駆け出した。俊希の銃口が動き、吠える。
 無数に放たれた銃弾の一つは、将人の右足を貫通した。将人はその場に倒れる。
―ちくしょう…痛ぇなぁ…もう走れねぇじゃねーかこの野郎…。
「ま、将人!」
 紀久が叫び、将人のほうへやってこようとする。
「来るな、ノリさん」
 将人は言った。もう、自分は死ぬだろう、と感じていた。だから、これから生きられる奴らの邪魔はしたくなかった。
 将人は続けて言う。
「ノリさん、皆と行け。俺は…もういいから。先がないのは今のでよく分かった。もう、俺には運が無いんだよ…」
「馬鹿なこと言うな! 早く…」
「無駄死にする気かよ!」
 紀久が将人の剣幕にたじろぐ。将人は続けて言う。後ろから俊希と麻里が来る。タイムリミットは近い。
「無駄死には許さないからな…絶対に、無駄死にしやがったら、あっちで一発殴ってやる」
「将人…」
 直後、俊希がペネトレーターの引き金を引き、将人の全身は熱い鉛の弾で撃ち抜かれた。脇坂将人の、絶命の瞬間だった。
「ちくしょう…!」
 紀久が駆け出す。しかし、その後を俊希と麻里が追っていた。

 17番 脇坂将人 ゲーム退場

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