BATTLE ROYALE
仮面演舞


第10話

 出発地点のロッジから通った林道を、赤磐利明(男子1番)は東へと歩いていた。
 ロッジからはまださほど離れていないが、もう
粟倉貴子(女子1番)が利明の説得をしに追いかけてくる、などということはなさそうで、利明はほっとしていた。
「きっと皆信用する…ねぇ」
 利明は貴子の言葉を思い出しながら、薄く笑った。
 利明は到底、誰かと共に行動する気など起きなかった。
―人はいつか裏切るもの。所詮は他人だ。

 利明は、今まで誰かを全面的に信用しようとは考えていない。
 小学生の頃だったか、利明は同じクラスの一人の少年と仲良くなった。いつも一緒に遊んで、利明はその少年のことを心から信頼していた。
 しかし…ある日利明は知ってしまった。友人だと思っていた少年が、利明を陰でいつも他のクラスメイトと共に笑っていたことに。
 あれ以来、誰も信用しないと、決めた。まあ、極力そんな素振りは見せないように生活してきたが。

―そう、信じられるのは自分だけだ。人はいつか裏切るもの。だから仲間を集めたところでどうしようもない。ならば優勝を狙うしかない。
 このプログラムにおける利明の基本方針は、そんなところだ。
 しかし、出来れば誰かを殺したくはなかった。きっとそんなことをすれば気分が悪いこと必至だろう。
 だから、利明としてはまずはどこかに隠れるつもりだった。そして誰かに見つかることがなければなお良い。
―何処か、いい所を探さないとな。
 そう思いながら、E−6エリア辺りまで歩いて来たその時だった。利明の目に、一つぽつんと寂しく建っている倉庫が飛び込んできたのは。
 利明は辺りをよく見回しながら、倉庫の扉に近づいた。倉庫はなかなか規模が大きい。どうも、あのスタート地点のロッジの倉庫らしい。
 扉の前で利明は少し考えた。扉には鍵がないようだ(それを見て利明は、何て無用心なんだろうと思ったが、取られる物を置いていないということだろうと考え直した)。しかし扉の前には足跡など、誰かが入った跡はない。
―普通はこういう時、皆スタート地点からは離れたがるはずだ。それにあそこには芳泉の死体がある。そんな所の近くに長居はしたがらないだろう…。それにここなら今の吹雪はしのげそうだ。
 そう判断した利明は、ゆっくりと音を立てないように倉庫の重い扉を開け、中に入るとそれを閉めた。
 中にはゲレンデの整備に使う機械や、スノーモビルなどが置いてあるのが目に入る。利明は壁際に高く積み上げてあったダンボールの陰に隠れた。
 そこは入口が見える位置だったし、かといって仮にこの倉庫に入ってきてもまず見つかることはない死角だった。その上、近くには窓があるから外の様子も見られる、なかなか良い場所だった。
 利明はコンクリートの床の上に座り込んで、一息つく。
「ふう…」
 じっと、右手に握られたVz61スコーピオンを見つめる。これを自分が使う時は、自分が人を殺す時なのかもしれない、と利明は思った。
 自分が人殺しをする姿。想像がつかなかった。
 しかし、いざとなったらそうしなければならない。
「でも、死にたくないんだ、俺は…。やりたいことだってまだあるんだ」
 利明が呟いたとき、外で声がしたような気がして、すぐ近くの窓を立ち上がってそっと開け、声のした方向を見渡した。
「待てぇっ!」
 そんな声がまた響き、ついさっき利明が別れたばかりの粟倉貴子が林道を走ってくる。そしてその後ろから叫び声を上げて走ってくるのは、利明の友人の一人の
浦安広志(男子2番)だった。
 その広志の姿は、利明の知る広志の姿ではなかった。ひょうきんで、人を笑わせるのが好きだった広志は今、その眼を血走らせ、その手に支給武器だったのだろうか、ダイヴァーズナイフを持って貴子を追いかけている。
 広志は、グロテスクなものやスプラッターが苦手だった覚えが利明にはある。以前
太伯高之(男子12番)が、広志にそれ系のビデオを見せたら気絶してしまった、と言っていた。
 おそらく広志は、高之の死に様を見て、気絶を通り越して発狂してしまったのだろう。そう利明は思った。
 そしてそんな広志に追われていた貴子は、利明の隠れている倉庫の脇の林に飛び込んで、やがてその姿は見えなくなった。広志は貴子を見失ったのか、周囲をきょろきょろ見回している。
 それを見届けて、利明は窓を閉めて再び座り込み溜息をついた。
 優勝する気でいるとはいえ、一度会った者が目の前で死んだりする光景は見たくはなかった。
 しかしその時、倉庫の重い扉が開く音がした。利明は一瞬身を震わせる。
―まさか、広志が?
 その、まさかだった。開いた倉庫の扉から中に入ってきたのは紛れもなく広志だった。
 肩をいからせて入ってくる。どうも貴子がここに隠れたと思っているようだ。
 さっきまで扉が閉まっていたこの倉庫に貴子が逃げ込んでいるはずがないのだが、もはや広志にはその程度の思考能力もないようだった。
―まずい、このままだと見つかるのも時間の問題…!
 利明は冷や汗をかきながら、右手のスコーピオンをぎゅっと握り締めた。

                           <残り34+1人>


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