BATTLE ROYALE
誓いの空


第35話

 今は、D−2あたりだろうか?
 背後から、
大谷俊希(2番)がやってくるのが分かった。その後ろをついてくる草川麻里(3番)の姿も見える。
 その二人の前を、宮崎紀久は必死で走っていた。目の前には紀久を待ちつつ逃げていたらしい、
石城竜弘(1番)能代直樹(7番)松谷沙耶(10番)が見える。
―将人…!
 目の前で俊希に撃たれて死んでいった、
脇坂将人(17番)の顔が浮かぶ。
 将人は良い奴だった。ひょうきんな性格をしていて、紀久の気分が落ち込んでいたりしたときには、いつも声をかけてきた。その時、将人はいつもこう言っていた。
―くよくよしてちゃ、先の目標は見えてこない。ノリさんだって、そう思うだろ?

―……。
 その将人が死んだ。目の前で。
 また、目の前で大事なクラスメイトを失ってしまった。
 
森木真介(12番)佐野雄一(4番)…。そして将人…。
 今も将人が語りかけてくるように感じる。将人はいつものように言っているのだ。『くよくよすんな』と。
―駄目なんだよ、将人…。俺、もう耐えられないよ…。やっと、脱出のめどが立ったってのに、また仲間を失って…、もう、嫌なんだよ…。
 遠くからの銃声。銃弾が一つ、腰を貫いた。俊希のペネトレーターとは違う、単発の銃声。紀久は振り返って見る。
 後ろの方に、麻里がいた。麻里がコルトパイソンを紀久に向けて撃った。
 紀久は立ち止まった。痛みは強烈だった。将人や、それまでに死んだクラスメイトもこんな痛みを味わったのだろうかと、思った。将人は、無駄死にはするなと、言った。しかし…。
―他の皆のために死ぬのは、無駄死にじゃないよな?
「ミヤちゃん、早く! 早く来い!」
 道の先で、竜弘が叫ぶ。しかし、紀久は首を横に振り、片膝をつく。立っているのさえ辛い。
「行け」
 紀久は言った。
「俺は、ここで俊希たちと戦う」
「な…何言ってるんだ…敵うわけないだろう! 武器だってろくなの持ってないし…怪我だって…」
 直樹が叫んでいる。
「だからだよ。俺も、将人と一緒のところへ行くことになっただけだ…将人には悪いけど、な」
「でも、宮崎君…」
 沙耶が神妙な面持ちで呟く。
「とにかく行け。生きるんだ!」
 一息つく。喋るのが辛い。背後から足音。終焉のときを告げる音だ。
「…生きろ」
 それ以上、何も紀久は喋れなかった。やっと、三人が駆け出した。その動きは速い。これなら捕まる心配はないだろう。
「…ミヤさん…」
 声がする。紀久が振り返ると、そこには今追いついたばかりの俊希がいる。麻里は少し遅れているようだ。
「…俊希」
 紀久はふと、五月に行った修学旅行のことを思い出した。

 修学旅行で、紀久と将人は、俊希と同じ班になった。行き先は長崎だった。
 そこで紀久たちは、半世紀ほど前の戦争についての資料を展示している場所へと向かった(そこは、市が独自に作った施設だったらしい)。しかし、そこに展示されている物の生々しさに、ほとんどの生徒は耐えられずに逃げ出したりしていた。
 しかし、俊希だけはじっとそれらの展示物を見ていた。紀久は尋ねた。
―何で、そんなものをじっと見ていられるんだ?
 俊希はあっさりと答えた。
―こういうのを見てると…自分を見つめなおせる気がするんだ。この国に満足している俺を、な。

―どういう、ことだ?

