BATTLE ROYALE
仮面演舞


第26話

「……」
 
庄周平(男子10番)は、何も言えなかった。隣の多津美重宏(男子13番)も押し黙っている。
 7時を前にして、周平と重宏はH−2エリアを出発した。そして東へと向かって歩き、見つけたのは
大元茂(男子3番)の無残な死体だった。
 腹部から染み出した血が、仰向けに倒れている茂の身体を伝って地面に流れ、雪を真っ赤に染め上げている。そしてそんな茂の顔は、刃物で貫かれたかのようにズタズタだった。
 さらには全員が支給されていた赤いウェアが脱がされて、傍に捨ててあった。
―何だって、ここまで出来るんだよ…。
 周平は心の中で呟いた。茂を殺した人物に聞いてみたかった。

―何故、お前はこうも簡単に人の命を無残に奪えるのか? と。

―しかし、もしこれをやったのがあの―
シバタチワカ(転校生)―既に放送で名前を呼ばれているあの転校生だったとしたら。そう、あの渡場智花のアナグラムを名乗っていた女だったなら。
 彼女が智花とどういう関係だったかは分からないが、相当に深い憎悪があるのは間違いがない。
 何せ、智花を死に追いやったのは自分たちなのは間違いないからだ。
 あの時のことを、周平は今でも思い出す。家にかかってきた突然の電話。智花が自殺した知らせ。それを聞いた瞬間、周平の心に過ぎったのは激しい自己嫌悪だった。
―自分は智花を守ってやれなかった。
 実際、智花の自殺の遠因となった出来事に周平は関与していなかった(周平の知る限りでは、
児島真一郎(男子7番)灘崎陽一(男子14番)政田龍彦(男子17番)鯉山美久(女子18番)、そして西大寺陣(男子8番)と重宏は特別関わりが無かったはずだった)。
 しかし、周平にも罪の意識があった。それは陣や重宏たちもそうだろう。
 関与していなかったといえば聞こえは良いが、自分たちは何の解決策も示せず、ただ手をこまねいて見ていただけだったのだから。

―そのツケが今になって回ってきている。

 周平は、そう思っている。正直なところ、完全に信じられる話ではない。
 そう思う理由は、簡単だ。あの女はそう簡単に死ぬような人間ではないと思うからだ。ひょっとしたら、さっきの放送はシバタチの何らかの行動による虚偽ではないか。
 そんなことも考えた。
 しかし、今こうして茂の死体を見ると、あの放送は嘘ではなかったということを認識させられてしまった。
―やはり、シバタチは…。
「おい、周平」
 その時、重宏に声をかけられた。
「お前、今シバタチのことを考えてなかったか? シバタチはチカに関係が…なんて考えてたか?」
 図星だった。重宏が続ける。
「いいか周平。シバタチの名前の件なら俺も、お前より少し後に気付いてた。あいつがチカに関係がある、その可能性は十分にある。俺たちは罪を背負っている。けどな、俺たちは先に進まなきゃならないんだ。チカの件は俺も…酷い罪悪感を感じて、自己嫌悪になったよ。けど、俺たちはそこから先に進まなきゃならない。俺たちは俺たちの罪を悔い、苦しみながら、それでも進んでいかなきゃいけないんだ。そのために…ここで終わったりしたらいけない」
 周平は黙って聞いている。
「生きよう、周平。常に罪と向き合って、強く。それが、俺たちのやらなきゃいけないことだから、な」
―やっぱり、重宏は強い。
 周平は改めてそう思った。周平はどうしても、重宏のように前を向いて歩けなかった。分かっていても、後ろを振り返ったり、上を向いたり、下を向いたりしてしまう。
 だが、重宏は違う。全てと向き合いながら、それでもなお生きていこうとする。
 そんな重宏と親友で良かった、と周平は思っていた。
「ああ、生きよう。皆で、生きよう」
「そうだ、その調子だよ、周平」
 重宏が言った直後、周平は重宏の身体の向こうに気配を二つ感じた。
「重宏、後ろだ!」
「―!」
 周平の声に反応して重宏が振り返る。その直後、二つの気配が同時に攻撃を仕掛けてきた。
 一発の銃声。周平と重宏は素早く、木の陰に隠れた。周平はベレッタをぐっと握り締めると、木の陰から顔を出した。そして、襲撃者の顔を見る。
 立っていたのは、比較的大柄な男子と、小柄でニキビ顔の男子。
 周平にはその二人が誰だか、すぐに分かった。大柄なのは
桑田健介(男子6番)。小柄なニキビ頭は柵原泰幸(男子9番)に違いなかった。
 どちらも、あの『帝王』
旭東亮二(男子5番)の手下。
―あの二人、誤射したわけじゃなさそうだった…。間違いなくやる気だ。
 周平は改めて、二人の武器を確認する。健介の手には大きめの自動拳銃。泰幸の手にはパチンコのようなもの―スリングショットがあった。
―飛び道具二つ…。
 健介が拳銃の引き金を引くのが見えた。マズルフラッシュが光り、放たれた銃弾は大きく逸れた。健介はまだ銃に慣れきってはいない様子だった。
―よし。
 周平は健介と泰幸目掛けてベレッタを続けざまに撃った。決して当たることはなかったが、それで良い。ただ、自分に注意が向けばよかった。
 そして、健介が銃を再び構えた瞬間―周平は前に飛び出した。
「ハアッ!」
 周平の銃撃に合わせて、密かに二人の背後に回っていた重宏が、健介に柔道部仕込みの見事な背負い投げをかけた。健介は背中から地面に叩きつけられる。
「ああっ…」
 それを見てもう一方の泰幸は、戦意を失ったのか、スリングショットを持った手をだらんと下ろした。そして、なおも立とうとする健介に、近づいてきた周平がベレッタの銃口を向ける。
「終わりだ。俺たちは死ねないんだ。これ以上やろうって言うなら、撃つぞ?」
 周平は引き金に指をかけた。それを見て、健介も戦意喪失した様子だった。慌てて両手を挙げて立ち上がると、泰幸と共に走り去っていってしまった。
「上手くいったな、重宏」
「ああ。しかし、武器は奪っておいた方が良かったんじゃないか? 後々のためにも…」
 重宏にそう言われて、周平は肝心なことに気がついた。二人は武器をそのまま持っていってしまったのだ。
「あっ、いけね…」

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