BATTLE ROYALE
仮面演舞


第31話

 雪を踏みしめながら、走る。走る。
―何処まで、逃げればいいんだろう?
 そんなことを、ふと
至道由(女子6番)は思った。後ろから、伊部聡美(女子2番)が走ってくる。
 聡美を確認すると同時に、由は立ち止まると、自分たちを追ってきていた人物―
木之子麗美(女子4番)を殺した相手が来ているかどうかを確認した。それらしき姿は見えない。しかし、油断は禁物だった。
 由はしっかりと周囲を見渡す。確かに、それらしき姿は無かった。間違いなかった。
―逃げ切れた?
 由はそう思って、地図で今の場所を確認した。
―大体、G−8エリアに入ったところって感じかな?
 そのときだった。隣にいた聡美が下を向いて息を吐いているのが見えた。
「ごめん、大丈夫聡美? 疲れた?」
「ううん、大丈夫…」
 聡美は呟いた。そしてその直後。聡美は泣き始めた。
「…ごめんね、由」
「えっ、何で…なんで聡美が謝るの?」
 あまりに突然のことに、由は面食らって聡美に言った。聡美が何故自分に謝っているのか、それが由にはどうしても理解できなかった。
「由は、強いね…。私は、逃げてた。今起きてる出来事全てから。次々に死体を見て…怖くなって…眼を閉じていたの、全てから。由が逃げずに頑張ってたのに、私は…。そしたら、麗美が殺されて…、私が、私が悪いの、全部…」
 聡美の眼から涙が溢れ出し、雪の上に落ちて雪をほんの少しだけ溶かしていく。
 由は何の声もかけられなかった。
 自分だって、何度も逃げたくなった。全てから眼を逸らしたかった。恐怖していた。自分だって、聡美や麗美と同じだ。怖かった。
―誰だって、同じはずだ。こんな状況で怖くない人間なんてそういない。
 そう、聡美の思っていたことは、誰だって考えることなのだと、由は思った。そして、聡美に声をかけた。
「聡美、私だって…逃げたかったよ。聡美や、麗美みたいに。私は強くなんか無い。私だって、同じ。だから、謝ったりしないで。悔やんだりしないで?」
「由…」
「だから、顔上げて。生きようよ。麗美の分も、さ」
「…うん」
 そう言って聡美が顔を上げた瞬間、聡美が叫んだ。
「由、後ろ!」
 振り返ると、そこにはS&W357マグナムを由の方に構えている
鯉山美久(女子18番)の姿があった。357マグナムの撃鉄は、起こされていた。

―えっ―――。

 いきなりのことに、由は驚きを隠せなかった。
 そして美久が、357マグナムの引き金を引いた。次の瞬間、由の眼には信じがたい光景が広がっていた。

 放たれる銃弾。

 聡美の叫び声。

 由の眼前に立つ聡美。そして揺れる聡美の身体。そして―。

 ゆっくりと崩れ落ちる、聡美の身体。

―そんな…。
「聡美、聡美!?」
 由は仰向けに倒れた聡美に駆け寄った。聡美の胸には一つ穴が開いていて、そこから血がゆるゆると流れては、雪の上に落ちていた。
「…由…」
 聡美が呟く。掠れそうな声だった。
「何してんの…何してんのよ!」
「分かんない。分かんないの、私も」
 聡美はそう言った。
「気がついたら、由の前に出てたの。何でだろ…? 分かんないや、やっぱり」
「ちょっと…」
「由、逃げて」
 聡美が言った。銀縁眼鏡の奥の眼に、力がこもった。
「え…?」
「生きようって、さっき言ったよね? でも私は…もう駄目だと思う。でも、由は生きて」
「駄目…駄目だよ、聡美!」
「早く! 鯉山さんはまだいるのよ!?」
 そう言われて由は、まだ美久がその場にいて、こちらに357マグナムを向けていることに気がついた。銃口は、由の額にポイントされている。
「逃げて…」
「……っ!」
 由は、駆け出した。涙が自然と溢れてくる。
―もう、絶対に聡美とは会えない。それははっきりしている。
 その涙は、既に死んだ麗美、そして今から死に行く聡美への、惜別の涙だった。

―麗美…聡美…ごめんね…さよなら。


―由…さよなら…。
 聡美は走ってゆく由の後姿を眼で追った。もう、意識が薄れていくのが分かる。
―がん、ばって、ね…。私、あなた、と友達で、よかっ、た…。
 その直後、一発の銃声が辺りに響くと共に聡美の額が銃弾に撃ち抜かれ、聡美の魂は現世から旅立った。
 美久は完全に事切れた聡美を見下ろしていた。その姿は麗しく妖艶で、一枚の絵になりそうだった。
「二人、壊した…」
 美久は『壊す』ことの快感に浸っていた。やはり、『壊す』のは良い。『壊す』ことで初めて、空虚な美久の心は幸福感に満たされるのだ。
―次よ、次。早く壊したい。
 踵を返して、美久は立ち去った。

 <AM8:37>女子2番 伊部聡美 ゲーム退場

                           <残り25人?>


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