BATTLE ROYALE
仮面演舞


第33話

「…伊部…」
 G−8エリアに転がる、
伊部聡美(女子2番)の死体。それを児島真一郎(男子7番)は屈み込んで見ていた。
 聡美は、胸と額に一つずつ風穴を開けて事切れていた。おそらくは、銃で撃たれたのだろう。
―…痛かっただろ? 伊部…。
 
 少し前、真一郎はそれまでいた場所、I−4エリアから移動を始めて坂道を登ろうとしていたときだった。すぐ近くから銃声がしたのは。
 すぐに真一郎は走った。今までの銃声などは、いつも真一郎の位置からは遠い場所だったためにすぐに到着することは出来なかったが、今度は近かった。
−今度こそ、今度こそだ。
 真一郎はそう思って走った。しかし、また間に合わず、やっと辿り着いた先には伊部聡美の死体があった。

―しかし、良かった…。彼女じゃ、なかった。
 真一郎はそんなことを一瞬考えたが、すぐにそんな考えを持ったことを後悔し、自らの頬を叩いた。
―バカなことを考えるな、俺。確かに俺は彼女を探してる…でも、だからって他の奴で良かったって事にはならないだろ!?
 そして真一郎は、足元の聡美の死体の手を胸の上で組ませると、眼を閉じさせた。それぐらいしか、今の真一郎に出来ることは考え付かなかった。
―ゴメンな、伊部。
 真一郎は立ち上がると、歩き出した。
「頼む、生きててくれ…御津」


 真一郎が
御津早紀(女子15番)と初めて出会ったのは、央谷東中に入学してすぐのことだった。最初は、隣のクラスだった。時々廊下で出会う程度で、真一郎は大して気にも留めていなかった。
 きっかけは、些細なことだったように今では思う。
 ある夏の日、真一郎はバスケ部の練習のきつさに耐え切れず、外に休みに行った。部活を辞めようかとも考えていた頃だった。その時だ。早紀と初めて話したのは。
 体育館を出て、水飲み場に向かった真一郎は、濡らしたタオルで顔を拭いている早紀に出くわした。陸上部に所属していた(長距離をやっていたはずだ)早紀は、真一郎と同じく練習がきつそうな顔をしていた。
 真一郎は蛇口をひねって、水を飲んだ。その時、早紀が話しかけてきた。
「君、児島君でしょ? D組の」
 話しかけられていることに気付いた真一郎は、水を止めて、言った。
「そうだけど…何か?」
「ちょっとね。うちのクラスで話題の男子がどんな人なのか、気になったの」
「俺が、話題に?」
 真一郎は早紀に聞いた。正直、話題になるようなことをした覚えはなかった。早紀は、笑顔を浮かべながら言った。
「D組一カッコいい男子だって、女子の間じゃ評判だよ? 確かにカッコいいもんね、児島君」
「…そう?」
「そうだよ。うちの学年ではA組の西大寺君と庄君、それとF組の政田君なんかがカッコいいって評判なんだけど、最近、児島君がカッコいいって言う子が増えてるんだよ?」
「へえ…そうかな?」
 そんなのは初耳だった。
「じゃあ…」
 そう言って早紀は練習に戻ろうとした。しかし、その瞬間、身体をふらつかせた。
「危ない!」
 真一郎は慌てて早紀の身体を支えた。早紀の顔色は少し悪かった。
「顔色悪いじゃないか…」
「うん、きついんだもん、練習」
「じゃあ、休めば良いじゃないか。そんなにきついんだったら辞めるとか…」
 すると、早紀はきっぱりと言った。
「駄目だよ。だって私…陸上好きだもん。どんなにきつくたって、倒れそうになったって…好きなものは好き。だからずっと、続けてたいの」
「……」
「大丈夫。ちゃんと保健室に行くから」
「送ってくよ」
 真一郎は言った。さっきのようにふらついていたら、危ないと思った。
「…ありがとう」

 早紀を保健室に送っていった後、真一郎は早紀の言葉を思い出していた。
―どんなにきつくたって、倒れそうになったって…好きなものは好き。だからずっと、続けてたいの。
―俺、バカだ。
 思った。自分だって、好きでバスケをやっている。小学校の頃からだ。なのについさっきまで、きついから辞めたいなんて考えていた。
 自分が恥ずかしくなる。
―続けよう。好きなものは好きだから。
 今思えば、この時から真一郎は早紀のことを好きになっていったのかもしれない、と思う。


「御津…」
 真一郎は呟く。
 もう、早紀はあの時のことなど覚えていないかもしれない。所詮は些細なことだったから。しかしそれで良かった。
 真一郎にとって、あの出来事のおかげで好きなバスケを辞めずに済んだ。あの言葉が自分を救った、とそう思っている。
 そんな恩人でもあり、自分の初恋の相手、早紀。真一郎は何としてでも早紀を守り抜きたかった。そして、もし死んだとしても、後悔だけはしたくなかった。
 だから伝えたかった。今の自分の気持ちを、早紀に。
「好きだ」と、そのたった一言を。
 真一郎は走り出す。好きな人を守りたい、ただその一心で。

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