BATTLE ROYALE
仮面演舞


第32話

「はあっ、はあっ、はあっ…」
 
粟倉貴子(女子1番)は、木の陰に隠れて息を吐いていた。
―早く、早く雪たちのところに行かないといけないのに…。
 貴子は恨めしそうな眼で、その視線の先にある林の中にいるであろう誰かを睨んだ。

 
政田龍彦(男子17番)と別れた後、貴子は一刻も早く上斎原雪(女子3番)たちが待っているであろう山荘へと走った。しかし、途中このA−3エリアで少しばかり休んだ。
 よくよく考えたら、出発以来ろくに休んでいなかった。最初は
浦安広志(男子2番)に襲われて、逃げた。
 その後で
水島貴(男子18番)成羽秀美(女子10番)に追われた。
 しばらく隠れていた後、今度は
妹尾純太(男子11番)に誤解され、襲われた。全く心の休まる時が無かった。
 6時の放送も、この場所で聞いた。そして改めて広志があの後死んでいたことを知り、貴と秀美が間違いなく死んでいたことも知った。
 そして十分休んで、移動しようとしたときだった。林の中から貴子に向かって何者かが銃を撃ってきたのは。

―雪たちは、大丈夫かな…? ちゃんと山荘に着いたかな…? って、私こそ心配されてるな。まだ山荘に着いてないんだもんな。それに、陣。陣は…どうしてるんだろう…。
 貴子はふと、恋人の
西大寺陣(男子8番)のことを思った。
 見目によっては女の子にも見えるかもしれない顔立ち。貴子とさほど変わらない背丈(いや、貴子が女子にしては大きいのかもしれないが)。優しい笑顔。
 急に陣に会いたくなった。
―大丈夫かな…?
 その時、貴子の脳裏に一瞬、悪い思い出が蘇った。2ヶ月前の…クラスメイトだった『チカ』―渡場智花の自殺。


 智花は、『チカ』は優しい女の子だった。
 どんな相手でも包み込むような、温かい心を持っていた。そんな智花が、貴子も好きだった。しかし…貴子は裏切った。彼女を、彼女の心を。
 決して悪意は無かった。ほんの悪戯のつもりだった。塵ほどでしかない嫉妬心から、貴子は『それ』を行った。やがて『それ』はクラスに浸透していった。
 智花は、変わることは無かった。いつものように、温かな心で貴子たちに接してくる。だから貴子は最初、罪悪感は感じなかった。
 しかし、智花は死んだ。自殺した。
 その時初めて、貴子は智花が強く死を願うほどに苦しんでいたこと、そしてそれでもクラスメイトを温かい心で包もうとしていたことに気付いた。
―私は、罪深かった…。
 貴子は心からそう思った。
 迎えた葬式の日、貴子は欠席した。激しい罪悪感から来る心労か、体調を崩してしまった。
 床につきながら、貴子はずっと智花に向かって謝罪し続けていた。
―チカ、ごめん。ごめん。ごめん…。
 心が発する声は、その一言だけだった。それ以上の言葉は考えつかなかった。

 数週間して、貴子は平静を取り戻した。しかし、智花を自殺に追い込んだ罪悪感は心の奥底にずっとあった。
 クラスメイトたちは、以前と特に変わりなかった。誰も智花の話題には触れようともしない。彼女の話題はタブーとなっていた。だから、貴子も決して智花の話はしなかった。
 やがて、陣とも付き合うようになった。智花は死んでしまったのに、自分は何をしているんだ、といった後ろめたさもあったが、これ以上縛られていてはいけないと思った。
 そして、今回のプログラムを迎えた。


 貴子は、林の奥を見る。
 すると林からまた、銃口が覗く。よく見てみると、普通の銃とは違うようだ。ショットガンというやつだろうか?
 そして銃声が響き、放たれた銃弾は貴子の少し前に着弾した。積もった雪が弾け飛んでキラキラと光った。
―早く、早く雪たちのところに行かなきゃ…、でも、どうしたら…!
「―!」
 貴子は意を決して、走り出した。相手が追ってくる足音が聞こえる。
―何とか、相手を撒かないと…!
 貴子は必死に走った。まだ死ぬわけにはいかない。こんなところで、死ぬわけにはいかなかった。

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