BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第25話
I−6エリアのコンビニの陰に転がっている、湯原利子(女子16番)の死体。それを早島光恵(女子11番)は嫌悪感に満ちた表情で見下ろしていた。
利子が死んだことは、さっきの放送を聞いて知っていた。しかし、もともと利子のことが好きでなかったというのもあって、光恵には嫌悪感しか感じられない。
先程の放送では、普段学校でよく話していた成羽秀美(女子10番)の名前も呼ばれていたが、光恵には特に何の感慨も無かったし、そんな自分を不思議に思うこともなかった。
別に秀美とはプライベートでも仲良くしていたわけではないのもある。だから、秀美以外でよく話していた大安寺真紀(女子7番)や御津早紀(女子15番)が死んでも、秀美が死んだときと同じような気分になるだけだろう、と光恵は思っていた。
光恵のそんなところに気付いた人間は、よく言うものだった。
―知り合いが死んで、悲しくないの?―と。
しかし、光恵は3年前のあの日から―「死」を悲しむことを忘れているのだ。「死」を嫌悪こそすれ、悲しみなど抱けなかった。
3年前まで―、あの日まで―、光恵の人生は暗いものだった。
原因は、度重なる母の虐待。何かと理由をつけて、光恵は母に折檻をされた。父が止めようとしても、効果は無かった。
何故母が自分を殴ったりするのか、光恵には正直な話、分からなかった。しかし、分からないなら分からないで良かった。というよりも、分かりたくなど無かった。
やがて、母を母だと思わなくなっていった。
そして、あの日―。
母が、死んだ。死因は事故死。
飲酒運転の車が、歩道を歩いていた母に突っ込んで、即死だったらしい。
光恵は、父と共に母の死体に会った。光恵は息を呑んだ。そこにあったのは、嫌悪すべき肉塊でしかなかった。
猛烈な吐き気。それを堪えながら、光恵は母を生前以上に憎んだ。死してなお、このような汚らわしい姿を見せつける母が憎かった。
光恵は、帰り際に父に見つからないように母の死体に唾を吐きかけた。
あれから、光恵にとって「死」は嫌悪の対象となった。見る度に憎いあの肉塊が思い返される。
ただの肉塊に成り果てただけの「物」だとしか思えなくなっていった。そんな状況で、「死」への悲しみなど持てなくなっていった。
―私は、変なんだろうか…?
光恵は時々思う。自分のこの考え方はやはり、おかしいのではないか。
そんな考えを持って、不安になるのだ。
自分が「死」を嫌悪することは、誰にも言っていない。ずっと、誰にも言わずに隠してきた事実だ。言ったら、異常者だと思われるかもしれない。そんな風に考えてしまうからだ。
そこで光恵は、利子の死体から眼を離し、顔を上げた。
もうこれ以上、自分の内面について考えている必要はないし、そんな場合ではなかった。
今自分がいるのは、プログラムの会場。殺し合いが合法的に行われる場。そんなところでそんなことを考えていても仕方が無いのだ。
とにかくは、自分が生き延びること。それが重要だった。
しかし―。
光恵は、自分のデイパックを見つめる。
中に入っていた光恵の支給武器は、リレーで使う、何の変哲も無いあの棒状のバトンでしかなかった。
正直、こんなものでは身を守れそうに無い。何か、武器になる物が必要だった。そこでさっき、利子が倒れているそばにあったコンビニに入ったが、めぼしい物は見つからなかった。
光恵はゆっくりと、東の方角へと歩き出した。
そしてすぐ隣のエリア、I−7エリアに入ったところで、光恵の目に飛び込んできたのは、一軒の美容院だった。
―美容院の散髪用の鋏なら、武器になるかもしれない。
光恵はふと、そんなことを思った。
―とにかく、入ってみようかな?
そう思った光恵は、美容院に近づくと、入口のドアに触れる。ドアには鍵がかかっていなかった。鍵を壊したりした痕も見つからなかった。
だとすると、ここには誰も入っていない可能性が高い。光恵はそう考えると、ドアを開けて中に入った。
美容院の中は、比較的整然としている。それが、ここには誰も立ち入ってはいないということを証明していた。光恵はすぐに武器になるもの(もちろん鋏だ)を探した。
鋏はすぐに見つかった。何となく2、3本鋏を手に取り、1本を手に持つと残りをデイパックにしまった。
そして出て行こうとしたときだった。店の奥から、何か物音がするのが聞こえる。
奥に眼をやると、店の奥に扉がある。そこで光恵は気付いた。この店が個人経営の、自宅と一体化した家であるということに。
つまり、この建物には裏口があり、何者かが既にそこから光恵よりも先に侵入していた、ということだ。
光恵の身体に、緊張が走った。鋏を握る手に力がこもる。
―一体誰が…。ゲームに乗っている人間だったら、危険すぎる!
そして、扉が開いた。光恵は鋏を構えた。
―……!
「…早島?」
出てきた相手らしき人物が、光恵に声をかけてきた。見ると、そこには手にトンファーを持った西大寺陣(男子8番)が立っていた。
「西大寺…君?」
「何やってんだ、こんなところで」
陣が問いかけてくる。
「私…武器がハズレで…、何か身を守れるものがいると思って、これを」
そう言って、光恵は陣に鋏を見せた。
「そういう西大寺君は、何をしてたの?」
「俺も、ちょっと探し物をしてたんだけど、ちょっとあっちには無かったみたいで、こっちに来たんだよ」
そこで、光恵は少し気になったことがあった。それは陣の友人であるはずの庄周平(男子10番)と多津美重宏(男子13番)、そして恋人らしい粟倉貴子(女子1番)のことだ。
普通に考えれば、周平と重宏(場合によっては貴子も待っていた可能性はある)は陣をスタート地点で待っていた可能性がある(光恵が出発したとき、確認はしなかったが、あそこに周平がいた可能性は高いと光恵は思っていた)。
しかし、陣は一人で行動しているようにしか見えない。これはどういうことなのだろうか。
光恵は思い切って、陣に聞いてみた。
「ねえ、庄君や多津美君とか、あと粟倉さんはどうしたの?」
「ああ、出発したとき、誰もいなかったんでな」
「そう…」
光恵は改めて考えた。陣の出発時点で周平も重宏も貴子もいなかったということは、彼らは陣の出発を待たなかった、もしくは何らかのトラブルで陣の出発を待てなくなった、ということだろう。
しかし、それ以上は光恵は考えることは無かった。
実際、それを知ったところで光恵には何の関係も無いと分かったからだ。
―これ以上、ここに留まる理由は無いかな。
「じゃあ、私そろそろ…」
「ああ、じゃあな」
そして光恵は美容院を出て行った。しかし、後になって改めて光恵は疑問に思うことがあった。
―自宅に無くて、美容院の方にある探し物って、何だろう?
しかし、そんなことは考えても仕方が無かった。
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