BATTLE ROYALE
仮面演舞


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第1話

 1995年12月23日午前5時、岡山県岡山市。
 バスがゆっくりと、岡山市内のバスセンターを出発した。
 
粟倉貴子(岡山県岡山市立央谷東中学校3年C組女子1番)は、バスの中央窓側の席から、外の景色を眺めていた。
 今日から貴子たちの通う央谷東中の3年生は、鳥取県にあるスキー場へ2泊3日のスキー旅行(まあ、事実上の修学旅行だ)に出かけることになっていた。
 正直、最初はスキー旅行など、貴子は乗り気ではなかった。

 2ヶ月前の、『あの事件』―。

―いや、あの事はもう、忘れよう。もう、終わったことよ。
 貴子は、『あの事件』のことなど、考えたくもなかった。一刻も早く忘れて、先のことを考えていたかった。きっと、他のクラスメイトも同じことを考えているに違いない。
 それに…。
 貴子は、隣に座っている
西大寺陣(男子8番)の、中性的なその顔を眺めた。貴子が今回のスキー旅行に行くことを決めたのも、全てはこの、陣の存在が大きかった。

 陣と貴子が付き合い始めたのは、1ヶ月前からだった。ずっと貴子が憧れていた、剣道部のスターでファンの多い西大寺陣が、突然貴子に告白してきたのだ。

―粟倉さん、俺…粟倉さんのことが好きだ。だからその…もし良ければ、俺と…付き合ってくれない?

 文句などない。ずっと憧れの存在だった陣が、貴子のことを好きだと言ってくれたのだ。これ以上に嬉しいことが果たしてあるだろうか?
 もちろん、貴子は即オーケーした。天にも昇りそうな気持ちだった。

 今回のスキー旅行は、その陣とより恋人としての関係を深めるチャンス。貴子はそう思った。
 だから、このスキー旅行に行かないわけにはいかなかった。だから、スキー旅行を『あの事件』のこともあって中止にしようとしていた担任の幸町隆道(さいわいちょう・たかみち)と、クラス委員長の
赤磐利明(男子1番)益野孝世(女子14番)を説得した(孝世は仲も良かったので説得は容易だったが、利明の説得には時間がかかった)。
そして無事、スキー旅行は実施される運びとなったのだ。

 貴子はじっと、陣の横顔を見つめていた。すると不意に、陣は貴子の方を向いた。
「どうした、貴子?」
 貴子は自分の顔が熱を持つのを感じた。そして、慌てて言った。
「いや、陣と何か、話したいなって、思ってさ」
「うーん…そう言われても、こっちに面白いネタなんてないけど?」
「あっ、じゃあこっちに良いネタあるから、その話しよっか? あのね、この間萌が…」
 貴子がそう言って
吉井萌(17番)の名前を出すと、突然、貴子は後ろから伸びてきた手に頭を叩かれた。振り返ると、後ろの席に座っていた萌が、頬を膨らませて
「もう、貴子ちゃんたらまた萌の恥ずかしい話しようとしてるでしょ?」
 萌がいつもの子供っぽい口調で言う。
 そう、確かに貴子は、先日萌が犯した酷く恥ずかしい間違い(あまりにも恥ずかしすぎて、思い出すだけで爆笑ものだった)のことを陣に話そうとしていた。
「萌、別に良いじゃんあのくらい。いっつもやってることだし」
 隣に座っている
上斎原雪(女子3番)が言う。
「雪、ひどいよそれ!」と萌がむくれる。陣はそんな光景を見てクスクス笑っていた。
 雪は、貴子の幼い頃からの大親友だった。気が強くて、歯に衣着せないきつい物言い。そのせいで敵も多いが、貴子はそんな雪の性格が好きだった。そして雪とはこれからも大親友でいられるのだろうと、信じている。
 そして貴子と雪、それに孝世と萌、
幸島早苗(女子5番)玉島祥子(女子8番)を含めた六人は、普段から仲良くやってきた。今も前の席には早苗と祥子、その隣の補助席に孝世が座っている。
―スキー旅行でも、色々話したいな。皆の恋の話とか聞きたいし…。
 そして何となく貴子は、雪と萌の後ろの席を見た。文芸部に所属していて、いつも小説を書いているという
伊部聡美(女子2番)木之子麗美(女子4番)が座っているようで、向かいに座っているもう一人の文芸部仲間の至道由(女子6番)と、小説談義に花を咲かせているようだ。聡美と麗美の後ろで彼女たちの友人の津高優美子(女子9番)が彼女たちの話を聞いている。隣にいる芳泉千佳(女子13番)は小説の話などはどうでも良いようで、優美子と違って話など聞いていない。
 由の隣、窓際に座っている
美星優(女子12番)は、眼を閉じてじっとしている。
 演劇部の優は、最近女優としてもデビューして学校は休みがちだったが、ちゃんとスキー旅行には参加するようだ。所属しているプロダクションに休みをもらったのだろう。
 由と優の後ろには、
湯原利子(女子16番)鯉山美久(女子18番)の二人が座っているはずだ。
 貴子はこの二人、特に美久については良い話を聞いたことがない。
 ヤンキー20人を屈服させただとか、そんな噂があるし、本人にそんなことを平気でしそうな雰囲気があったので、近寄りがたかった。

―まあ、やるからには楽しいスキー旅行にしなきゃね。そうじゃなきゃ、やる意味がないじゃない。

 そうして貴子は、スキー旅行への期待を膨らませていた。
 その先に、悪夢が待っているとも知らずに…。

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