BATTLE ROYALE
誓いの空


第45話

 大谷俊希は、何処か、空を浮いている感覚でいた。
 眼下に見渡せるのは、見慣れた瀬戸内海。そしてその洋上を進む船の姿。
―ああ。俺の好きな景色だ…。俺の大好きな…殿場島だ。ずっと、この景色を見ていたい。この空を…。
 そう思った瞬間、景色が変わる。血に染まった、愛すべき殿場島に。クラスメイトの血で、全てが染まっていく。そうしたのは…俊希だ。

―そうだ。俺は人殺しだ。…俺が生きていて良いのか? 俺なんか、死んでしまったほうがいいのかもしれないな…。

 どんどん自己嫌悪に落ち込んでいく。
―俺は、人殺しだ…。死んでしまったほうが良い…。
 その時、声が聞こえた。温かな、優しい声。

―死なないで…。俊希君…。

―聞き覚えがある…草川だ…草川…草川…。

「くさ…か…わ…」
 その一言から、俊希は覚醒した。
「目、覚めたか? 俊希」
 俊希は、白いパイプベッドに横たわっていた。そしてその顔を覗き込んでいた
能代直樹が、言った。
「こ、ここは…」
「貞川さんの知り合いのモグリの病院だ。お前、三日も寝てたんだよ。お前が島で羽縄とかいう兵士に撃たれた時は本当に、死んだかと思ったよ。でもな、草川だけは信じてくれてたんだ、感謝しろよ」
「草川が…」
 そう言われて、俊希は周囲を見渡した。直樹の後ろでは
石城竜弘松谷沙耶が眠っている。看病疲れだろうか。貞川永次と笹川先生は外にいるのだろうか、見当たらない。
 だが、
草川麻里は…俊希の隣のベッドで寝ていた。
「草川…どうしたんだ?」
「ああ、お前、撃たれすぎてて血が相当抜けててな。輸血が必要だったんだよ。ここの医者が持ってた血液で賄おうとしたんだが、それでも足りなくってな。そしたら草川が、お前と血液型が一緒だっていうから、輸血をしたんだ」
「草川が、俺に?」
「そう。さっきまで起きてたんだが、疲れてるんだからって、寝かせたんだ。ずっと心配してたんだぞ? 草川」
「そう、か…」
 俊希の声が、思わず曇る。それを感じたのか、直樹が聞いてくる。
「どうしたんだ、俊希?」
「いや…俺…、生き残ってよかったのかなって思って…」
「え?」
 直樹が怪訝そうな顔をしたが、俊希は構わず続けた。
「俺はクラスメイトを大勢殺してきた…。そんな俺が…のうのうと生き残って、良いのか?」
 この俊希の問いに、直樹はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「馬鹿かお前は」
「え…」
「いいか、お前がどんなに悔やもうとも、お前が死んだりしようとも、死んだ奴は帰ってこない。勇一郎も、博俊も、マッシーも、帰っては来ないんだ。それならさ、あいつらの分も生きてやるのが一番なんだ。分かるか? お前が、皆を殺したことを悔やむんなら…」
 一呼吸置く。そして、続ける。
「生きろ。生きるんだ」
「…生きる…」
「そうだ。生きろ、生き続けろ」
「…そう、か」
 俊希は呟いた。
―生きろ、か。確かに…そうなのかもしれない。ずっと悔やみ、業に苦しむとしても、前向きになるか、後ろ向きになるかで、違ってくる。
「あっ、そうだ」
 直樹が思い出したように、言った。
「康幸たちが一昨日までいたんだ。港まで来てて、俺たちを助けることを考えていたらしいんだけどな。親が心配するから帰したけど…あとで連絡しといてやれよ? ここの電話を使えば良いから。もう、会えなくなるんだから」
―そうだ。
 もう、俊希たちはお尋ね者なのだ。そうなれば、原井康幸たちとはもう、会うことすら出来なくなるだろう。今生の別れとなるのだ。
「ああ、連絡しておくよ」
 その時、隣のベッドの麻里が目を覚ました。
「う…ん、あれ、俊希君、目を覚ましたの?」
「そうだよ。じゃあ、邪魔者は消えるとするよ」
 直樹はそう言うと、寝ていた竜弘と沙耶を起こし、三人で外に出て行った。

「……」
 俊希は、黙っていた。何を話したらいいかが、分からない。
 すると麻里が、ベッドを出て俊希のベッドの方にやってきた。
「俊希君…助かって、良かった」
「…輸血、してくれたんだって?」
 すると麻里は、照れたように顔を赤くして、言った。
「うん…ねえ、俊希君?」
「何?」
「撃たれる前…私言ったよね? 俊希君のこと、好き…って」
 そう言われて、俊希は思い出した。確かにあの時、俊希に向かって麻里は言っていた。『ずっとずっと好きだった』と。そして俊希は…。
「それで俊希君、も…好き、って言ってくれた、よね? あれって…」
「あれって?」
「本…心?」
 麻里の顔がどんどん赤くなっている。俊希は、もう一度、本心を言おう、と思った。そして…言った。半ばヤケクソ気味に。
「本心、だよ。本心だよ本心! 心から俺は草川が好きだ!」
「え…っ?」
「だから、俺は…」
 息を吸い込む。
―もう、本心などいくらでも曝け出せる。何故なら今、俺は…、

「お前のことが好きだ」

―草川と生きて行きたいと、心から願っているから。

    <生存者5人>


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