BATTLE
ROYALE
〜 誓いの空 〜
第8話
―あたしは悪くないよ? 人間なら普通にこの道選ぶはずだし。誰だって他人の命よりは自分の命じゃない?
そんなことを思いながら、山吹志枝(14番)はシーナイフを洗っていた。
診療所から少し北に行った所、E−4を流れる川の水で、志枝はひたすらに船石裕香(9番)の血で汚れた刃を洗っている。
刃物が血で濡れると、切れ味が悪くなると、何処かで訊いた覚えがあった。だから診療所を出てすぐに川に向かい、ナイフの血を洗い流していた。
―あたしが生き残るんだ。死なないで済むんなら、あたしは由里加だって石城君だって殺せる。
志枝は、出発する前からやる気になる決意を固めていた。最初は裕香と山下由里加(13番)と合流して二人を殺して武器を奪おうと考えていたのだが、由里加が自分の考えに気付いたのか、裕香と共に逃げていたのは予想外だった。
だが思いかけず二人を発見し、診療所に入るのを目撃した志枝は上手く二人を騙せないかと思って先程の行動に出たのだが、上手く行きすぎて自分でも驚いていた。
由里加が銃を持っていなかったら、そして無駄話をせずに由里加を仕留めていれば、もっと違っていたはずだったのだが。
そんなことを考えているうちに、シーナイフから血は完全に洗い流された。
―やっぱり早めに洗っておいて良かった。後からだと取れないかもしれないし…。
その時、ひと筋の強い風が吹き、志枝は身を竦ませた。妙な寒気がしたのだ。
―何よ? 今の寒気は…。それに、今、誰かがいたような…。
志枝は辺りを見回すが、誰かがいる様子は無さそうだった。安心して向き直ると、そこに一人の女子生徒が立っていた。
その女子生徒は、じっと志枝のほうを見つめている。長く美しい黒髪の美少女。それこそ、志枝とは比べ物にならないくらいの美少女。だからこそあまり好いてはいなかった女子生徒―横溝朋美(15番)が志枝を見つめていた。
その眼は志枝と違っていた。澄んだ眼をしているのに、何か妖しい雰囲気の眼。
朋美のその眼に、思わず志枝は恐怖を覚えた。
「あたしに、何か用?」
志枝は朋美に問いかけた。しかし、朋美は返事をせずにこちらをじっと見ている。
―何なのよ、この女!
志枝はそう思った。そう、横溝朋美はこんな女なのだ。あの石城竜弘(1番)の幼馴染と聞いたことはあるが、特に竜弘と話すこともなかった少女。『竜弘の幼馴染』というスペックがあることが癇に障った志枝は、朋美の様々な噂を流したことがあった。
「何か用なんでしょ!? 何とか言いなさいよ?」
「…さっき、話は訊いたわ」
朋美が、静かだがしかし凛とした声で言った。朋美の声を聴いたのは、志枝にとってこれが最初だった。
「あなた…竜弘君でも殺せるそうね」
―そういうこと?
どうやら朋美は、由里加とのやり取りを聞いていたようだった。
「私も同じよ。私も竜弘君を…殺せるわ。いや、殺すわ」
志枝は、自分と同じとは思わなかった。何か恐怖を感じた。『殺せる』じゃなくて『殺す』? 石城君を殺そうと最初から決めてるって言うの!?
「…やっぱり違うのかな? あなたと私は。だってあなたは自分のために人を殺そうとする。でも私はね…」
そこで言葉が途切れた。すっと朋美の姿が消えた。
「『私と竜弘君のために』殺すの」
朋美の声がした瞬間、ざくっという音がし、志枝が横を向くと、志枝の右腕が地面に落ちていた。
切り落とされたのだ! たった今、朋美の手で!
「あああああ」
志枝は叫んだ。ただただ恐怖していた。
―怖い! 怖い! 怖い! 何よこの女! いきなりあたしの腕を…何なの!? 何なのよぉ!?
そしてその直後、頭に痛みを感じると同時に、志枝の眼から映し出された映像が消えていくのを感じた。
朋美は下を見下ろしていた。足元には、頭を割られた志枝のもはや物言わぬ身体がある。
それを見下ろす朋美の右手には血が滴る斧があった。
そして志枝の死体を見下ろしながら、朋美は呟いた。
「…私は、サロメよ」
14番 山吹志枝 ゲーム退場
<残り15人>