BATTLE ROYALE
誓いの空


第7話

 小気味よい連続した銃声が、島中に響き渡った。
「…銃声…なのかな? 今の…」
 窓の外に広がる満天の星空を見つめながら
船石裕香(9番)が呟いた声に、隣で別の方向の窓の外を眺めていた山下由里加(13番)は振り向いた。
「…うん、そう…みたいね」
 由里加がそう言うと、裕香は溜息をついて、言った。
「私ね、このクラスのこと、信じてるんだ…。今、ああやって銃声がしてもね、それはきっと、誰かが驚いて撃っちゃった音なんだって、信じてるの」
 裕香のその言葉を訊きながら、由里加は微笑んだ。
「そうだよね」
「うん」
 裕香はにこやかに答えた。
 しかし由里加は裕香ほど、楽観視はしていなかった。今はこうして二人で、地図で言うとF−4辺りにあるはずの、この島ただ一つの診療所に篭っていて、こうして安全に過ごしている。
 だが、禁止エリアというものでここから出なければならなくなった時が問題だった。そうなってほしくはなかった。
 そして何よりも、裕香はああ言うが、明らかに銃を、しかもマシンガンかもしれない。そんなものを持っている者がいることがはっきりしたのだ。
 出来ればそんな者とは会いたくなかった。
 そしてこのクラスはある程度の秩序と平和は保たれているクラスだったが、何人か、少々信用に足らないものがいる。
 まずは―
能代直樹(7番)。男子の殆どは彼を信用しているのだろうが、少なくとも由里加は信用していなかった。
 大体直樹は、一言で言うと冷酷なのだ。物を自分の目線で見ることなど無く、常に少し距離を置いて見ている。確かにクラスに友人はかなりいるが、どうにも不安だった。
 女子なら
横溝朋美(15番)吉岡美佳(16番)
 朋美はいつもいつも一人でいることが多く、そして何よりも未知の部分が多すぎる。分かるのは
石城竜弘(1番)の幼馴染だということだけだ。
 美佳は周りの人間を容姿とその容姿を保つための努力だけで判断しているふしがある。
 確かに容姿は良いにこしたことはないだろう。だが容姿がその人間の全てを決めるわけではない、と由里加は思う。
 これだけならともかく、彼女はさらに「自分が一番美人」と思っていること自体が問題なのだ。だからこそ、この状況下で信用することなど到底出来ない。
 
松谷沙耶(10番)などは、悪い人間ではないことだけはよく分かっている。しかし、殆ど会話をしたことがない人間を、この状況下でそう簡単に信用することは出来ない。
 そして、由里加のもう一人の親友…
山吹志枝(14番)
 彼女のことも、由里加は疑わずにいられなかった。いや、恐れずにはいられなかった。
 あの時、プログラムの対象になったと知ったときの志枝の顔は。薄ら笑いを浮かべていた。

 志枝と由里加は、家が近所だったため、小さい頃から親友だった(裕香もその頃からの友人だ)。
 だが、志枝はとかく意地が悪かった。気に食わないとなるとそのクラスメイトの噂をあることないこと言いふらすなど、嫌がらせをたくさんしてきた。
 それでも由里加は志枝の親友だった。彼女が決して悪い人間ではないと信じていた。だからずっと一緒にいられた。
 事実、志枝は由里加や裕香には優しかった。それにいつだったか、志枝が由里加と裕香に石城竜弘が好きだと漏らしたことがあった。その時の志枝の顔は、まさに恋をした女の子の顔で、優しい顔をしていた。
 だから信じていた。そう、あの教室にいる時までは。
 しかし、彼女は笑っていた。この状況で笑っていた。しかも、あれはにやけてしまった、といった感じの笑みだった。
 怖かった。もう、志枝を信じられそうになかった。
 そんな時、いつだったか
大谷俊希(2番)が言っていた。
―いつまでも山吹を信じてるのは、よくないと思うな。そのうちお前は、山吹を信じられなくなると思う。
「何で?」と思ったが、今思うと、俊希の言っていることは当たっていたような気がする。現に由里加は今、志枝を恐れていた。
 だから裕香が外で待っていてくれた時、志枝を待たずに逃げようと裕香に言った。裕香は承諾してくれた。
 けれども、裕香はきっと、そんなことを望んではいなかっただろう。志枝を待ちたかったはずだった。私は志枝を信じてやることが出来なかったが、裕香は志枝を信じていた。
 しかし自分が、裕香に志枝を裏切らせてしまったのだ。

