BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第29話
そこは、C−5エリアに位置する林の中。その林の中でじっとしている三人の人影があった。
三人は先程から会話をし続けている。しかしその会話の内容は、他愛も無い日常の話ばかりで、この状況を見つめての話はひとつも無かった。
三人は完全に、この現実―プログラムに参加していることから逃避しようとしていた。
「―でね、その主人公とヒロインの関係がまた…ほろ苦くってね…」
トレードマークの銀縁の眼鏡のずれを直しながら、伊部聡美(女子2番)は真剣に、熱っぽく、大好きな青春ものの小説の話をする。
「私は、一週間前に出たあの話題のミステリーが良かったな。犯人が誰なのか必死で考えたんだけど解けなくって…あとで読んでみたら、もの凄く単純な騙しに引っ掛かってて…」
木之子麗美(女子4番)も尊敬するミステリー作家の最新作の話をし始めて、話しに力が入ってくる。
「麗美も好きね、ミステリー。よく大賞に応募してるもんね」
「そういう聡美だって、デビューしたい、デビューしたいっていつも言ってるじゃない」
そんな二人の会話を、黙って至道由(女子6番)は聞いていた。合流してからずっと、聡美と麗美はこうして小説の話をしている。
由も時々話に入るのだが、正直言って、とてもそんな話をする気にはなれなかった。
出発するまでの間、由は恐怖に震えていた。
あの時由が見た光景は、今までに見たことも無いくらいに凄惨なものだった。
頭の上半分が吹き飛んでしまった、担任の幸町隆道の死体。そして反抗して殺された太伯高之(男子12番)の、胴体と首が引き離された無残な死体。そして猛烈な血の臭い。
幸町が死んだとき、由はあまりのグロテスクさから、吐きそうになるのを必死で堪えた。
そして出発のとき。次々とクラスメイトたちが死地へと向かっていった。由は必死で、先のことを考えた。
出発順は、ラストが西大寺陣(男子8番)だったので、かなり遅かった。由は何とか、聡美や麗美と合流しようと考えた。
しかし、聡美や麗美の間には大元茂(男子3番)、上斎原雪(女子3番)、可知秀仁(男子4番)、旭東亮二(男子5番)、幸島早苗(女子5番)、桑田健介(男子6番)が入ってくる。
この中で信用しきれる人間は、正直由にはいなかった。
だが、聡美と麗美以外にもよく一緒にいた津高優美子(女子9番)や芳泉千佳(女子13番)なら、あるいは…。
そんな期待を持ちながら、由は出発した。
だが、外で待っていたのは聡美と麗美の二人。優美子はいなかった。しかし、優美子は聡美や麗美ほど濃密に付き合っていたわけではないのだから仕方がないとも言える。
しかし、だ。外には、千佳の死体があった。
千佳が由たちを待っていたのかどうかは分からない。しかし、よく一緒にいた千佳が死んだ、という事実は重くのしかかってきた。
そして、動揺する心を必死で抑えながら、三人は武器を確認した。
支給された武器は、聡美がダウンジャケット、麗美はスコップ、由はおもちゃのビームガンと、全くといっていいほど使い物にならないものばかりだった。
そして由たちは移動を始めた。
だが、由たちはまたしても死体を見た。体中に風穴を空け、頭部は撃ち抜かれて…脳漿が飛び散った浦安広志(男子2番)の。
その光景を見て、麗美が吐いた。続いて聡美も。由も吐きたくなったが、堪えた。もう吐きたくなどなかった。これから自分たちがどうなっていくのか、不安になった。
その辺りからだった。聡美と麗美の様子が変になっていったのは。
別に発狂したわけではなかった。ごくごく正常なはずだった。しかし、二人はおかしかった。
現状について何も語らなくなった。ただただ、今のように好きな小説や文芸部の活動の話ばかり。
由は言いたかった。現実を見よう。見るしかない。そして、この状況を何とかする方法を考えよう、と。だが、こうして逃避することで幸福感を得ている二人を止めることは由には出来なかった。
「由、どうしたの? さっきから黙ったままで…」
麗美が話しかけてくる。由はいきなり声をかけられて驚いたが、とりあえず言った。
「ごめん、ちょっとボーっとしてた」
「しっかりしてよ、由」
聡美も言う。しかし、と思った。
しっかりしなければいけないのは、聡美と麗美だ。ずっと逃避ばかりしていて、状況を見ようとしない。逃げているのだ、この極限の状況から。
―言おう。私が…二人の眼を、覚まさせないと…。
そして、由は決心した。二人を現実に引き戻すことを。
「ねえ、二人とも…」
由が、そう言いかけたときだった。突然、麗美の身体がぐらりと傾いた。そして、雪の上に突っ伏して動かなくなった。
―え?
「麗美?」
聡美が麗美の身体を揺する。しかし麗美は動かない。そして麗美の背中―ちょうど心臓があるであろう辺りに、血の染みがあった。そして、雪の上に麗美の血が流れ出す。
死んでいた。
「れ、麗美!?」
聡美が立ち上がろうとした。その直後だった。
「痛っ…!」
聡美がそう言って腰を押さえた。
「聡美!?」
由が近づくと、聡美の腰からは血が流れ出していて、その向こう―聡美がもたれかかっていた木の陰から…一本のレイピアが見えた。
―誰かが、麗美を!
「聡美、立って! 走るの!」
由は、混乱している聡美を起こして、自分と聡美のデイパックを掴んで走り出した。しかし、後ろから雪を踏む音がする。
間違いなかった。麗美を殺した人物は、由たちを追ってきている。
由は、聡美を連れて必死で走った。行き先は分からなかった。この先自分たちがどうなってしまうのかも、もう、分からなかった。
<AM8:18>女子4番 木之子麗美 ゲーム退場
<残り26人?>