BATTLE ROYALE
仮面演舞


第15話

 出発地点となったロッジの南にある坂道の脇に広がっている林。
 その中で、H−4エリアに位置する場所に、
大元茂(男子3番)はその身をじっと潜めて寒さと恐怖に耐え続けていた。
「ちくしょう…何でこんなことに…」
 茂はその手に握り締めた文化包丁を見つめながら、ずっと同じことを繰り返し呟いていた。
 少し前には、少し東に行った方向から一発、銃声がした(それは、
湯原利子(女子16番)鯉山美久(女子18番)に向かって発砲した音だった)。そしてそれが茂の恐怖を加速させる。
―とにかく、動かないのが一番良い。室内ならもっと良いが、誰かと鉢合わせたら逃げられない。だから寒さ対策をしてから外に潜もう。
 恐怖に思考能力を徐々に徐々に奪われながらも、茂の脳細胞はそんな考えをはじき出していた。

 ロッジを出発する前から、茂は一人で行動することを決めていた。
 そもそも茂はキレやすく、クラス内でも扱いづらい奴として認識されていて、それを茂自身よく理解していた。それを考えると、到底クラスメイトとの行動などできるはずがない。
 そしてロッジを出発してすぐに、茂は連続した銃声を聞き、それと同時に南へと走り出していた。
 とにかく、銃声がするような方向には行かない方が良い。そう判断した。
 必死で、雪に足を取られつつも走り、やがて集落を見つけてその中に見つけた飲食店に入って、武器の確認をした。
 デイパックの中に入っていた支給武器、それに茂は正直最初は唖然とした。それは、一見ただの黒いごわごわしたチョッキにしか見えなかったから。
 しかし、付属していた説明書を読んでそのチョッキの正体に気付いた時、茂の心は躍った。
 そのチョッキの正体―それは、防弾チョッキ。
 茂はそれを嬉々として着込んだ。そして一応の武器として、厨房から文化包丁を持ち出すと、その飲食店を後にした。

 しかし、防弾チョッキの存在も茂の心に平穏をもたらしてはくれなかった。
 いくら防弾チョッキを持っていても、誰かに襲われたりしたときの恐怖は絶対に消えない。
 そう思うと、最初は最高の武器だと思っていた防弾チョッキを以ってしても、心が恐怖に呑まれるのを止めることは出来なかった。
 そして今も、その恐怖は肥大しつつある。
「死にたくない…死にたくない…!」
 やがて茂の身体が震え始める。
 どんどん湧き上がって来る恐怖。茂の脳細胞を侵食していく。そしてその恐怖は、茂の眼に映るもの全てを恐怖の対象とさせた。

 目の前の木は、こちらへと向かってくる敵。

 降っている雪は、銃弾の雨。

 そして積もった雪は血溜りにしか見えなくなる。

「うっ…うああああっ」
 茂は目を覆う。
―俺はおかしくなっちまったのか? 嫌だ、嫌だ、嫌、だ…。
 その時、背後でさくっという雪を踏みしめる音がして、茂の背筋が凍りついた。
―だ、誰、が…。
 茂はそっと振り返る。そしてその視線の先には、茂のほうをじっと見ている
上斎原雪(女子3番)が立っているのが見えた。そしてその手にはトマホーク―手斧がある。
 その手斧を見た瞬間、茂の心の箍が外れた。

―奴は、武器を持っている! こっちを殺す気だ! 殺せ! 殺せ! こ、ろ、せ…!

―殺せ!!

「うおおおおっ!」
 茂は一声吠えて、文化包丁を振り上げて、雪に向かって突っ込んでいった。
 もはや茂には雪が自分の持っている文化包丁よりも強力な手斧を持っているということなど、忘却の彼方にしかなかった。今の茂の心を支配していたのは、過剰なまでの自己防衛本能。
 目の前にいる、自分に危害を加えるかもしれない女―上斎原雪を殺す。
 ただ、それだけだった。
「死ねェェェ!」
 そして雪目掛けて袈裟懸けに文化包丁を振り下ろす。
「きゃ…っ」
 しかし、その一撃は雪が咄嗟に出した手斧に弾かれてしまった。それでも茂はなおも雪に向かっていく。
―殺してやる、殺してやる。俺の目の前に現われる奴皆皆殺しにしてやる!
「らァァァ!」
 その時、茂はごつっ、という音を聞いた。そして、その瞬間茂は意識を失った。

「ふう…、大丈夫か? 上斎原」
 立った今茂を倒した人物―
西大寺陣(男子8番)が、雪に向かって、そう言ったのを彼女は聞いた。
「さ、西大寺…君。何でここに?」
「近くを通りかかったら、何だか大声がしたから何だろうと思って来てみたんだ。そしたらこれだろ?」
 雪は、目の前でうつ伏せに倒れている茂を見下ろして、言った。
「し、死んだの? 大元君は」
「いや、俺はこの」
 そこまで言って。陣はその手に持ったトンファーを見せる。そして、続ける。
「トンファーで大元を殴っただけだよ。ちょっと気を失ってるだけ、だな」
「そ、そう…」
 雪はそこまで言ったところで、茂に襲われたことで忘れかけていた目的を思い出した。
 雪は大親友の
粟倉貴子(女子1番)たちとC−1エリアの山荘で合流する約束をしていたのだ。ちょうど、その前に食料を集めていったほうが良いと思って、食料を調達してきたばかりだった。
 すぐに雪は陣に言った。
「そうだ、西大寺君。私、C−1エリアで貴子たちと合流する予定なの。良かったら、西大寺君も一緒に来ない? 貴子が言い出したんだから、きっと貴子もちゃんと来るよ?」
 すると陣は、一呼吸置いてから言った。
「俺も貴子とは会いたい。けど、俺は今やらなきゃならないことがあるんだ。その目的を果たしたら、必ず寄らせてもらうよ」
「で、でも…」
「もう、決めたことなんだ。じゃあ大元が起きる前に、ここを離れろよ」
 そう言うと陣は、坂道に上がると、行ってしまった。
「……」
 しばらくして、雪も当初の目的地であるC−1エリアを目指して、歩き始めた。

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