―あぁ、どうしよう…。
 由里加は考えていた。これからどうするのか、全く自分の中で考えがまとまらない。裕香はきっと、「皆を信用しなきゃ駄目だよ」とでも言いそうだ。
 そんな時だった。
 ドン、ドン、ドン。
 診療所のドアが軋む音がした。そして同時に、聴き慣れた声も。
「ねぇ、誰かいるの? ねぇ? あたし、山吹よ、ねぇ、開けて!」
 志枝の声だった。
―そんな、まさか志枝が…ここにやってくるなんて!
「あっ、志枝だ!」
 そう言って裕香が、ドアのほうへと走っていく。
「待って裕香! うかつに信用しちゃ駄目!」
「え? でも志枝だよ? 志枝は友達だよ? 信じなきゃ!」
 そう言って、裕香はドアを開けた…と同時に、裕香の小柄な身体が地面に崩れ落ちた。地面には血溜りが広がり、その先には血の滴るナイフを持った(ちなみにそれは志枝の支給武器のシーナイフだった)山吹志枝が立っていた。
「し、志枝…!」
「由里加…あんた、あたしを放って行ったでしょ? でもね、甘いわよ。あたしはちゃんと、あんたたちを見つけてたんだから。ここに入ったのもちゃんとね」
「志枝…やっぱりやる気だったのね!?」
 すると、志枝はあっさりと言ってのけた。
「当たり前じゃない。あたしは死にたくない、だから生きて帰るの。そのためなら誰だって殺してやるわ。『権利者』も殺してあたしが『権利者』になったら、隠れ続けて最後の一人を殺せばいい話だもの」
「じゃあ…あなたは石城君もそのためなら殺せるって言うの?」
「そうよ。確かにあたしは石城君のことが好きよ。でもそれとこれとは違うのよ? 自分の生死と好きな人どっちを選ぶかの問題よ。そんなの自分に決まってるじゃない! …ところで由里加、あんた…『権利者』?」
「違うわ。私も、裕香も」
 それは事実だった。少し前にお互いで確認して、「良かったね」と言い合っていたのだから。
 そう言うと志枝はまた言った。
「そう、じゃああんたも殺して、あんたと裕香の武器をもらっていこうかな…?」
「ふざけないで!」
 そう叫ぶと由里加は、懐に入れていた小さな自動拳銃、H&Kデトニクスを取り出し、志枝に向けて構えた(これは裕香の支給武器で。由里加の武器はルーズリーフで、ハズレだった。それを知った裕香がこの拳銃を渡してくれたのだ)。
「今すぐそこから出て行って! そうじゃないと…親友を殺したあなたに、もう情けなんかかけない! この場で撃ち殺してやるから!」
 すると志枝は肩をすくませ、言った。
「はいはい、分かったわよ。じゃあここは退くことにするわ。でも次に会ったら…今度こそ殺すわよ?」
 そう言って志枝は走り去っていった。志枝の姿が確認できなくなると同時に、由里加は裕香のもとに駆け寄った。裕香は、まだ息があった。
「裕香! 裕香!」
 由里加が呼びかけると、裕香はゆっくりとその顔を動かした。
「由里加…ごめんね…私…由里加に迷惑掛けちゃったね…?」
「ううん、あの時、私が出てれば良かったの…悪いのは私なの…」
 すると裕香は、ゆっくりと首を横に振り、そしてにこっと笑った。
「そんなこと言わないで? 由里加…。お願いだから…。そんなこと言われると、私も哀しくなっちゃうから…だから、笑ってよ? ね…? お願い…」
 そう言うと、裕香はふうっと息をつき…、その眼を閉じると、二度と動くことはなかった。
「えっ…ちょっと…? 裕香…? 死なないでよぉ! 裕香ぁ! 眼開けてよぉ!」
 由里加は泣き続けた。
 こんなにも呆気なく、親友を失ってしまった。
 その事実が、信じられなくて。

 9番 船石裕香 ゲーム退場

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