BATTLE ROYALE
誓いの空


第9話

―ちょ、ちょっと何よ! 山吹の奴殺されちゃったよ!
 
吉岡美佳(16番)は草陰でへたり込んでいた。
 少し前にここ、E−4を通りかかった美佳は、
山吹志枝(14番)が川で何かをしているのを見ていた。そして彼女が血に濡れたナイフを洗っていると知り、慌てて草陰に隠れて、彼女の様子を見ていた。
 その後だった。突然現われた
横溝朋美(15番)が志枝と少し話をしたかと思うと、手に持った斧で志枝の腕を切り落とし、さらに頭を一撃の下に叩き割る光景を美佳が目撃したのは。
―うっ、思い出しちゃった…。
 美佳は猛烈な吐き気に襲われたが、辛うじて耐え切った。
―この島で一番の美少女の私が、汚物なんか吐くわけにはいかないじゃない。

 美佳は、自分の容姿に誰よりも自信を持っていた。
 スレンダーで背もそこそこあるまさに、モデルにでもなれそうな体型。そして何者よりも美しく愛くるしいその顔。
 美佳は自分こそ世の中で一番美しいと信じてやまなかった(もっとも、クラスメイトたちはそうは思っていなかったが)。
 そして、美容などに関心の無さそうなクラスメイトたちのことを、心から侮蔑していた。

―そうよ、そんな私が死ぬのは、世界の損失よ。
 そう信じていた美佳は、すぐにこのプログラムに乗る道を―優勝する道を選んだ。
 だが出発してすぐに、志枝が殺される現場を見てしまった。それまでは殺す気でいたのだが、急に恐ろしくなった。人の死に様というものは、こんなに醜く、気分の悪いものなのかと、気分が滅入ってしまった。
―私は本当に、殺せるか?
 急に不安になってくる。
 その時、美佳はようやく、まだ武器の確認をしていなかったことに気が付き、慌ててデイパックを漁った。
 中から出てきたのは、一本の注射器でその中には既に何かの液体が入っていた。さらに中身の予備らしき液体の入った小瓶も見つけた。
―何よ、これ…。
 美佳が注射器の中身が何なのかを考えている時、近くで猫の鳴き声がした。美佳にとって、とても聞き慣れた鳴き声。
「…ミホ!?」
 美佳はすぐに鳴き声のした方に向かった。そしてそこには美香の飼い猫の「ミホ」がいた。美佳にとってミホは自分自身の次に大事な存在だったのだ。
「ミホ…まだここにいたのね…?」
 美佳はそっとミホを抱き締めた。しかしその時、ふとある考えが過ぎった。
―ミホにこの注射器の中身を注射して試してみようか。
 だがすぐに美佳は首を横に振った。
―そんなことできない! ミホは私の大事なペットよ? そんなこと…。

―生きたいんだろう? だったらこれが役に立つかどうかの実験だろう? 動物実験をするぐらいいいじゃない。

 そんな囁きが美佳の耳に届く。

―そうよ、私は…、生きたい。

―ならば、やれ。

 美佳は決意して、注射器の針をミホの首筋に突き立てると、ゆっくりとその中身を注入した。するとミホが途端に倒れ、白目を剥き、口から泡を吹き、苦しそうにもがきだした。そう思うとあっという間にミホの小さな身体は動きを止めてしまった。
―毒―。
 そう、美佳に支給された注射器の中身はテトロドトキシン―フグ毒だった。非常に効果の現われるのが早く、あっという間に摂取した生物を筋肉・神経の麻痺で窒息死させる神経性の毒物だ。
 こうして美佳の愛猫、ミホはその命を自らの主人によって絶たれたのだ。
 だが、もはや美佳はミホのことなど気にしてはいなかった。ミホを実験台にしたことを悔いてもいなかった。
―凄いわ! この効き目…人間だったらどのくらいで死ぬのかしら? ミホよりも効くのは遅いかな? それとも同じくらい? ちょっとこの針を刺すまでが大変だけど、上手くいけば簡単に優勝だって出来るじゃない! 凄い! 凄いわ!
「やったわ! やったやった! アハハハハ…」
 美佳はクスクス、と笑った。その表情はもはや、愛くるしいなどとは口が裂けても言えないほど醜く歪み、まさに狂った表情だった。
 ここに一人、狂人が生まれた。

                           <残り15人>


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