―…このぼろきれを見てみな。
 俊希は展示物の一つ、戦争で死んだ人間の衣服らしき物に目をやって、言った。

―酷いもんだよ。この人たちは軍人でもなんでもない、ただの人間なんだぞ? それがこんな無残に、さ…。やったアメリカ…この国は米帝っていってるけどな、とにかくあの国だって悪いかもしれない。でも…。
少し置いてから、俊希は続けた。

―この国をこんな状態にしたのはその時の政府のお偉いさん…総統とかだろ? 罪もない命を次々に奪ったのはアメリカだ。でも…奪わせたのはこの国じゃないか。なのに…この国はプログラムなんてやってるんだぞ?

―……。
 紀久は黙っていた。黙って俊希の話を聞く。俊希は饒舌になっていく。

―まだ懲りてないんだよ、この国は。自分の国の命を無益に奪う行為をやめてない。間違ってるんだ、プログラムなんて、さ…。

―俊希…。

―あっ、悪いな、つまんない話を聞かせちまって。じゃあ、そろそろ行こうか? もう集合みたいだし…。

 俊希はそう言ってその場を離れた。紀久はその時、俊希を心の底から、凄いと思った。

 しかし…。
 今目の前にいる俊希は、殺戮を重ねている。
―何で…。
「…悪いがミヤさん、死んでもらう」
 俊希がペネトレーターの銃口を持ち上げる。だが、その手が僅かに震えている。
「…俊…希…」
 その時、紀久は気付いた。今まで表情を変えることのなかった俊希が、表情を歪めたことに。
「…俊希…何で…こんな真似をするんだ…修学旅行のときにお前が言ったこと…俺はまだ覚えてるぞ?」
「……」
「お前、プログラムは間違ってるって、はっきり言った、よな!? 俺に向かって…そう言った! 俺はあの時、何ら疑問を持たなかった自分が少し恥ずかしい、とさえ…思ったんだ。でも何で、何でそのお前がクラスメイトを殺して回ってるんだ…ふざけるな…」
 腰の痛みが増す。紀久は、痛みに耐えかねてその場にしゃがみ込んだ。
「…俺は…自分の主義や信念は捨てたんだ」
 俊希が呟いた。
「どういう、意味だ?」
「言葉どおりの意味だ。俺はあることのために主義も信念も…誇りさえ捨てた。それでも俺は、自分を保っていられた」
 ぼそぼそとした、小さな声だ。
「俺には…一人、大事な奴がいるんだよ。そいつのためなら主義信念を捨てられるんだ…。そして、そんなに大事に思える奴がいることを嬉しく思っている」
「…草川のことか」
「…分かってたのか」
「…俺は分かってなかった。でも、松谷は分かってた」
 俊希が一呼吸置いた。麻里がその時、追いついてきた。
「俺は辛い。今までの仲間を殺すことも、この島を血で汚すことも。でも…それを上回るほど、俺はこいつが大事だ」
 俊希が麻里を見て言った。麻里は突然のことに戸惑っている。
「草川も辛いんだ。草川は『権利者』にされた」
「『権利者』にか…」
「だから俺は決めた。こいつにたくさんの人を殺させるような真似はさせない。こいつの代わりに俺がクラスメイトを殺す、そして最後に草川に殺させる。それしか、思いつかなかったからな。俺…馬鹿だから」
 紀久はしばし黙った後、言った。
「脱出は考えなかったのか? 俺たちは脱出を考えてる。お前らも、乗る気はないか?」
「やめておく。確実性のない、賭けはしない。それに…」
 俊希の、ペネトレーターを握る手の震えが止まる。
「もう、無理だろ? 誰も俺がのうのうと生きて帰ることを許してはくれない。じゃあ…」
 間。
「あばよ」
 ペネトレーターから放たれた何発もの銃弾が、紀久の身体を貫く。紀久の身体は、ぐらりと傾き、そのまま崩れ落ちた。到底、生きているとは思えなかった。
「草川…行くぞ」
「う…うん」
 俊希は歩き出し、その後を麻里もついて行った。

 11番 宮崎紀久 ゲーム退場

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