BATTLE ROYALE
仮面演舞


第19話

 最初、水島貴には目の前の光景が理解できなかった。
 恋人、成羽秀美の身体から覗く、鮮血に染められた刃。そして秀美の体の向こうに見える仮面の転校生、シバタチワカ。
 そのシバタチが、秀美に刺さった刃を引き抜く。秀美の腹部から吹き出す血が、シバタチの仮面を朱に染める。
 秀美の身体が崩れ落ちる。貴の手をしっかりと握ったその手は、離れた。
―秀美!
 状況をどうにか飲み込んだ貴は、秀美を抱き起こす。しかし、もう秀美は息をしていなかった。

―死んでいた。ついさっきまで、ゲームに乗っていた貴を必死で説得していた秀美が。もう、生きていない。もう、この世にいない。あっという間の出来事。
 秀美の身体を抱き起こした貴の手のひらに、秀美の血が流れた。

―秀美が、死んだ? 誰が殺した? あの…仮面女!

「殺してやる!」
 貴は吼えた。目の前のシバタチに、秀美の命を奪った仮面女に。全ての怒りをぶつけるように。憎しみを溢れださせるように。
「絶対に殺してやる!」
 貴はシバタチにルガーを構える。シバタチは微動だにしない。じっと仮面の奥の眼がルガーの銃口を見つめている。その眼に、殺人の禁忌は感じられない。
―この至近距離で、外すはずが無い! 死ね!
 引き金を引く。貴の手の中のルガーが火を噴き、銃弾はシバタチのほうへと飛んでいく…はずだった。
 直後、貴の目の前には信じられない光景があった。
 シバタチは、ルガーから銃弾が放たれた瞬間、身体を横にそらして銃弾をかわしていた。そんな気配など、全くなかったのに、だ。なのに、シバタチはいとも簡単に至近距離で放たれた銃弾をかわして見せた。まるで何かの遊びをしているかのように、貴には見えた。
―ふざけてやがる。至近距離の銃弾をよけるだなんて、そんなこと!

―有り得るはずが、ないじゃないか!

「…目の前の光景が信じられない…か」
 突如、シバタチが仮面ごしに呟いた。篭った声。息が一定の間隔で吐き出されるたびに、不気味な音を立てている、そんな声で。
「こんなこと、造作も無いこと。今私に不可能は無い。そう、恨みを晴らさなければならない私には」
「恨み…? 何の恨みがあるって言うんだ。俺たちはお前なんか知らないし…、それに、だからって何で秀美を殺したりするんだ!」
 貴は、シバタチに向かって思いっきり叫ぶ。シバタチは淡々と返してくる。
「私はあなたたちに会っている…。そしてあなたたちが許し難い者たちだということも」
「許し難い…?」
 貴は問いかける。自分たちが、何をやったと言うのか。そして何故、シバタチが自分たちを恨むのか、それが貴にはどうしても分からなかった

「2ヶ月前…あなたたちは、一人のクラスメイトを、殺した」

 貴は、シバタチの言葉を聞いて、背筋が凍ったかのように感じた。
―2ヶ月前…俺たちがクラスメイトを、殺した? まさか…。

「ち、チカの…、こ、こと、か?」
 貴は言った。唇が震え、上手く言葉に出来ない。
「そう…チカ。あなたたちが死なせた。そして私の…」
 その先の言葉は、貴には聞こえなかった。くぐもっていた声が、より聞き取りづらくなっている。多少の嗚咽も混じっている。
「私には、そう、神すらも味方している。私に負けは無い。私は…恨みを晴らす」
 言い終わると、シバタチは再び日本刀を構えた。切っ先から、秀美の血が滴り落ちている。そしてそれを見た瞬間、貴は平静を取り戻した。
―動揺してどうする。俺は恋人を…秀美を殺されたんだ。その復讐は遂げないといけないんだ。
 貴は、シバタチに向けてもう一度、ルガーを構える。しかし、当たる気がしない。あっさりと銃弾をかわすような女に、もう一度撃ったところで当たるのか? そんな疑問が頭を巡った。
 しかし、もう貴に道は残されていなかった。撃つしかない。そうしなければならない。
 そして、貴はしっかりと引き金を引く。銃弾は放たれた。
―今度こそ、この女を。
 だが、貴はまた信じられない光景を見た。目の前にシバタチの姿が無かったのだ。
―ば、馬鹿な!
 そして、視界の端に飛び込んできたもの。それは、貴に向かって日本刀を振るう、シバタチの姿だった。
 その先の映像を、貴の視覚は捉えていなかった。シバタチの振るった日本刀が、貴の視覚を奪ってしまっていたから。
 最期の最期、貴は考えた。

―この女…、悪魔だ…。ごめん、秀美。俺は、俺は…。

 それが、水島貴の最期の思考だった。

 シバタチは、足元に転がる二つの死体をじっと眺めていた。
 良心の呵責などない。殺されるべき人間だった。ただそれだけのことだ。悪意無き悪ほど、性質の悪い物は無いのだから。
 貴の持っていたルガーと予備の弾丸、そして秀美の持っていた探知機を拾い上げる。早くから良い物を手に入れた、とシバタチは内心喜んだ。
―もう、用はない。
 シバタチは貴と秀美の死体のほうを見ることも無く、その場を立ち去った。

 <AM5:07>女子10番 成羽秀美
 <AM5:10>男子18番 水島貴  ゲーム退場

                           <残り29+1人>


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